中華サイバーパンクの皮を被った

感 嘆詩

/神へと至る道(あるいはかみへといたるタオ)

「いらっしゃい」


 店先で悩んでたら招かれたので、これも縁かと思い島国に来て最初の飯はラーメン屋になった。



「親父さん、これは、担々麺かい?」


 流れて東の果てまで来たら担々麺すら地元とはまるで違うようで、自分の中の何もかも変質してしまったような気さえした。


「ああ、あんた本土から来たのか」


 と。察してくだすったご主人は、ご両親が俺と同郷だったらしい。本人は海を渡ったことはないそうだが、店に出す味と家庭の味は別らしく、賄い用の食材で親御さんの家庭料理を再現してくれた。こちらに渡ってきて日は浅いが、しかし懐かしくて目が潤む。


「お客さん名前は?」


夜明砂ヤミョウシャ


「…本気でいってるのかい?」


どっちつかずコウモリに食い物にされた羽虫の、子ども残骸だからこの名前なんだと。親の罪は子に問わない。と、しかし流石に流刑のように此処に流れて来たってわけよ。冗談だったらどんなにか良かったよ」


 部族や出生地で繋がることの多い文化の為、ご主人も何か便宜を図れないかと親切心で名を聞いたのだろうけど、向こうもそういう習俗を、習性をわかってて俺に名も土地も与えなかったのだろう。


 嘆息して窓を見る。邪神なんだか魔除けなんだかわからん置物越しに見える空は日中も灰色で。日によってせいぜいねずみ色かもぐら色かの濃さ違いしかない、何とも落ち着く色合いだよ全く。

 高層ビルに囲まれたこの島国は夜は星も無く。昼は天道も通らず。地には王道が絶え。人だけが逞しく悍ましく魔道に惑う。

 世も末だ。魑魅魍魎が蠱毒厭魅に妖怪変化で跳梁跋扈だ。妖怪の類いのがまだましか。一番怖いのは人間か。


 あと、店の担々麺は、担々麺だと思わなけりゃ美味い食い物だった。真っ赤なスープは確かに食欲をそそる。しかし全部美味いな。辛味噌にもきちんと人の手が入ってる。こんな旨い味噌ならついたって恥じゃあないのによ。辛くて涙がでてくらぁ。


 仕事の宛はあるのかと聞かれ、あるにはあるが、警察官、というか夜警だ。と伝えるとそいつは気の毒だな。と慰められた。


 仲間内に監視させることで、団結を防ぐ手法らしい。確かに、何か捕り物でもあったとして、遠くで指図している人間より、目の前で実際に取り締まる同族を恨むだろう。給料や待遇が良いのもまたエグい。 


「今度から、警察官立ち寄り所って看板立てとくよ」


 内心今後も通うよな?店の治安も良くなるし、と商魂逞しく露悪的に言ってくれたが、その本心は、いつでも食べに来て良いと俺を受け入れたのだという事くらいは流石にわかった。俺がどういう輩かわかっているというのに、だ。


 いやぁ、味噌が辛い。




 俺が流されたこの鬼道藩ロードまたは鬼道アンティタオと呼ばれる場所は、埋め立て地から伸展している事を利用して区画ごとに大きな堀が設けられている。というかまんま下が海で、幾つものも小さな人口島を繋げてるだけの構造だ。

 移動は必ず橋を使わなければならないので滅茶苦茶不便だが、そうやって行動を制限することでテロ等に対処しやすくする意図でもあるのだろう。

 あるいは土地を与えないために実質は海上でしかないこの形ばかり名ばかりの人口島に住まわせているのやも。まあそれでも死ぬよりはましだが。

 そうさ死ななきゃ、何とでもなるさ。こうして命拾いしたしな。何もかも失ったけど。いや、味噌だけついてるんだったな。激辛じゃねえか。



 これからお世話になる夜警幇ナイトウォッチ・ギルドの占める区画へは橋もなく已む無く小舟を利用した。どうも重要な施設の幾つかは容易に入れないよう配慮されているらしい。

 ここいらでは渡し守が伝統的な仕事で不可侵の暗黙があるらしく、夜警幇の警察署内より小舟の方が安全かもしれんと口々に言われた。


「親父さんはこの仕事は長いのかい?」


 などとあれやこれや振ってみたが、渡し守のご老人はむっつり黙ったまま幇まで俺を運びきった。安全かも知らんが、居心地は悪かったよ。


 他の島は差違はあれども大概伝統的な装飾の建物ばかりだったが、幇は現代的というか島々の外周を囲むビルディングに近い有り様で、こういう所にも分断の意図が見える気がするが穿ち過ぎなのかね?




「ソクラテス曰く、」


 若い女性だったが、しかし見た目じゃあ全く油断出来んしな。


「神の領域は神に委ね人は人の最大を追及すべきである」


「すみません。生憎、学がないもので」


 所詮は蚊の残骸とか言われている立場である。頭はない。身一つしかない。偉人の格言なのだろうけど、何を意図してるのかは察せられないのだ。


「そうか、残念だ。君の、その、親御さんの語ってくれた言葉だったのだが」


 何と、蚊の知人とは。やはり見た目で判断出来ねぇな。


「私は吾簑アガムメノン。和名っぽく吾簑あがみのとも呼ばれているが、君には吾簑アガムメノンと呼んで欲しいな」


 随分なゴツい名だが、名字だよな?いや、間違ってたら怖くて聞けん。


「わかりました。ボス」


 ボスと呼ばれた吾簑署長アガムメノンギルドマスターはむっつりと膨れて可愛かった。妙齢の淑女がこういう仕草をするのはなかなか悪くない。…いくつなんだろうか。聞けん。危険。


「まあいいさ。酒保、装備課とか無いからね、酒保で管理してもらってるんだが、制服とか備品とか受け取って今日は帰っていいよ。荒事がまだまだ多いから、常に武装して出歩くように。書類仕事は後々教わってくれ」


 そんなことってある?いや、そんなにエグいのか。


「まあ、君は心配してないけど、何しろここは魔窟だ。アメリカン・コミックス内の都市に来たと思ってくれ。暴力が圧倒的に足りてないんだよ。力持ちじゃない警察なんて悲惨だよ」


 うわぁ。まあ、仕方ないか。身一つしかないんだ。それを売りにしてどうにかこうにか生きねば。


「期待してるよ夜明。明日は昼勤の人間と打ち合わせしてからパトロールが仕事になると思う」


 訓練とか何もないんだけど。い、生きねば。


「わかりました。問題ありません。ボス」


「それは、頼もしい。いや、恐ろしい奴だよ君は」


 そうか、豪胆と取られたか。実際は、捨て鉢だ。捨て奸だ。そういや得意戦法だったな。切られた尻尾の方が生き残るとは。世の中わからんものだ。いかんいかん。生きねば、生きねば。




 翌、併設の寮からでて幇署内へ向かったら線の細い、いかにも事務方な人間がいた。


「お会いできて光栄です。ヤミョウシャ」


 おおう。こういうインテリ層から好かれる要素が無いので熱烈な歓迎に戸惑う。この人、目ぇキラキラしてんだけど。


武門の出軍人家系なのですが、幼少の頃から武芸がからっきしで。あなたのような不死身の戦士タフ・ガイは皆、僕のヒーローです」


 支給された装備の一つ。E&Nとロゴが付いてるそれは、人工靭帯カーネーション、と言うらしい。制服の下、インナースーツの上、バンテージテープのように各部に張り付くそれは簡易的なパッシブ・パワードスーツで、常人が反動で吹っ飛ぶような銃器類も片手で楽々持てちゃうのだそうだ。そんなものが必要になる警察ってなんだよ。

 人工の靭帯と名が付いてるが主な素材は動物の皮膜筋膜あたりらしい。てか生物由来なのかこれ。いや、猫の皮とか鯨の髭とか鰯の頭とか、人間の文明に生き物は欠かせないが、全身包まれてるとな。いや、ウールとか絹とかも動物由来だけどよ。


「この人工靭帯はあなたの親御さんの遺産と呼ぶべき代物ですよ。特にこいつはね。特注品を用意しました」


 手広いというか、用途の幅が広い親である。何てもの作ったんだ。母への愛カーネーションを墓前に添えれば良いかね?墓ねぇけど。




 輝く目に見送られ、陰気なご老人に小舟で運ばれ、鬼道の街に戻る。いや、警官って相棒バディがいるもんなんじゃないんですかね。夜警だから己が肉体ボディだけでなんとかしろってことかい?

 仕方ない。閑散とした昼の街をうろつく。この時間に騒がしいのは観光地になってる歓楽街くらいなものらしいが、俺の仕事は人手の多いところに需要がない。いや、あるんだけど都会そっちは外国勢力の管轄で、下町こっちは自警組織が受けもって、ちゃんと自浄作用ありますよ、というアッピールが俺の仕事のメインなのだ。活躍しすぎても向こうのメンツを潰すのでほどほどに、と言われた。なんだかなぁ。

 夜警幇は向こうの警察機構の下部組織として組み込まれているがあくまでこの鬼道藩内の互助会ギルド。身内の恥は身内で漱げと苛烈な対応を要求されているらしいが、そこら辺も穏便に済ませることが多いらしい昼の歓楽街との差を生んで余計に幇が恨まれる要因となるんだろうな。

 半官半民第三セクターってもっと良いとこ取りの美味しい仕事だと思ってたよ。



 俺の仕事はとても簡単、と教えていただいた。

 喧嘩が起きたら制圧なかよしにする事。

 強盗が起きたら制圧なかよしにする事。

 暴動が起きたら虐殺ねこそぎにする事。

 禁制が回ったら私刑みせしめにする事。


 後ろ二つはなんなんだよ。と事務方の不死身嗜好家タフガイ・マニアに聞いたら、個人間の問題は穏便にというか解決せぬままにして賄賂でもちょろっと貰いなさい。と言われた。目ぇキラキラしてんのに。しこりが残った方が分断されて良いし、夜警幇が住民に嫌われて良いしで一石二鳥だと。


「ですが後ろ二つはダメです。暴動が起きるという事は組織だった活動が行われているという事。禁制品が出回ってるという事は組織だった犯罪が行われているという事。これは良くない。団結され、やがてそれが独立の下敷きにでもなったらたまったもんじゃないんですよ向こう側は」


 痛い目をみたくないでしょう?誰だって。お互いに。とそう締めた。これ、ずっとキラキラした目で言われてんのよ。あいつ怖いよ。


 力持ちの警官たる俺はとにかく争ってたら殴れば良いのだ。そうシンプルに考えることにしよう。何もしてなくても殴ったって良いかもしれない。…あいつ喜びそうだな。やめとこう。



 しかし決意してすぐに、シンプルな話シンプル・カンバゼーション/ややこしくなるシリアス・コンプリケーション

 運悪く勤務初日にして禁制品を見つけてしまった。つまりは組織だった犯罪が行われているという事、なのだ。ヤバい。色々ヤバい。

 禁制品にも色々あるだろうが俺でも誰でも想像出来る一般的な、いや大分特殊だが、商品といえば武器、薬、人間だろうか。俺はそのうちの人間、を見つけてしまった。

 大量の少年少女が、冷蔵機能の付いたコンテナ内を、更に蜂の巣状に区切ったスペースに、個々に詰め込まれ眠っていた。死んではいない、ハズだ。出自のせいでそこら辺の見当には手練れているのだ。死んでは、ううん、自信無くなってきた。なんなんだよこの街は。色々ヤバい。



 一人じゃ手に負えないので路地裏の影とかにビビりながら署に戻った。橋がヤバい橋が。どれもこれも、襲撃されないか不安になるくらいには微妙に長い橋なのだ。こりゃ暴動が起きても橋で各個撃破されるわ。

 途中橋の下を漕いでた渡し守のご老人に会ったので飛び込んだ。あんなヤバいもん発見したから掟破りの船攻めもしかねんと思ったが、まあ、陸よりは気を抜けた。



 さて、夜まで待たされ、署長室へ。あんなもん夜警幇互助会ごときじゃ取り締まりようもないだろ。貧弱な警官だ俺達は。と向こうの警察、俺達の上位組織に手助けしてもらおうよと進言したが却下された。即答だった。


「面目に拘ってるわけではないよ。地力が違いすぎてそもそも、面目無いからね。無面目の無貌の無謀者さ。恥ずかしくて、顔中の穴から血を流して死ぬよ」


「混沌。だったかそれ」


「お、何だ。覚えているじゃないか。これも君の、親御さんから教わったんだよ。カオスに五感を与えるとか、面白い話だよね」


 そして、人間に零落して死ぬのだ。原初の神が。


「良かれと思って結果的に殺してしまう。という所が特に好きだよ私は」


 何が言いたいのだろう。正しい行動、この場合、向こうの警察お上に協力を仰ぐのが、結果的にみんなの首を絞める、と言いたいのか。


「そうさ。冴えてきたね。あれは、向こうも掴んでる案件ケース・オブ・ニードなんだよ。だって、素人の君がたった1日で見つけたような杜撰さだぜ?彼らが把握してないわけ無いだろ」


 掴んで、そのまま放っておく理由はなんだ?子供を大勢拐われているのに。


「捕まえた獲物をそのままにしておくなんて決まりきってるだろ。子供の狩りの練習プラクティス・ハントに使うんだよ」


 動物が良くやるだろ?と署長が何でも無いことのように呟いて、そんで俺は爆発した。


「人間だ!あいつらは!それが人間のやることか!!」


「私に言われても困る。落ち着けよ。平穏に、安心に。少なくとも私は今回の件、実に安心しているんだよ」


「母猫と仔猫だ!関係が!そりゃあ安心だろうよ!身内の扱いだもんな!それで本当の身内はどれだけ死ぬんだよ!!」


 まさか女子供を殴るわけにはいかない。だが我慢は出来ない。だから署長室はもうめちゃくちゃだ。流石人工靭帯!体の表面を脈打ち、力を発揮。重厚なデスクも鉄筋の壁にめり込み半ば突き破る!!母猫にとびっきりのカーネーションをぶちまけてやりてぇな!外周のビルの一つでも更地にしてやりゃ喜ぶかねぇ!?


君とカーネルその人工人体カーナルなら出来るだろうね。待ってた甲斐があったよ。その暴力で、ぜひとも狩りハント成功ヒットさせておくれよ仔猫ちゃんプシィキャット!


 落ち着こう。今はもう署長に縋らねば生きれないのだ。生きねば。話題を変えよう。


「ボスはこいつのことを人工人体カーナルって呼んでるので?」


「つい癖で。名前が決まるまでは紆余曲折あったんだ。あんまり凄く無さそうなほうが、油断してもらいやすいからね。戦車をタンクと呼んだようにね」


 カーネージ大量虐殺するから人抗刃帯カーネージ

 インカーネーション受肉するから人工神体インカーネーション

 あるいはただ単純にカーナルとして消費/膾炙カンサンプションするから造語として人口人体カーネーション


「つまりは体の良い肉の壁さ。この人工靭帯カーネーションは君の境遇とおんなじだ。大したことない存在と、少なくともそう思って生きていくしかない」




 この鬼道藩国ロード・ロードの浮島たちは石油タンカー用みたいな特大のアンカーによって繋ぎ止められているのだが、犯罪組織への出入りと言うことで今回はそれの予備の一個を借りてきた。別に保管されていた鎖を腕力で繋いで、それを怒りアンガーにまかせブンブンぶん回して、まずは他所に繋がる橋を落とした。


 逃げ道として残してそこで袋叩きでも良かったが、何しろ、ここの住民のほとんどは流れる水の上を渡れないのだ。だから閉じ込めて怖がらせ、私刑みせしめにして殺す。他の多くの同族を守るために、向こう側への恐怖を刻み込む。


 人工靭帯が唸り声をあげ、錨を無遠慮に回す。建物の二階の床に見当を付けて全部ぶち抜いた。中に少年少女がいたかもしれんが、ことこうなっては全員生かさない方針だ。情け容赦はないと、馬鹿な同族に子供の命を使って教えなければならない。最悪の気分だ。


 今度は一階の床を。その後はだるま落としのように島を抉りながら家を消し飛ばしていく。こういうのは馬鹿馬鹿しく滑稽な方が良いんだ。命を弄んでいるようにしてみせるのが。


 化け物らしくよ。



 錨を浴びると危ないので遠巻きに居て貰った幇郎党ギルドメンバーを集め、ぶち壊した建物の地下に降りる。地下が本丸とアンダーグラウンド/いうことすらストロングホールド、既に調べがついていたらしい。


 この浮島で地下か、いや、詮索はやめよう。九死で一生を終えそうキュリオシティ・キルド・ザ・キャットだぜ仔猫ちゃん。



 警備員だか研究員だかを生活スペースみたいなものごとメチャクチャにしてずんずん進んでいく。

 頑丈な扉と消毒室ディシニファクションルーム消毒デストラクションしてやって、知らされてた重要区画バイタルパートまですすんだ。

 地下を清潔な水が、海水からわざわざ濾過した真水が流れていた。その中を、まるでキャベツ畑よろしく緑のおくるみに包まれた赤ん坊がたくさん浮いている。

 更に奥へ進むと十分に成長した、少年少女が緑のおくるみ、その互生の葉をめい一杯開いていた。収穫期なんだろうよ。


「…羊毛果バロメッツ


「そうだよ。その変形さ。いや零落と言えばよいのかな?」


 図らず呟いた声に応えがあった。少年が一人、唯一、意思を持ちこちらを見ていた。この悪趣味な水耕栽培の中心で、無菌の水と人工の光を浴びて。ねじくれた角が花弁の代わりの様に艶やかに生えていた。


「だから、向こう人間側は放置していたのか」


「そうだよ。食われるのは人間じゃないから。限りなく向こうに近くて、この子たちには何の罪悪もないけど、この子たちは誰も家族もないし、やっぱり向こうじゃないからね」


 うるさかったのか、中央の少年親株以外が幾つも目を覚ました。ショボショボと目を、ヨボヨボと手足を震わせて、めぇ、めぇ、と収穫期の少年少女が産声をあげていく。化け物による化け物を使った疑似人身売買。この蟲毒のような、向こう人間側から隔離された、藩国ロードとは名ばかりの隔離アイソレイトされた出島アイランドで、その毒血を薄めた肉をみんなに食らわせることで、自家中毒を遅らせていたのだ。こいつは。


「家族がいねぇなんてことは無いだろ旦那。あんたが親じゃないか」


「この子たちは僕の、過去の僕の何も引き継いでない。罪悪もないかわりに記憶も力も。今ここにいる僕までが僕で、そこから先にはつながらないよ。ここまで格を落とすのには、苦労したんだぜ兄弟」


「兄弟じゃねえ!なら俺だ!俺がこいつらの兄弟だ。親からの記憶不死性神性も受け継いでない、コウモリ貴種食いものにされた蚊従属する下位吸血鬼残骸零落の俺が!」


「ウソはいけないぜ兄弟。夜明砂デミヴァンパイア夜明者デイウォーカー死と熱狂の、酒とデュオニソスの獣再生の豊穣神が眷属に変えられたもの達よ。その身に付けている皮膜ガワはなんだよ」


 親株少年が指摘した皮膜ガワ、怒りに合わせて脈打ち波打つ人工靭帯カーネーションは、まるで生きているかの様だった。俺の、親の、遺産。その下位吸血種の皮膜、飛膜で作られたそれは、確かに、姿形すら知らないその親の神性を俺にもたらしてくれていた。もしかしたら記憶不死性も。


 カチコミ前に言われた、署長の言葉遊びを思い出す。


「これは肘サポーターだよ。大したもんじゃない」


 お陰様で、おっきな錨もラクラク投げられるぜ仔猫ちゃん。


「まあいいさ、所詮、人を食らう類いの神/鬼ものなんてのは、/最初は畏れられ/やがて疎まれ/最後は殺されるって相場が決まってるんだ。いっそ食われる側に回って、家畜の仲間入りをしようとしたんだが、あいつら、同族に対してのがよっぽど扱いが厳しいんだろうね」




 違法な地下施設をオシャカにして翌日。休暇をいただけたので例のラーメン屋に来た。


 昨日は後始末を幇郎党に押し付ける形で署長に呼びだされ、「向こう側の試しに合格したよ。さすが名誉大佐カーナル。おめでとう」と祝福され、事務方タフガイマニアからは例のキラキラした目でずっと拍手を貰うわで凄く嫌な気分だったので、今日は夜魔族ナイトウォッチ・ギルドを離れ、息抜きに来たのだ。



 我々化け物の隔離区域たる鬼道藩には、法の合否も意思の善悪も問わず一定数の人肉が向こう側から供給されているが、住民の全体数からはとても足りない。だからあの親株は、植物の神性の末裔は、妖怪の類いよろしく、バロメッツに身をやつして代用品とは言え人肉を供給し皆を救おうとしたのだ。人間を傷つけず、仲間を争わせず。

 でもそれは困るのだ。正しい行動が、結果的にみんなの首を絞める。向こう側は、我々に満たされてほしくないのだ。もっと我々に減って欲しいのだ。腹も数も神性も。


 じり貧とわかっていても、向こう側に従うしかない。今では世界中の神秘はただの化け物に成り下がりこうしてここで一緒くた蓋されてしまっている。


 削られ続ければ、この蟲毒の様な毒抜きが終われば、もしかしたら不死性も神性もすっかり無くした我々の子らが、向こう側と手を繋ぐ日も来るかもしれない。


 ラーメン屋の親父さんの毛むくじゃらの、獣毛に覆われた顔を眺め、血の入った真っ赤なスープの担々麺をすすりながら、辛味噌に混ぜ込まれた人の手をしゃぶりながら、それらに酷く体がしっくりきているのだが、でも確かに、一昨日食べたばかりの、ただの人間向けの味付けのごくごく普通の担々麺を、堪らなく懐かしく思うのだ。俺は。いつか。




 いや、





 生きねば。

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