Whose is this?

増田朋美

Whose is this?

よく晴れているが、風が冷たくて寒い日であった。やっと冬らしくなってきて良かったねえ、なんて杉ちゃんも他の人も言っていたのであるが。

その日も、製鉄所へジャックさんと武史くんがやってきた。とりあえず武史くんには、水穂さんと一緒に、ピアノで遊んでもらうことにして、ジャックさんは、応接室へはいった。ジョチさんに指定されたソファーに、座らせてもらった。

「今日はどうしましたか?なにか困った事がお有りですか?」

ジョチさんがそう言うと、

「はい、武史がまた迷惑な発言をしたようで。」

ジャックさんは困った顔をしていった。

「また、爆弾発言したのか?」

ジャックさんにお茶を渡しながら、杉ちゃんは言った。

「そうですか。では、その爆弾発言をした経緯を、前後に何があったのか、詳しく教えていただけませんか?」

ジョチさんがそうきくと、ジャックさんはハイわかりましたと言って、こう話しだした。

「事の起こりは、朝の学級会だったそうです。クラスメイトの女子生徒で、丹羽さやかさんという女子生徒が居るんですが。」

ジャックさんは申し訳無さそうに言った。

「はあ、その女子生徒がどうしたの?」

杉ちゃんが聞くと、

「はい、その丹羽さやかさんが、今日から伊丹さやかさんと、姓が変わったそうなんです。大体の生徒は、そこをいえば納得してくれるそうですが、武史はそれで納得しなかったようで。先生が姓が変わるといった直後に、なんで丹羽さやかさんから、伊丹さやかさんと姓が変わったんですか、と発言したそうで、それでクラス中が白けてしまったそうなんです。それでまた学校から呼び出されました。学校の先生は、ちゃんとしつけていただかないと困りますと、仰っていました。」

ジャックさんは恥ずかしそうに言った。

「まあそうなんだね。だれでも素朴な疑問というのはあるからね。小学校の一年生の男の子なんだし。そういう発言しちゃうことは、あるかもしれないわね。」

杉ちゃんがそう言うと、

「それで、その女子生徒は、どうして姓を変更したのか、保護者には説明が会ったのでしょうか?」

ジョチさんが聞くと、

「ええ、何でも、実のお母さんのもとへ帰ったからだそうです。それまで、親戚のおばさんが、彼女を育てていたそうなんですが、実のお母さまと一緒に暮らしたほうがいいのではないかという事になったのだそうで。」

と、ジャックさんは答えた。

一方その頃、水穂さんにショパンのワルツを聞かせてもらっていた武史くんは、ワルツ七番を聞かせてもらって、

「きっとさやかさんも、こういうふうに、憂鬱な気持ちで生活しているんだろうな。だって、親戚のおばさんは、本当に優しかったのにって、さやかさんが言ってた。」

と、小さな声で言った。

「そうなの?」

水穂さんが聞くと、

「はい、お母さんよりおばさんのほうが、ずっと一緒に居て楽しいと思うのに、なんで都合のよくお母さんのところに戻されちゃうんだろうね。」

と、武史くんは言った。

「お母様はなにか事情があったのかな?」

水穂さんがそうきくと、

「うん、精神がおかしくなって、病院にはいってたって、他の子のお母さんが言ってた。」

武史くんは答えた。

「もともと、お父さんは仕事が忙しすぎて、離婚してお母さんが一人でさやかさんを育てていたらしいけど、お母さんもひどく疲れちゃったみたいでさ。精神がおかしくなって、さやかさんに暴力を振るうようになったので、親戚のおばさんがさやかさんを引き取ったって聞いた。」

「それはだれに聞いたのかな?」

水穂さんは武史くんに言った。

「クラスメイトのお母さんから。お母さんたちが、話しているのを聞いたんだ。お母さんたちが、集まって話してた。保護者会の後にね。」

確かにお母さんたちは、集まるとよく喋りたがる。それは真偽が不明なときもあるが、時として、真実であるときもある。とにかくそうやって、他人の噂話をすることが、他のお母さんたちの楽しみでもあるのだ。

「それは確かにそうなのかもしれないね。武史くんは、そういう細かいところに気がつくんだね。それはすごいよ。」

なにか武史くんのその過敏さを生かしてあげられるような場所があれば、いいのになあと、水穂さんは思った。そういう他人のことにすぐに首を突っ込むところ、それが良い方向に向くようになる社会になってほしいと思う。

「まあねえ、武史くんが悪いわけでもないんですよね。こういうことは子供が悪いわけではなくて、大人が勝手にしていることですから、それに武史くんが首を突っ込みたくなるのも、不思議なことじゃないですよ。」

ジョチさんはちょっとため息を付いた。

「まあそうだろうね。でも武史くんになんて伝えたらいいのかな。もしかして、他の事実も武史くんは知っているかもしれないぜ。」

と、杉ちゃんが言った。

「でもねえ。それを感じ取りながら生きていくのも、ある意味子供の宿命と言えますからね。どうして伊丹さやかさんと姓が変わったのか、それは武史くんなりに答えを見つけるまで、大人は何も手を出さないほうが良いと思います。」

ジョチさんはジャックさんにそうアドバイスした。

「ええですが、武史をそうさせてしまうと、周りの大人へ質問攻めにして、迷惑を描けるということをやってしまうわけでして。それをどうしたらいいのか、今日相談させてもらいたいんですよ。」

ジャックさんは、困った顔をした。

「まあ、まあそうかも知れませんが、武史くんも彼なりに答えを見つけなければならないでしょうし、このまま見守っていくしか無いのではないでしょうか。もしかして、すでに答えを知ってしまうかもしれません。でも彼の中で、どう処理するかは彼の問題ですしね。」

「そうですか。そうするしか無いですかねえ。しかし、武史も、本当に他人のことばかり首を突っ込んで、困ったことにやたら手を出したがる。本当にこれから先、武史をどうやって生かしていけばいいか、不安になるときもあります。」

ジョチさんがそう言うと、ジャックさんは大きなため息を付いた。

「まあ、それを何とかするのは、報酬はないかもしれないけど、大事な親の仕事だと思いますよ。武史くんだけではありません。他の子供も、同じようにしなければならないんです。」

「うん、そのやり方は、人によりけりだけど、結局は、親にしてやれる最大の特権なのかもしれないね。」

ジョチさんと杉ちゃんはそういって、ジャックさんを励ました。

「すみません、本当に今日は。」

ジャックさんはそういって頭を下げる。

「すみません。もう長居をするのはいけないから、武史を連れて帰ります。」

ジャックさんは椅子から立ち上がり、武史くんのいる四畳半へ行った。武史くんは水穂さんの弾く、ショパンのワルツ七番を聞いていた。なんでこんなに重いワルツを好むのか、ジャックさんにはわからなかった。子供のことを、実の親でも、100%わかることは、絶対にないなと、ジャックさんは思うのであった。

その相談から、数日たった日のことである。ジャックさんが、いつも通りに仕事から、帰宅すると、武史くんが、部屋の隅でしくしく泣いているのが見えた。

「武史。」

とりあえずそう声をかけてみる。

「一体何があったの?話してご覧?」

とりあえずそういってみる。なんでも泣いているときは、放置してはいけないとジャックさんは思うのであった。

「あのね、さやかさんが伊丹さやかさんに名前が変わってね。それでみんなに笑われるようになったの。」

「みんなが笑うってどういうことかな?」

ジャックさんは武史くんに聞いてみた。

「だからね、姓が変わってね、洋服の色とか変わっちゃったから、それが変だと皆が笑うようになったの。」

「はあ、それで泣いていたの?」

「ウン。だってなんとかしてやらなければならないと思うんだ。だって、さやかさんだって、いきなり、派手な服着せられて、可哀想だもん。」

確か、保護者会で、さやかさんの実のお母さんは、精神がおかしくなるまでは、水商売をしていると聞いた。それを基準として選んだ場合、どうしても服装が変わってしまうだろう。それに武史くんの学校は制服があるわけではないので、皆思い思いの服装で登校してくるが、その中には多かれ少なかれ親の生活感も現れてくると思う。それできっとさやかさんは、無理やり派手な格好をさせられて居るに違いない。

「僕、さやかさんにお洋服をプレゼントしたいんだ。あんな派手な格好より、もっとみんなの格好に近いもののほうがいいと思う。」

武史くんの顔は真剣そのものだった。これを潰してしまうのいけないような気がした。仕方なくジャックさんは、武史くんを車に乗せて、家近くの洋服屋に連れていき、女の子向けの上着とズボンを購入して、カーナビを頼りに、伊丹さやかさんの住んでいるマンションにいった。不思議なもので、武史くんは彼女の住所を空で覚えていた。さやかさんの住んでいるマンションの部屋へ行ってみると、玄関のドア越しに聞こえてきたのは、ぴしゃんと誰かの顔を叩く音であった。そして女の子の声で、

「ごめんなさい!もうしません!許してください!」

と叫んでいるのが聞こえてきた。ということは、ジャックさんが思っている以上に、問題は深刻なようである。

「こんな悪い子はうちにはおいておけません!どこでもいいからもう出ていきなさい!」

と怒鳴り散らす声が聞こえてきて、いきなり玄関のドアがガチャリと音を立てて開いた。それと同時に、伊丹さやかさんと母親と思われる女性が現れた。二人は、ジャックさんと武史くんがそこに居たのに気がついて、たいへんギョッとした顔をしている。

「こんなひどい発言、いくらお母さんでもひどすぎませんかね。」

ジャックさんは、すぐに言った。

「いくらお母さんでも、子供に暴力を振るうことはしてはいけませんよ。」

「いえ、そんなことはありません。あたしは母親としてこの子がただ、あたしのことを悪く言うので、それでしつけのつもりでやっただけのことです。」

と、いうお母さんであるが、武史くんの目は騙されなかった。さやかさんの目の周りに、黒いあざがあることを武史くんはすぐ気がつく。

「さやかさんの顔に痣がある!これ、間違いない!」

武史くんがそこまで言うとジャックさんはそれを止めた。もしかしたら、狂乱した女が、竹糸くんまで危害を加える可能性があった。

「とりあえず、彼女を守るため、警察に通報しなければなりませんね。」

ジャックさんは急いでスマートフォンを出して、警察へ電話をした。五分くらいして、警察がパトカーでやってきた。警察も、明らかにさやかさんの顔や体などにあざがあることを確認した。お母さんは、ただ転んでついたのだと言ったが、ころんだとしても、付くような場所ではなかったことから、やっぱり虐待だと言うことになり、さやかさんのお母さんは、逮捕されていった。

「さやかさん良かったね。もうお母さんに、ひどいことされる心配も無いよ。」

ジャックさんがそう言うと、さやかさんは、おばちゃんのところに帰りたいと言った。すぐそうしたほうがいいと武史くんも言ったので、ジャックさんはすぐにさやかさんを車の後部座席に乗せた。その前に彼女の派手な格好をなんとかしたかったので、車を走らせて、近隣の公園に行き、さやかさんに服を着替えてもらうようにいった。さやかさんは喜んで武史くんたちが用意した服に着替えてくれた。ジャックさんは、さやかさんが言った、おばさんの住所を車のカーナビに入力し、二人が車に乗り込むと、その住所へ向けて車を走らせた。

おばさんの家は、カーナビの誘導によるとかなり遠かった。それでも遠いほうがよいような気がした。おばさんの家に到着すると、警察が連絡してくれていたのか、優しそうな顔をしたおばさんが待っていた。先程のお母さんとは、姉妹なのだろうか。それとも、他の血縁関係かどうか不明だが、どこかお母さんに似たところがあった。それでも彼女は、お母さんとは違っていた。

「おばちゃん!あたし帰ってきちゃった!」

そう言いながら、嬉しそうにおばさんのもとへ走っていくさやかさんを見て、ジャックさんも武史くんも良いことをしたなと思ったのであった。お母さんの家はマンションであったが、おばさんの家は一戸建てだ。そうなると、経済的に裕福な家なのだろう。そういう家のほうが子供は安心して居られるというのは、ある意味差別に繋がるけれど、本当のことである。

「まあ、捕まってくれて良かったじゃないの。そのほうがさやかさんだって、安全なわけだし、やさしいおばさんのところに居るほうがいいじゃない。僕は姓を変えたのが不思議でしょうがなかったよ。」

武史くんは、おばさんと一緒に、家にはいっていくさやかさんを眺めながら、なんだか評論家みたいなことを言った。

「確かにそうかも知れないね、もしかしたら、実の母親以上に愛してくれるかもしれないよ。さやかさんは、そういう存在が居てくれて、本当に良かった。」

今度ばかりはジャックさんもそういう事を言うのだった。

「いずれにしても、あのお母さんは、捕まったから、もう悪いことをする可能性は無いよ。さやかさんも、おばさんのもとで、幸せになれるといいね。」

「そうだね。」

ジャックさんは、こうして、自分の子供と一緒に他人のことを話すということは、自分たちは幸せなんだなと思いながら言った。ジャックさんのスマートフォンがなった。多分、警察からだと思ったジャックさんは急いでそれをとった。武史くんは彼が話している間、何も邪魔しなかった。

その翌日、ニュース番組では、虐待の疑いで女の子が保護され、代わりに母親が逮捕されたというニュースを一斉に報道した。女の子の名前を報道した番組もあれば、かなにしてくれたり、伏せてくれた番組もあった。ジャックさんは、できるだけ、さやかさんが、静かに過ごせるようになってくれればと祈った。日本の報道機関は、なにかニュースになると怒涛のようにニュースを報道してしまうくせがあるということを、ジャックさんは知っていたからである。

テレビの画面を見ると、警察署の前から中継が流れている。レポーターが、母親のいる警察署の前に居て、彼女の供述を報道しているのだ。

「えー、昨日逮捕された容疑者の女性は、只今より取り調べを開始している模様です。彼女は、警察の調べに対し、さやかさんを愛していないという気持ちは決して無いとはなしているそうです。」

レポーターがそういう事を言っていた。ならなんで、彼女に、あざができるほどの暴力を振るったのか、ジャックさんは、ちょっと気になった。

「彼女は、警察の取り調べに対し、娘に対してきついことを言ったことはたしかにある、でも、私は決して娘が邪魔だとか、愛していないとか、そういうことはまったくないと、供述しているということです。しかし、目撃者の話では、彼女が、さやかさんを、何度も叩いたり、押し入れに閉じ込めたりする体罰をしているのを、何度も目撃しているということでした。警察は、彼女がなぜ虐待に至ったのか、本当にさやかさんを思う気持ちがあったのかを集中的に調べる方針だそうです。以上、富士警察署前から中継でした。」

レポーターがそういう事を言うと、テレビの中では、偉い人たちが、今回の事件について討論を始めた。何を話しているのかと思ったら、容疑者の女性は、子供を愛しているのは間違いないが、その愛し方が、変な方向へ言ってしまっているのではないかという意見が飛び変わった。

「ではその原因は何だったのか、容疑者の女性の生い立ちについて、調べてわかっていることをあげてみます。」

と、アナウンサーが、大きなパネルを持ってきた。全く、日本の番組はなんでこんな細かいところまで調べ上げるんだろうか、と思っていたジャックさんだったが、今回は興味深そうに見てしまった。

「えー、容疑者の女性ですが、父、母、姉と同居しておりました。現在父母は死去していますが、姉のほうは、富士市内にある資産家に嫁いでおり、子供はない模様です。姉は、たいへん優秀な人で、現在、医者として富士市の中央病院に勤務しているようです。」

別のアナウンサーが、容疑者の女性、つまりさやかさんのお母さんの過去を話し始めた。そうか、あの親戚のおばさんは、お医者さんだったのか。それなら、優秀な人と見られても仕方ないだろう。

「容疑者の女性も、お姉さんに倣って一度は看護師として働いていたそうですが、事あるごとにお姉さんと比べられて、嫌な思いをしていたという情報もはいってきています。」

アナウンサーは、そう読み上げた。それを見た、評論家の先生が、

「そうですね、彼女はもしかしたら、お姉さんばかりに気を取られて、自分の方を向いてくれない両親に、恨みを持っていたのかもしれません。そういうことなら、当たり前の愛情を理解できなかったことになっても仕方ない環境だったと思えますね。彼女は、子供のためなら、なにか我慢しなければならないとか、そういう事をあまり知らなかったんじゃないかな。」

と、意見を述べた。アナウンサーたちもそれに頷いている。確かにそうなのかもしれない。

「でも、そういうことは、おとなになってからでも知ることはできますよね。例えば、子供を保育園に通わせて、保育士から注意をされるとか、そういう事もあるでしょう。きっかけができればかわれると思うんですが、彼女はそういうことはなかったんでしょうか?」

別の評論家の先生が、そういう事を言い始めた。あーあ、日本の報道番組はこうして悪いことばかり報道するんだよなとジャックさんは思いながらテレビを消した。それでも、さやかさんが親戚のおばさん、正確にいえばお母さんのお姉さんのもとで静かに暮らしている事を報道しないのが良かったのではないかと思った。

きっと、さやかさんのお母さんだって、さやかさんを一途に愛していたと思う。

でも、そのやり方をきちんと知らなかいから、歪んでしまったのだ。

そういう、自分の間違いを学べるきっかけができてくれたらいいのにな、とジャックさんは思った。そうでないと、さやかさんはだれのもの?


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