8.5 一方その頃的な話
――十数分前
「止まってください……カレア様」
【避難所】に繋がるという一本道。
その出口辺りで、シルが急に立ち止まった。
ちなみに、だ。
……入口が一本道、出口も一本道という阿呆臭い作りには、シルから聞いて心底呆れた後なので皆まで言わない。
一応、一本道にすれば、魔物が侵入したときに挟み撃ちにしやすい、とのことらしい。
知略に長けた魔物なら、それを予期して挟み撃ちしに来た奴らを挟み撃ちにできるように、戦力を手元に残しておくだろうが……。
まあ、それだけこの【避難所】の守りが強固なのだろう。
そう、先程までは思っていた。
「――ざっけんなゴラァ!! こっちだって、真剣なんだよ馬鹿野郎!! 貴族でもなんでもいい! 誰でもいいから加勢できるやつは加勢しやがれ!!」
「――この……ッ!! 副団長だからといって、生意気な!!」
【避難所】の方からいくつもの悲鳴と叫び声が聞こえてきて、顔がひきつる。
……いや、クソ切羽詰まっとるやんけ。
失笑が止まらない。何だこのザル警備。【王】は何を持ってこれを良しとしたのか……まるで理解出来ない。
「すぐに向かわねば……まずそうですね」
「ああ。でも……厄介なのがいる」
視線の先。ゆっくりと、通路に腰掛けていたゴブリン五体がこちらを向いて立ち上がった。
そんな彼らの向う側にあるのは――スポーンクリスタルだ。このゴブリン五体は、これを守るよう指示されているのだろう。
スポーンクリスタル。
……使用者の魔力を注ぐことで、魔物を絶えず生成し続ける魔道具だ。
だが、生成されているのはどれもユニーク個体のゴブリン。
……消費魔力は馬鹿にならない。となるとこいつを使ったのは、それほどの強者、か。
思わず笑みが溢れた。
まだまだ弱えこの状況でそんなヤベーやつと戦えるとか……面白くなってきたじゃねぇか。
「カレア様……。引き返しましょう。流石に、2対5では分が悪いかと……」
「いや、行こう……」
シルの戦いぶりを見るに、彼女は【速度】特化の剣士のはずだ。
この手は正面から斬り合うことを苦手とするが……こと奇襲においては爆発的な威力を発揮する。
相手が一瞬でもスキを見せれば、目にも留まらぬ斬撃で相手を斬り結ぶことが出来るのだ。
だとすれば……そうなるように、俺がサポートすればいいというだけ。
「――みっともないぞ、騎士団ッ!!」
おっ、と……。
不意に聞き覚えのある声が聞こえてきて、動揺する。
グランツもこの奥にいるのか……。
少し立ち止まって聞いていれば、どうやらグランツ本人が戦いに向かおうとしているらしい。……なんて単細胞。いや、相手は五歳児だ。こんなものだろう。
「いいか、シル。僕が、奴らにスキを作る」
言うと、シルは「しかし」とこちらを向いた。
「……一体、どのように」
「簡単に言えば……【炎球】を使う」
シルが、呆けた顔でこちらを見た。
「今……なんと? フレアじゃなく……?」
「【炎球】を使うんだ」
「……使えるのですか?」
「あ、ああ。……こっそりと、修行をしていたからな」
シルが、あわあわと口を動かした。
「魔法適性は……Fランクだったはずじゃ……」
そう、ぼそりと呟く。
……ん? 魔法適性?
な、なんだそれ。
「ですが、【炎球】なぞで奴らにスキを作れるとは……」
「まあ、大丈夫だから」
シルの腕を引っ張り、ぐいっと顔を引き寄せる。
そして、瞳の奥をジッと見つめた。
「……僕を信じて」
キュッ、とシルの顔が引き締まる。
「……はい。それでは」
「詳しくは聞かないのか?」
「……ええ、もう、十分です」
鞘から剣を引き抜いた。
シルが、少しずつゴブリンに向かって走り出す。
「いいか、シルッ!! 僕が【炎球】を奴らに当てるッ!! その瞬間を狙うんだ! ……右から順にだ!」
「仰せのままにッ!!」
ゴブリンが、一斉にシルに向かって飛び掛かる。
シルの体がピクリとはねて、硬直した。
……怖い思いをさせるが、まあ、大丈夫だ。
次の瞬間には……全部ひっくり返っているからなッ!!
「瞬け……【炎球】ッ!!」
手のひらから、5つの炎球が飛び出す。
イメージは簡単……目眩ましだ。
シルがいない間に行っていた魔力コントロールの修行のおかげで、この程度の低級魔法ならば難無く操れるようになっていた。
炎球を、右のゴブリンから順番に、時差でぶつかるように操作する。
んでもって、仕掛けはここからだ……。
歯を食いしばって、踏ん張った。
神経を研ぎ澄ませ、送る。魔力を送る。
――魔力を、飛んでいった炎球に注ぎ込む。
たった一瞬。たった一瞬だけ魔力を膨大に送り込み、炎の勢いを爆発的に上昇させるのだ。
そうすれば……。
「グ、ギャァ……!?」
炎球が閃光を放ち、ゴブリンが後退った。
……光が、強まるッ!!
名付けて、【炎球】――燃焼フォルムだ、ガハハ!!
魔王ガイアス、下っ端時代に使っていた姑息な手が、今回もまた火を吹くとはなぁ!!
一瞬の発光。からの、炎球がぶち当たったことによる爆発の衝撃。
それによって、ゴブリンは悲鳴を上げながら足を止めた。それだけで……
スパンッ。
ゴブリンの首を右から順に跳ねながら、シルが言った。
「ご援助……感謝致します、カレア様」
「……ふっ。苦しゅうない」
……とかなんとか、格好つけちゃったりしてな!
ばたり。
ゴブリンが、全てぶっ倒れる。
これで見張りは全部やった。
……後は。
「――ロッゾ様がやられた……!」
……あいつらを、助けるだけだ。
全く、シルからは副団長がいるから大丈夫って聞いていたのだが……壊滅寸前らしい。
頼りない奴らだ。
一本道の出口。すなわち、【避難所】に繋がる入口。
そこで眩く光るスポーンクリスタルに手をかざし、俺は言った。
「準備は出来てるか……シル?」
「ええ。勿論です」
「じゃあ行こうか。……ぶっ飛ばせ、【フレア】ッ!!」
超高威力。
魔力の半分を費やした、フレアというより爆発と言ったほうが相応しいような一撃。
ズッガァアアアンッ!!
轟音とともに、それがスポーンクリスタルをぶっ飛ばした。
上がる砂塵に紛れ、歩く。
シルが、剣を握り腰を落とした。
眼前に手をかざし、俺は彼女に命令する。
「さあ……飛べ、シル」
「仰せのままに……カレア様ッ!!」
ゴブリン五体に飛び掛かるシル。それを援護する俺。
さっきと同じだ。簡単なこと。シルが、呆気なくゴブリン五体を倒す。
それから仰々しく歩いて、俺は【避難所】に躍り出た。
砂塵を抜け、視界が開ける。
そして――思わず胸が高ぶった。
誰も彼もが、こちらを見ている。
上から戦う人間を見下ろしている貴族っぽい奴らも。必死になって戦う、騎士たちも。
どいつもこいつもが、こちらを縋るように見つめていた。
ハハッ!!
良いね、良い。気分が良い……。
俺が魔王の時は、十傑の配下にすべて投げっぱなしだった。兵士とのコミュニケーションやら育成やら、全てが煩わしかったからだ。だから、魔王ガイアスの身なりについては殆ど情報が回っていない。
だが、そうか。
世界が、広がる音がする。
胸が高ぶる。
――これが多分、本当の【王】としての景色だ。
今回は、どうせならこういう【王】としての形もありだな!
それに。
胸の奥底で、誰かが叫んでいる。
眼前の景色を見て、叫んでいる。
カレア・アーネスト……。
つくづく、お前とは気が合うなッ!!
つーか……ッ!!
体が、勝手に動く。口が、無理矢理こじ開けられる。
……こいつ、俺の体を奪おうと――ッ!!
「――諦めるなッ!!」
いつの間にか、そう叫んでいた。
いいや、俺の体を奪ったカレア・アーネスト本人が、叫んだのだ。
……そうか。
目の前の惨状を、改めて見渡す。
お前にとってこれは、それほどの景色だってことか?
だったらいいぜ。……言いたいこと、あいつらに全部言ってやれよ、カレア。
すっと、カレア・アーネストは息を吸った。
全てを吐き出すように、彼は叫ぶ。
「近衛騎士団なのだろう……ッ!! 【王】に期待されて、そこに立っているんだろうッ!! だったら、諦めるな! ゴブリン如きにやられて……【王】の顔に泥を塗る気かッ!! 立て……立ってそれで――」
すっと、カレア・アーネストの気配が体から抜け落ちていくのを感じた。
……変わったか。最後の締めの言葉を俺に託すとか……こいつ、小心者すぎるだろ。
まあ、いいけど。
それなら俺が、最高の言葉で締めてやるよ。
笑って、俺は飛び出していた。
楽しい。楽しすぎて、脳からドパドパとアドレナリンが溢れ出る。
騎士と鍔迫り合いをしているゴブリンの背後に飛び掛かって、見せつけるように剣で思い切り背を斬り伏せた。
「――俺に続け……雑魚共がッ!!」
周囲の空気が、震えるのを感じる。
屈辱。劣等。羞恥。後悔。怒り。あらゆる負の感情を、彼らから感じる。
すると、赤髪の男が立ち上がって、俺につばを振りかける勢いで怒声を浴びせてきた。
ロッゾ……副団長の男らしい。怒りのままに大剣を振るい、力任せに暴風を生み出す様は、俺が見たことのない類だった。
……面白いな、あいつ。
ロッゾは、ニッと笑って俺を見る。
「――誰だか知らねぇが、まあまあ助かったぜ。喝が入った……。……あんた、名前は?」
皮肉を込めて、俺は告げた。
「――カレア。カレア・アーネスト。……アーネスト家三男にして落ちこぼれの、弱くて情けない男だよ。今は……な」
それから、みるみると騎士団は力を取り戻した。
俺の加勢というよりも……無限に生成されるゴブリンが止んだことで、希望を取り戻したためだろう。
だが、まだ……終わりじゃない。
いる。どっかに、いやがる。この中の有象無象のゴブリンに紛れて……一匹。
どこからともなく溢れ出ている、あまりにも濃い魔力を辿っていく。
そして。とあるゴブリンを見て、目が止まった。
いた。あいつだ……。
身震いがする。ぞわり、恐怖が背筋を舐めあげる。
面白え……。想像以上だ。
この魔力量、間違いない……【魔王級】ッ!!
ゴブリンがこちらを見て、笑った。
あまりにも、不気味に、気味悪く。
「――ミツケタ、探し、マシた、よ……。マオう、サマ……ッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます