第126話 すれ違い

「それじゃあ、世話になったのじゃ」


 魔王もこれ以上ここにいるのは仕事に差しさわりがあるというので魔族の国にかえることになった。


「ああ。気を付けてな。これ今回の分だ」

「持っていくがいい」

「おお!! 済まないな!! ただ、対価はどうすればいい?」

「うーん、正直金に困ってはいないんだよな……」


 俺が帰り際にこいつが食べたいであろう食材や酒なんかをソフィに出してもらう。


 魔王は現れた品物に目を輝かせた後で、支払いの件を聞いてきた。


 別に無料ただであげてもいいんだが、街では商品として販売しているため、皆俺の作物にお金を支払って購入しているわけだ。


 それなのに魔王は無料としてしまうのは問題だろう。しかし、金は腐るほどあるので正直いらない。他に何かないか考えてみる。


 ここは牧場と農場、そして醸造所だからな。それにちなんだもものがいいんじゃないだろうか。


「あっ」


 思いついた俺は閃いたとばかりに声を漏らした。


「なんじゃ? 遠慮はいらん。申してみよ」

「ああ。魔族の国特有の農作物や家畜とかないかと思ってな」


 ない胸をポンと叩いてドヤ顔をする魔王に思いついたことを話す。


 俺が考えたのは魔族の国の特産物を貰えないかということ。それを貰うことが出来れば、ここで育てることが出来る。滅茶苦茶美味いものを。


 そうすればすぐにではなくともエルヴィスさんに売り込み出来る農作物が増えるし、特産物の種類によっては料理の幅も広がるかもしれない。


「なるほど。家畜はすぐには手に入らんだろうが、農作物ならなんでも持ってきてやろう」

「おお、それはありがたい。それなら魔族の国の農作物が対価ってことで一つ頼む」


 逡巡する間もなく了承する魔王。


 俺はまだ見ぬ農作物に思いを馳せて気持ちが高揚してきて手を差し出す。


「分かった。それではな」


 魔王も俺の行為に釣られて俺の手をギュッと握る。


 その手は余りに小さく、柔らかいものでどう考えても幼女の手そのものだったのだが、これで魔族を統べる王だと言うのだから世の中分からないものだ。


「ああ。またいつでも来いよ」

「うむ。時間がある時にまたくるでの。ではな」


 俺は場違いな思考をしながらも魔王に別れを告げ、彼女も手を挙げて応えた後、その場から飛び去った。


「全く……堂々と晒しすぎだろ」


 彼女はスカートを履いている。当然空を飛べば中身が見えてしまう訳で、来た時と同様にその真っ白な布を晒しながら俺達の前から遠ざかっていった。


 俺はその姿を呆れた顔で見送った。


「あの、アイギス様すみません」


 魔王が去っていった数十分後、エルヴィスさんの所に商品を卸しに行っていたヤルトが、珍しく俺に話しかけてきた。


「ん? どうしたんだ?」

「はい。エルヴィス殿からこちらに伺いたいという人物がいるという話をされまして。私では判断できかねますので、持ち帰ってきた次第です」

「なるほど。どういう人なのかな?」


 まさかウチに来たいという人間がバッカスの他にもいるとは思わなかった。いや、厳密にいえばバッカスはこの土地に調査に来ただけだから、そういう意味では人間では初めての相手か。


 それなら後は人柄次第かな。バッカスのおかげで多少人間にも慣れた。


「どうやらチキンバードの卵をひどく気に入っている可愛らしい男の子とのこと。一応どこかの国の王族にゆかりのある人物らしく、身元はそれなりに保証されているかと」

「別に悪い人間じゃないなら来ても大丈夫かな」


 聞く限り問題なさそうなので、俺は連れてくることを許可する。


「分かりました。そこは私がきちんと為人を確認して連れてまいります」

「言っておくけど、戦ったらだめだからな」


 しかし、責任感が強いヤルトは自分で選別すると言い出した。ただ、その選別方法が戦闘になる気がしたので、俺は釘を刺しておく。


 街でいきなり決闘沙汰なんて問題以外の何物でもないからな。


「なんと!? 戦えばその人物がどういう人物かはっきり分かるというのに」

「竜人族がどういう生活をしているか知らないけど、唯の人間の小さな男の子にそんなことしちゃだめだから」


 不満げに顔を歪めるヤルトだが、きちんと諭しておく。


「はっ。確かに。そういえば、アイギス様以外の人間は脆弱でしたね。アイギス様は人間なのに恐ろしい程お強いので、他の人間もそうなのだと錯覚しておりました。それではきちんと話し合いをしてその性根を確認して参ろうと思います」

「あ、ああ……でも急がなくてもいいから」


 俺の言葉を聞いて人間は弱い者だと思い出したらしいヤルトは快活に笑って答えた。


 確実に人間ではないと思われているような気がする。


「分かりました」


 俺の許可を得た彼はレッドドラゴンと共にすぐに再び街へと飛び立ち、数時間後に戻って来た。服装以外はどう見ても女の子のように見える男の子を連れて帰ってきた。


「あ、あの僕はユーシアと言います。よろしくお願いします」


 少年はおっかなびっくりといった様子で出迎えた俺に自己紹介をして頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る