Chapter4「宣戦布告」
「ハァッ、ハァッ・・・」
失われた酸素を急速に取り込むように、やっと士郎は呼吸する。
膝をついて、大剣を杖にして、ひとまずの勝利を確認する。
なんとか生き残った味方に、視線を向ける。
駆け寄ってくる味方。
今日を生き延びた解放感は、間違いなく格別だろう。
だが、それでも犠牲は犠牲。
黒外飛鳥は見当たらない。遺体も残らず死した味方もいる。
胸にあったのは安堵、そして虚無感だった。
少なくとも、勝利にはとても・・・喜べない。
戦争で、戦場で。勝利するのは誉では無い。
ああそうとも、元より紅士郎は生きたくて、そして平穏が欲しいだけなのだから。
「事後の確認が、先だ・・・間抜け・・・」
思わず口を悪くしながら、せめて倒した敵の骸を確認すべく─────
「────どうやら俺は、お前さんの為に此処に来たらしい」
行動を移そうとした瞬間、倒れたはずの男は立ち上がる。
見上げ、静まったはずの怒りが再び点火する。
「俺たちの決着は、まだついてないってな・・・ッ」
「・・・野郎、まだやるか」
切断された腕から火花と煤煙を立ち昇らせて血を流し、消耗著しい状態でありながらリュークの戦意は全く衰えていない。
「自覚があるのか判らんが・・・相当強いぜ、お前は。
隊長とでも良い勝負をするかもな・・・百戦錬磨の俺が保証してやらァ」
そうして戦士は、どこまでもシンプルに、自分の敗因を勝者に告げる。
「喜べよ、お前の勝ちだ。敵能力への事前知識?力の相性?
はッ、バカこけ。男の戦いはな、してやられたって思った方が負けなんだ。
ああ、つまりは───見惚れさせてもらったぜ・・・」
素直に称賛を浴びせながら、しかし一歩も退く気はないのが強制的に理解させられる。
「てな訳で・・・俺はそういう
さ、始めようぜ。第二ラウンド開始だァ」
明らかに受けた損傷はリュークの方が上であるはずが、そんな消耗した肉体を立ち上がらせる戦意は相当なものであり、 あまつさえその瞳の奥には、この先の勝利を確信する輝きさえ覗かせていた。
「さっきも言っただろうが─────呼吸をしていいと、誰が言ったッ」
そうしてまた害を齎す男を、士郎は当然許せるはずもなく。
今度こそ叩き潰してみせんとばかりに大剣を構えて──────
「「────────!?」」
両者の足元に、銃弾が堕ちる。
射線を辿って見上げると、そこには高い廃墟の頂点に立つ男が一人。
「・・・なんだ、隊長か」
「野郎も、敵か・・・」
まず感じたのは、その存在の“重さ”。
生涯笑う事を忘れたような眉間の縦皺と氷のような視線が、一瞬のみ士郎を射抜く。
足が重くなるような感覚、確実に奴はリュークより格上なのだと予感させた。
「───即時撤退せよ、ヴァルデット」
「────」
「ヴァニタスが正式に加入した。よって、これより首領が宣戦布告する。その間の戦闘は無粋とのこと。
以上のことから、即時帰還せよ。何よりこれ以上の消耗は見過ごせん」
「へぇ・・・つまり、最優先の命令ですかね?」
「最優先でだ」
「・・・了解だよ、隊長」
士郎が再びリュークに目を向ければ、ひたすらに昏く身の毛もよだつようなおぞましい戦意は霧散し、平時の表情に戻っていた。
「生憎だが、今夜はここまでのようだぜ・・・組織の人間ってな、色々と世知辛い縛りがあってなァ。
いや、お前さんも同じか」
相手の立場からすれば当然の行動かもしれないが、しかし・・・士郎は仲間を、平穏を奪ったことへの怒りを隠せない。
「ふざけるな・・・!テメェ、このまま生かして帰すと思うか・・・!」
「ああ、素晴らしき因縁なるかな・・・この俺だって、口惜しい事この上ないぜ」
その怒りを受け止めつつ、リュークの新たな“戦友”を見つめるその瞳は、あまりに穏やかで、恍惚の色に染まっていた。
「だが、これで終わりじゃねえさ。生きてる限り、俺もお前も闘い続けなくちゃならねえんだからなァ
だから今夜は、ここで幕って事にしとこうや。
先も言ったろ、お前の勝ちだ。
悔しいが、俺の
チッ、やっぱり苦えな、敗北の味って奴は・・・
次は必ず、お前にこの味を堪能させてやるぜ――なあ、戦友?」
リュークの称賛ともとれる言葉は、今の士郎にとってはさらに怒りの炎を滾らせる要素でしかない。
立ち去るリュークを追い縋ろうと足を前に出そうとした瞬間。
「くっ、身体が、くそっ・・・!」
無理な戦闘が今になってさらに響く。
膝をつき、立ち去るリュークを見逃す以外になく─────
「─────────────────ァ」
それでも立ち上がろうとした刹那、悪寒が全身を走る。
周囲の人間も、すくんで震えている。
何か、居てはいけないモノが、此方を見た。
天より、圧倒的な存在はほんのひとときの余興の為に現れた。
黄金の長髪、黄金の瞳、黒い服と黄金のストラ。
使徒を導く槍を携えて、その男は総てを見下ろした。
「序章の歌劇、見事だった。
先ずは讃えよう、リューク=ヴァルデット。そして─────紅士郎」
一言を発する度に、襲いかかる重圧。
気を抜けば圧死しかねない重圧に耐えるのが精一杯だった。
そう、何故自分の名前をと・・・そんな当然の疑問すら掻き消える。
「卿を待っていた、卿こそが私と対峙するに相応しい男だと聞いていた。
─────だが、足りん。飢えが足りんよ。」
わからない。奴の言うことが、高次元の塊で何も。
ただ一つ、称賛を与える一方、物足りぬと告げている。
此方のことなど、一切気にすることもなく。
「よって、私は卿らに宣戦布告しよう。
備えることだ。私を、私たちを打ち砕く手駒を揃えるがいい。
私の飢えを満たすべく、最善の手を打つがいい」
一方的に、ここにいる日本の全てに宣戦布告した。
蕃神としてでなく、あくまで黄金の男自身の望みのために。
「私は黄金獅子─────レオンハルト=ヘルツォーク」
神名を名乗る。敵はここにいるぞと高らかに宣誓する。
そして最後に、発狂しかねないほどの圧を向け・・・
「────卿ら、私を失望させるな」
その言葉を残して、黄金獅子は消え去った。
突如として、先ほどまでの重圧は消えた。
しかし、誰も力が入らない。
震えが止まらない、これは・・・恐怖か。
・・・ここにいる、全員がそうだろう。
先ほどいたリュークですら化け物なのに、それ以上の“隊長”が存在することが確定であり、さらにその後ろにいたのは圧倒的な神。
震えて当然、絶望が当然なのだ。
しかし、士郎は・・・それだけではなかった。
「・・・殺すッ」
無力感、そして殺意。
リュークに一時的な勝ちを拾ったが、それは神にしてみれば余興でしかなかった。
こんな、犠牲を出しておきながら。
許されるはずもない。あの黄金獅子に対しても怒りを向ける。
ようはあの神は、自身の楽しみのために士郎を生かし、そして宣戦布告した。
心底から浮かぶ憤怒は頂点に達し、天に吼える。
「必ず、殺してやるッ!!」
それが、序章の終わり。
地獄は、始まってすらいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます