第124話 卵を味わう(第三者視点)

「あっ。開いたみたい」


 勇者が窓の外を見ると、昨日の店員が人物が店の前に出てきて看板を変え、店を開店させていた。


「ほら、行っといで」

「はい。ありがとうございました」


 酒場の主である女性がニッコリと笑いながら勇者の背中をポンと叩き、少年は立ち上がって深々と頭を下げてお礼を言った後で酒場を後にした。


「あ、いらっしゃい。来たみたいだね」

「あ、こんにちは!! 今日は食べられますか?」


 勇者が中に入ると、昨日の女性店員が少年を出迎えてくれる。少年は返事をするなり、すぐに卵のことを尋ねる。


 食べられるとは思っても改めて返事を聞いて安心したかった。


「勿論だよ。それじゃあ今日はTKGでいいのかな?」

「そのTKGっていうのが卵を食べられる料理なんですか?」


 店員が頷いて今日の注文を尋ねるが、勇者は卵のことしか知らずにTKGが何のことか分からず不思議そうに聞き返した。


「そうだよ。これ卵とコッメを使ったシンプルな料理なんだけど、物凄く美味しいから安心して食べていいよ」

「分かりました。それでお願いします」

「了解」


 女性は自信たっぷりに料理を勧めると、少年は少女の言葉を信じて頷いた。


 少年は料理がやって来るのをドキドキしながら待つ。自分以外の客たちも入りだして女性店員はオーダーに追われ始めた。

 

「TKG!!」

「TKG!!」

「TKG!!」


 他の客たちも軒並みTKGを頼んでいく。


 その客たちには屈強な男や武装した女性が多く、それらは冒険者や探索者という戦いを生業にしている人間だと見受けられた。


 その様子をみて少年はTKGの人気を思い知り、頼んだのは間違いなかったと確信する。


 暫くすると、甘い香りと塩味のある匂いが鼻孔を擽る。


「はいよ、TKG定食ね」


 少年の目の前にお椀に入った殻の付いた卵とご飯、そしてスープとサラダが付いたセット料理が運ばれてきた。少年は端をスンスンと鳴らす。


 甘い香りは白いツブツブしたお椀から、黒い液体からは香ばしい塩味のある匂いが漂っていた。それらはとても食欲をそそる匂いで口の中に涎があふれ出てくる。


「この炊いたコッメの上にこの生卵を割って、そのショーユーをお好みで掛けたら、かき混ぜて食べてね」

「生卵って食べられるんですか!?」


 初めてであろうことを分かっていた女性店員が勇者に食べ方を説明すると、まさか生卵を食べることになるとは思わなかった少年は、困惑しながら彼女に問いかけた。


「この卵は食べられるのよ。他の卵で真似しだめだからね」

「わ、分かりました」


 食べられると言われれば、この料理を食べるためだけにここまでやってきたので、食べないわけにはいかない。


 少年は疑心暗鬼になりながらも、続々と運ばれてくる同じ料理を食べる人達の動きを観察し、ご飯の上に卵を割ってそこに適量と思われるショーユーを掛けてスプーンでかき混ぜた。


 ホクホクの優しい匂いと香ばしい匂い、そして生卵の匂いが混ざり合い、さらに食欲を指そうハーモニーを奏でる。


―ゴクリッ


 勇者はその匂いに思わず喉を鳴らす。


「ええい。一か八か」


 少年は意を決してスプーンで卵かけご飯を掬い上げ、口の中に放り込んだ。


「~!?」


 少年の口の中で旨味の暴力が暴れ出し、それと同時に口の中と外から匂いが挟み撃ちを仕掛けてきて、少年は余りの衝撃に口を動かしながらも目を見開いた。


 それと同時に一口嚥下するたびに何やら体の奥底から力が湧いてくるような感覚がある。


「凄い……」


 全て飲み込んだ後で、その効果に少年は驚いた。


「どうかな?」

「え、凄く美味しいです。それになんだか体が軽くなったような気がして」


 ちょうどそこに注文の配膳で通りがかった女性店員が尋ねると、少年は体のあちこちを見ながら力こぶを作ってみせる。


「それは間違っていないよ。ここにきてこのTKGを食べているのは冒険者や探索者と言ったからだが資本の人たちばかり。このTKGを食べた日は、体のキレが全然違うし、敵の攻撃を半透明の膜が弾いて防いでくれるって話だからね。ゆっくり食べていきなよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 少年に軽く卵の効果を説明した店員はそのまま奥のテーブルに料理を届けるため、勇者の許を離れていく。その彼女に頭を下げた少年は再び料理に舌鼓を打つ。


 最初こそ衝撃的だったが、今は少し慣れてきた。しかし、それでも尚その美味さが衰えることなかった。


 勇者はそのまま無言で食べ続けて、十分もかからずにそのすべてを平らげてしまった。


「すみません」

「はい、どうしました?」


 少年が手を挙げて店員を呼び、彼女はすぐにその言葉に応じてやってきて少年の要望を問う。


「これってお替りするわけにはいかないんですよね?」

「そうね、ごめんなさい。これは一人一食までって決まってるから」

「あ、いえ、良いんです。ダメならダメで聞いてみただけですから」

 

 少年の質問に申し訳なさそうな顔で謝る彼女。少年は慌てて返事を返した。


 しかし、少年はこの卵が自分を強くしてくれると信じるのと同時に、その美味しさに暫くここの街に逗留することに決めたのであった。

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