5 生誕祭


「皆の者。今日は我が息子、リアレの【生誕祭】ために各地からはるばる集まってきて頂いたこと、誠に感謝する。リアレは才覚はありますが、いかんせん貴族としての作法が身についておらぬようだ。……今宵は、我が愚息に『敬意』というものを教えて頂けると、実に有り難い」

 

 アーネスト家、長男リアレ・アーネスト。

 今宵18となる彼の誕生日会は仰々しく【生誕祭】と騒がれ、各地から名のある貴族や商人がこの場には一斉に集まっていた。 


 それもそのはずだ。

 リアレ・アーネストは天才だった。剣の才覚、魔法の才覚、どこをとっても一級品。

 すでに【水の精霊王】からの加護も得ており、『適正属性』も炎と水の2つ。

 

 いつか彼がここアーネストの次期当主となり、【迷宮都市】セイレンの西区画【アーネスト領】の次期【王】となることは、誰の目から見ても明白であった。


 アーネストには4人の息子がいるという話は無論周知の事実であったが、リアレ以上の才覚を持つものがいるとは、誰も想像しなかった。次期【王】は、間違いなく彼で決定だ。

 それほどに、リアレ・アーネストは天才だった。

 

「ほらリアレ……来い」

「あ、え、えーっと……」

 

 父に継ぎ壇上へと上がる青年を見て、辺りから一斉に歓声が湧き上がる。

 おお、彼が……。なるほど、気品に満ち溢れた少年だ。今からゴマをすっておいたほうがよさそうだな。だな、こりゃ決まりだ。眉目秀麗、才覚十分、まさに天からの使わし子だな。間違いない、目にして確信した。次期【王】は彼で決まりだろうな。

 

「皆様、今日は遠出の国からはるばるお越しして頂き……ありがたく思います。本日は、実にめでたい日です。なぜならば、アーネスト領次期【王】である私の生誕祭であるからです。きっと今日、皆様は脳に刻むでしょう。リアレ・アーネスト……その名前を」


「馬鹿もん……少しは自重せぬか、リアレ。お見苦しいものを見させてしまい申し訳ありません、皆様……。とはいえ、今日は確かにめでたき日です。我が不遜な息子、リアレの誕生を、騒がしく、天まで轟かせてやりましょうぞ」

 

【王】が祝杯の酒を掲げ、辺りから歓声と楽器の音色が響き渡る。

 こうして、リアレ・アーネストの【生誕祭】の幕は上がった。

 

 リアレの【生誕祭】とはいえ、各地の有力者が一斉に集まるこの場。

 繋がりを増やすべく、その誰もが会話に勤しんだ。 


 ただ、その中で。

 ふいに、誰かが口にした。


「そういえば」と。


「そういえば、カレア様の姿はありませぬのだな。グランツ様、アルト様の姿は見えますが……」


「カレア様は病気がちなのさ。だから、こういう宴会には大抵顔を出さない」


「なるほど……それは可哀想な」


「それに、どうやらここだけの話……随分と落ちこぼれらしい。剣も魔法も、からっきしだとか。特に、アーネスト家は【炎魔法】を司っている一族だ……炎魔法がからっきしとなれば、そりゃあ、な?」


「おいおい……それは流石に無礼ですぞ、貴殿……」


「別に良いんだよ、カレア様に限っては。……アーネスト様も、すでに見限ってしまっているらしい」


「な、なんと……。となると、まさか」


「ああ、そのまさかだ。10歳のとき、カレア様とグランツ様の成人の儀式が行われる。そこで、カレア様は勘当されるらしい」


「なっ!? 出来損ないだとはいえ、なぜそこまで……」


「庶子……町娘との息子、らしい。つまり、カレア様だけ母親が違うのさ。……まあ、商人特有の風の噂だがな。ただ、一方のグランツ様はかなり優秀という話だ。カレア様もまあ……なんつーか……報われねぇよな」


 カレア・アーネストは落ちこぼれである。

 その風の噂は、少しずつ、少しずつ、広まりつつあった。

 

 それを見て、ほくそ笑む人間が――二人。


「残念だね、兄さん……。成人の儀式で、ばいばいみたいだ」

 

 グランツ・アーネスト。

 そして、もう一人――


「――カレア。カレア……カレア、カレア様……く、クヒッ! カレア、様。カレア、様ッ!! ……イマ、オムカエニ、マイリマス……ね?」

 

 ゴキリ。

 笑顔溢れるパーティー会場で、奇妙な男が、首を直角に曲げて笑った。

 

 ◇


「へー、生誕祭か。だからみんな一緒だったんだね」

「はい。リアレ様は……次期【王】候補の最有力者ですから」

「……ん? 【王】?」

 

 父が去ってから。

 俺は、すかさずシルに彼らが一挙にこの部屋に集まった理由について聞いていた。

 

 ちなみに、「僕を強くしてほしい」が云々という話は、シンプルに聞き流された。

 相手にしない、といった様子だった。無念である。

 

 でもなるほど、【生誕祭】か。

 貴族とはいえまだ18、若いのに、そんな仰々しい……と思っていたら、すかさず聞き慣れない単語が飛び込んできやがった。


【王】とな……。俺が魔王の時代は、そんな制度なかったはずだが。

 そういえば、と俺は思う。


 魔物サイドにも、各地に【王】がいるんだっけか……?


「あれ、ご存知なかったですか……?」

 

 お、っと……。

 どうやらこれは、流石の落ちこぼれ、カレア・アーネストとはいえど常識の範疇だったようだ。


 頬をかきながら、曖昧に笑って答える。

 

「あ、えっと……忘れちゃったみたいだ」

「そうですか。ならば仕方ありません。【王】とは、皇帝様直属の配下であり、国の最大重要拠点を任せられた人物に与えられる称号です」

 

 紙とペンを取り出し、すらすらと国の地図を書き出すシル。

【迷宮都市】セイレンは、いくつもの城と街が合わさった複雑な国だと聞いていた。

 

 真ん中に首都。

 そして、


「この西に構える街、ここが、アーネスト領にございます。ここが国の最大重要拠点なのは――」

 

 すらすら、彼女が書き始めたのは他でもない……魔物の支配領域だった。


「――ここに、【〈子鬼族〉の王】ゴブリンロードの国があるためです。故にここ、アーネスト領は、ゴブリンロードの進軍に対する牽制が任せられています。そして、【王】に与えられた任はたった一つ」

 

 シルは興奮気味に目を輝かせると、ふんふんと鼻息を鳴らして人差し指をピンと立てる。


「魔物陣営の【王】の討伐……それのみ。アーネスト領で言えば、ゴブリンロードの討伐になりますね。【王】とは、魔王軍を討伐するために作られた新たな制度。つまるところ独立遊軍国家、それを皇帝様が認めた証なのですよ、カレア様」

 

 なるほど、どうやらシルは相当な戦記好きらしいな。

 ぺちゃくちゃと、「ちなみに、ゴブリンロードは百年前、人類の英雄と互角に渡り合ったという――」なんて聞いてもいないことを語り始める。しかもそれ、嘘だし。ゴリゴリの創作話だし。

 百年前は、ゴブリン・ロードなんて存在すらしていないってのに。


 でもそうか……【王】か。

 あの男、俺の父親はどうやら貴族生まれの坊っちゃんというわけではなく……。

 

 皇帝から実力を買われ、ゴブリンロードを倒す任まで授かるほどの、相当の実力者、ということらしかった。

 そして、次期【王】候補の最有力者である、リアレ。

 

 乗り越えるべき壁はかなり高い……か。

 ははっ! でもまあ、そっちのが俄然おもしれぇ!!


「なあ、シル!」

 

 興奮気味に、俺は言う。


「僕も、【王】候補の一人なんだよね」と。


「だったら――」

 

 燃えたぎる。血が騒ぐ。

 カレア・アーネスト、目標が出来たぞ。


 やってやろうぜ、俺達で。


「――僕も、【王】になれるのかな!」

 

 まずは、このアーネスト領の【王】となる。

 そんで、15歳になる前にひとまずゴブリンロードをぶっ殺す。

 

 当面の目標は……それでいこう。

 ハハッ!!


 ……面白く、なってきたッ!!


 面食らった顔で硬直するシルは、震えた声で俺に訊いた。


「なりたいのですか……?」


「ああ。今日から、僕は【王】を目指す。ねぇ、シル。シルは、元冒険者なんでしょ? だったら、やっぱそうだ。シルしかいないよ。お願いだ、シル」

 

 目標は遥か遠くに。

 しかし、それでも駆け足で。


「僕の、教育係になってほしんだ」

 

 超高速で、成り上がっていけ。

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