6 敵襲


「僕の、教育係になってほしんだ」

 

 シルが、いつも通りの無表情で俺を見つめる。

 部屋中の空気が止まって、世界から音がなくなったかのような静けさが漂う。

 

 教育係は、必要だ。

【〈奪〉の魔王】ガイアスは、確かに最強だった。他の追随を許さない、暴力的なまでの戦闘力。

 しかし、彼は何も、修行を積み重ね、その果に力を手に入れたわけではないのだ。 


 ――奪って、奪って、強くなる。 


 倒せば倒せば強くなる。それがガイアス、すなわち俺の力だった。

 だが、今回それはない。

 

 倒すだけで強くなれた俺には、強くなるための普通の方法というのが分からない。

 故に……教育係は必要、なのだが……。

 

「なりません……カレア様」

 

 苦渋の表情で、シルが呟くように言った。


「カレア様では、【王】にはなれません」


「なんで……?」


「だって、貴方には……」

 

 また、まただ。

 シルも一緒だ。

 

 なんなんだ……?

 一体、カレア・アーネストには……どんな事情がある?

 

 シルはバツが悪そうに俺から目を逸らすと、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……カレア様は、お体が弱いですから。そのようなことをしては、身を滅ぼすだけにございます」


「身を滅ぼしてでも、強くなりたいと言ったら……?」


「私が、全力で止めさせて頂きます。……私は、貴方のお見張り役でございますから」


 きっと……父か母、どちらかにキツく言われているのだろう。ならば、無理を言うのは酷か……。万一何かあった場合、彼女に責任を負わせることになる。

 

 だとしたら――。


「じゃあ、僕が身を滅ぼさずとも強くなれると、証明出来たら?」

 

 言うと、シルはハッと息を呑んで大きく目を瞠った。


「それは、一体――」

 

 瞬間、空気が震えるほどの怒号が、辺りに響き渡った。

  

「――敵襲、敵襲だぁああッ!! 」


「な、なに……ッ!?」

 

 シルが、咄嗟に鞘に手をかけた。

 ふぅ、と小さく息を吐いて、「いけません」と低い声色で呟く。


「恐らく敵は……リアレ様の【生誕祭】を狙って攻めてきたのでしょう。ここは危険です。恐らく今は、精鋭部隊の護衛が、魔物を食い止めているはずです。……その内に、避難所まで逃げます」

 

 敵襲か……。

 おかしいな。ここは、仮にも【王】の城だぞ……? 


 そんな簡単に攻め入れられるなんて、あまりにも警備が杜撰すぎやしないか?

 それとも……。ゆっくりと、ドアの奥の方に視線を向けた。


 ……臭う。感じる。

 

 ――【魔王級】の、魔物の気配を。


 いいや、考えるだけよそう。 


 今は取り敢えず、シルに従って逃げていればいいはずだ。

 ……まだ俺じゃあ、魔物相手に勝てるとは思わないしな。


 ◇

 

「ガハハハ!! きよったか、穢れた血共めがッ!!」

 

【生誕祭】。

 その会場は、人々の混乱の渦に――巻かれて、いなかった。

 

 すでに、彼らは逃げ果せていた。

 それほどに、彼らの対応は早かった。

 

 パーティー会場を埋め尽くしていたほどの人々は既に消え去っており、会場に残っているのは数人の精鋭騎士と、アーネスト領の【王】――アルカナム・アーネスト、そしてその子息、リアレ・アーネストだけであった。 


【王】アルカナムは、対峙する赤目のゴブリン、そしてその周囲に並ぶ数百のゴブリンを前にしてニィと笑う。


「ゴブリンキング……か。こりゃまた、大物がやって来たじゃないか」


「グギィイ……」

 

 ぽたぽたと、歯を食いしばりよだれを垂らすゴブリンキング。

 ゴブリンロード、その右腕にして、たった一匹で1000ものゴブリンを生み出す繁殖の王。実力もまたゴブリン1000体分はあるだろうとされ、人類にとって厄介な敵の一つだった。

 

 それを前にして、余裕綽々の笑みで笑うアルカナム。

 彼は、下卑た笑みを引っさげて口を開いた。


「警備には近衛騎士を配置しておったはずだが……まさかやられたのか? だがまあ、どうでもいいわ、そんなこと……。今日は、やけに付け上がった雑魚をよく見るな。いいか、よく聞け……。あまり、己の力を見誤るでないぞ……下等種族が」


「ぐ、グギィ……」

 

 ゴブリンキングが、目に涙を滲ませて一歩後ずさった。


「……見ていろリアレ……。これが、お前の超えるべき【王】の姿だ。照らせ閃光、爆ぜろ爆炎……駆け抜け眼前の敵を飲み込め――【閃光爆炎フラッシュ・バング】」


 瞬間、一筋の閃光が部屋を駆け抜けた。

 小さな光の粒が、ゴブリンの周囲にぱらぱらと浮かぶ。

 

 ギュィィイン。

 やがて、光の粒は音を立てながら収束し始めた。

 

「ぐ、グギャァアアア!!」

 

 ゴブリンキングが叫ぶ。

 一斉に、数百のゴブリンが【王】を殺さんと走り始めた。 


 しかしそれを前にしても、アルカナムは後ずさりもせず笑っていた。


「――下等種族が。……弾けろ」

 

 バンッ!!

 耳をつんざく破裂音。部屋を埋め尽くす眩い光。

 それは神経をも刺激し、一瞬、食らったものの足を怯ませる。

 

 そこを追いかけるように、光の粒が一斉に爆破し始めた。

 見た目は地味。光の粒が破裂しているようにしか見えない。だがその実態は、館を崩御させるほどの爆裂の威力を、一点に溜め込んでいるだけであった。


 数百あったゴブリンの軍勢が、塵も残さず消えていく。

 

 それを見て、ひっそりとリアレは息を呑んだ。


「これで……終わり、ですか?」


「ここは、な。街に被害が及んでいればまずい。だが、おかしいな。……あの程度ならば、近衛騎士がやられるはずもない。警備を潜り抜けられるはずがない、のだが……。なんだか……臭うな」

 

 リアレは、父の様子を見て息を呑まざるを得なかった。

 額に汗を滲ませ、笑う。


(光属性と炎属性の魔法を、当たり前のように混ぜ合わせて使うなんて……人間業じゃない。これが、俺が超えるべき【王】か……)

 

「そういえば……父さん」 


 ハッとなって、リアレが口にした。

 なんとなく、今。ここで、その話をしておかないといけないような、そんな気が、なぜ彼の中でしていた。

 

「カレアのこと、なんだけどさ」と。


 父は、押し黙って息子の言葉に耳を傾けた。


「……あいつ多分、自分の体のこと、忘れてるよ」

 

「そうか。ならば……」

 

 父は。いや、【王】アルカナムは、己の病気がちな息子の姿を思い出して、ふっ、と鼻で笑った。


「……そのまま死なせてやった方が、あいつにとっても幸せだろう」

 

「あ、アルカナム様ッ!!」

 

 ガシャン。

 鉄の軋む音が鳴って、彼らは一斉に口を閉ざした。

 

 近衛騎士、アーネスト領屈指実力者である、アルカナム・アーネストの右腕でもあった騎士が、鎧の隙間の至るところから血を流して地面にくたばっている。 


 それを見て、リアレは開いた口が塞がらなかった。

 恐ろしかった。なぜ、こんな姿に。ゴブリンなどに出来る芸当ではない。もっと、強大な何か……。 


 想像して、リアレは体を震わせた。


 近衛騎士は、口から血反吐を吐きながら、それでも己の使命を全うせんと喉から声を絞り出す。


「――敵襲に紛れ、ゴブリンロードの姿が……ッ!! なぜか、【避難所】の方向に真っ直ぐに向かっております!!」


 ◇


「静か……だな」

「ええ、敵襲の気配など、どこにもしませんね」

 

 俺とシルは部屋から出ると、駆け足で【避難所】に向かい始めていた。

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