2 始まりはクソ雑魚貴族


「おはようございます、ノルン様……」

「ああ、おはよう、シル」

 

 穏やかな風に包まれて、目が覚めた。

 無駄に装飾のついた五人は眠れるであろうどでかいベッドの上で身を起こし、ごしごしと寝ぼけ眼を擦る。

 

 だだっ広い部屋は無駄な家具など一切なく、ベッド、棚、勉強机のみで構成された質素な空間だった。

 しかも、そのどれもが高級家具という不釣り合いさだ。


 プラスしてすぐ隣では、俺の眠っている御尊顔をじっとつまらない顔で見つめていた女が一人。

 

 転生してから早一週間。ここ数日で、俺はすでに理解していた。

 俺の転生先の少年――カレア・アーネストは、貴族だった。

 

 気づいてしまった時は、困惑と動揺でかなり取り乱した。


 平民の家庭に生まれ、父と母に見つからぬようにひそひそと強くなり、いつか来たる俺の配下達の襲撃に備えて準備をする。そんな俺の算段は、初っ端から挫かれた訳である。

 

 まだどのくらいの階級の貴族なのか、俺がこのアーネスト家の中でどの程度の権力を持っているのか、分からないことは多いが……貴族であることには間違いない。

 

 名字があることは、この世界では『貴族以上の階級』の持ち主であることを表すからな。

 そのくらいは、魔王の俺でも知っている常識だった。 

 

 ただ、それ以上に頂けない事実が一つ。



【ステータス】

 カレア・アーネスト 人間


 魔力 :1

 身体力:1

 精神力:1

 

 適正属性:炎属性

 

 

 カレア・アーネストは、雑魚だった。

 赤子でも、全ての数値で『2』以上はある。なのにカレア・アーネストは、そこそこ年が行っていそうなのにも関わらず、どの数値も『1』しかなかった。

 ……先は思いやられる、いや、最高だな。スタートラインが最弱であればあるほど面白いというものだ。

 

「それでは、朝餉にしましょうか。カレア様」

 

「そうしようか、シル」

 

 シルに差し出された手を掴んで、起き上がる。

 背丈はまだ小さく、力もなく。ベッドから一人で降りることすらままならないくらいだった。

 

 一体、カレア・アーネストはいくつくらいの少年なのだろう。

 それさえも、まだ掴めていなかった。それだけじゃない。父の顔も、母の顔だってまだ見れちゃいない。

 

 一週間、子供をメイドに預けて放置って……貴族って、どこもこんなもんなのかね。知らねーけど。

  

「ではまず、お身なりを」 

 

 シルに促され、鏡の前に立たされる。

 ピンと跳ねた寝癖、気だるさが露骨な顔。

 

 そして、痩せこけた顔と、貧弱な体つき。

 この新しい自分の体を見るとき、たまに思う。

 

 ――カレア・アーネストは、病に冒されていたのではないか? と。

 

 まるで骨のような体は、到底生きている人間のそれではない。

 アンデッドでも、もう少し良い体格をしている。

 

 付き人であるシルは、かなり俺の身を心配している様子だ。

 それ以上に……カレア・アーネストは、この家庭から完全に見放されているのだ。座学の勉強もなければ、剣の稽古だってない。毎日寝て起きて、飯を食って本を読み聞かせられて眠るくらいだ。これは多分、おかしい。

 

 両の手を見比べて、思う。

 転生魔法、とは言ったが、その実態は違ったんじゃないか、と。

 

 もしかしたらだけど。

 ……生後間もなく死んでしまった人間を器にして、無理やりそこに魂を宿らせる、そんな魔法だったんじゃないだろうか。

 

 まあ、もう、この体の本当の持ち主はいないのだから、何も分かりゃしないのだが。

 

 寝癖を直して、シルに先を促す。

 それから朝ご飯を食べて、また部屋に戻った。 


 ぼーっとベッドの上から窓の外を眺める。

 青空を泳ぐ一羽の鳥。綺麗だとは思うが、まあ、面白くはない。

 

 そんな俺を、じーっと見つめ続けるシル。

 と思ったら、シルが少しずつうとうとし始めた。長いまつ毛をたらりと垂らして、こくりと首を落とす。人形のように整った顔で、すぴー、すぴー、と可愛らしい寝息を立て始めた。

 

 ……はぁ。

 思わずため息が漏れた。

 

 暇だ。暇である。つか平穏すぎんだろ……んだコレッ!!

 何不自由ない生活。つか平均水準より高い裕福な暮らし。……面白くねぇッ!!

 

 折角転生したのに、こんなのってありか……。

 鍛えようにも、シルが見張っている限り好き勝手には出来ないし。夜起きてこっそり鍛えようと思ったら、シルのやつ、急にバッと目覚めやがった。

 

 シルに顔を極限まで近づけて、俺はまたため息一つ。

 こういう時は、ここまで近づいても起きないくせにな……。


 お守りというより……監視役、って感じだ。


「ねぇ、シル。シルってさ、魔法とか使えるの?」

 

 不意に、気になった聞いてみた。

 ぱちん。鼻提灯を弾けさせ、シルはハッとなって目を開く。

 

 ごしごし、必死によだれを拭ってから、何もなかったかのようにきょとんとした顔をする。

 彼女はそのまま、「はて?」と少し首を傾げた。


「なぜですか? カレア様」

「いや、ちょっと気になったんだ。僕も、魔法を使ってみたくてさ」

「いけません、カレア様。……お母様が、カレア様には無理をさせぬようと、キツく仰っていましたから」


 母親が、か……。

 無理をさせぬよう言いつけるということは、やはり、カレア・アーネストは病弱なのだろう。

 

 それに、自分でもたまに感じる。

 体が異常に重たくて、咳が止まらなくなる時が不意に訪れるのだ。普通の風邪、とは、少し種が違うような。

 

 なんというか。

 ……同族の臭いがするな。魔物の気配を、感じる……。


 どうしたものか。

 思索しつつ、布団に潜り込んでこっそりと体から魔力を放出させる。

 

 シルにバレずに唯一できる、魔力を増強させるための特訓だった。

 筋繊維は、壊れるたびに強くなる。魔力を溜め置くための『器』もまた同じだった。枯渇するたびに、少しずつ魔力を貯めておける上限が増えていく。

 

 今はまだ水滴程度しかないが、繰り返せば少しずつ増えていくだろう。

 この特訓の難点は『気絶してしまうこと』なのだが……それも、どの道することがないのだから、そこまで支障をきたすものではなかった。


「さーて……どうしたものかなぁ」

 

 監視され、あらゆる行動を制限されている現状。

 どう打破すべきか、それを考えながら、俺は魔力枯渇で意識を失った。

 

 ◇


「おはようござます、カレア様」

「おはよう、シル」

「随分とお眠りになっていたようですが……お体の調子は?」

「眠ったおかげでばっちりだよ」


 ほら。言いながら、力こぶを作って見せつける。

 しかし、シルはといえば無反応だ。無愛想なやつである。

 

「そうだ、シル。魔法が駄目ならさ、この国の歴史を聞かせてよ」

「歴史、ですか……? でも、一体なぜ、急にそんな……」

「気になったんだ。僕は……ほら。この部屋から、出られないから。だから、外のことを、知りたくて……」

 

 頬をかきながら、俺は微妙な笑みを浮かべた。


「ダメ、かな……?」


 むっ。シルが、少しばかり顔をピクつかせる。

 そして、なんともないような顔をしてから、彼女はおもむろに口を開いた。


「それなら……仕方ありませんね」

 

 それから、彼女はこの国の歴史を語り始めた。

 特に――ここ百年間分の。

 

 とにかく情報が欲しい俺にとって、これは有り難いことだった。

 まず、シルの歴史学は、『魔王【ガイアス】が姿を消した』所から始まった。

 

 途端に人々の暮らしは平穏そのものに戻り、魔物に怯える日々はなくなったそうだ。

 なるほど。どうやらあいつらは、ちゃんと俺の言いつけを守って人間への進行をやめていたらしい。やはり、流石俺の配下達だ。 


 でも、それで終わりではなかった。


「じゃあ、この国は平和ってこと?」

 

 訊けば、シルは首を振った。

 

「いえ」と。


「……え?」

 

 思わず困惑して、声が漏れていた。

 戸惑う俺に、シルは続けた。


「現れたのです。新たな、7人目の魔王が」と。「【〈無〉の魔王】ノーマリア。彼は、圧倒的な力を有していました」

 

 ちょ、ちょっと待て。なんだ、それ。なんだそれ。

 ……七人目の、魔王?


「ノーマリアは、ガイアスの不在により各地へ散らばっていた魔物を集め、彼らに力を与えました。そして、いくつもの【王】が誕生したのです」


 ……は?

 いや、いやいやいや。待て待て待て。……俺の配下達は? どうなったんだ?

 つか……じゃあ、人間は?


「それにより、人間は一斉に絶滅の危機までおいやられました。残っているのは、我が国を含む、首都5国のみだけです。ノーマリアの進軍は、まだ止まっていません。ですが大丈夫です、カレア様。ここには、沢山の冒険者と騎士様がいますから」

 

 途方に暮れていた。

 俺がいなくなったすぐ後に七人目の魔王が誕生して、人間を滅ぼし始めているとか、話が突飛しすぎている。

 

 転生するタイミンが、もう少し遅ければ。そう思う。

 以前の俺なら、ガイアスなら、きっとすぐにでも打って出れたはずだ。だがしかし、今の俺の身はカレア・アーネスト。勝てるはずもない。……やらかしたな、完全に。

 

 それから、シルからこの国の周囲の地理についても聞いた。 

 首都5国は離れた位置にあって、そのどれもが魔物の領土に囲まれているらしかった。


 その中でも我が国、【迷宮都市】セイレンは、ダンジョンを保有する性質上、精鋭が多く、魔物を退けられたらしい。


 だがしかし、周囲を――


【〈子鬼族〉の王】

【〈牙狼族〉の王】

【〈弱き者〉の王】

【〈大鬼族〉の王】

 

 ――この4体の【王】に囲まれているらしく、危機的状況に変わりはないんだとか。

 

【王】ってなんだよ……。

 子鬼族ってことは、ゴブリンだよな。あいつらに【王】とか……無理だろ、普通に。

 

 だがまあ、受け入れるしかない。

 転生して、世界は大きく変わっていた。配下達が来る前から、すでにピンチは始まっていたということだ。

 

 だがまあ。


「面白いじゃねーか……」

 

 ククッと、不敵な笑みが漏れた。 

 やってやらあ。……俺の不在をつけこんで暴れ回ってるちんぴら共に……誰が本当の王なのか、俺様が教えてやるよ。

 もう、形振り構ってはいられない。


「ねぇシル。僕にさ……魔法の本を読ませてくれないかな」

 

 折角人間に転生したんだ。

 今度は人間サイドから。……俺が、魔物を征服してやるよ。 

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