第123話 居てもたっても居られない(第三者視点)

「ふわぁ~。良く寝た」


 目を覚ましたのは勇者として認定された少年。


 彼は昨日食べると勇気が湧いてくる卵を求めて辺境の街にやってきていた。しかし、紹介されたお店ではすでに売り切れていて食べることができなかったため、今日は早めにお店にいくことでリベンジを果たすつもりだ。


「今日卵を食べたら凄く勇気が湧いてくるはず。そうしたら王都に帰ろう」


 身支度を整えた勇者は世話になった宿屋を後にした。


 昨日は気持ちが焦っていてあまり周囲のことは気にならなかったはずなのに、いざ噂の卵を食べられると思うと、周りを見る余裕が出てくる。


 王都では人間族しか見かけなかったが、この辺りにはそれ以外の種族も見られ、王都の綺麗な街並とはまた違った、雑多で賑やかな雰囲気の街並が彼の視界に入ってきた。


「王都とは全然違うんだ……」


 勇者はその光景を見て初めて王都に行った時のような感動を覚える。辺りをキョロキョロと見回しながら昨日紹介された店まで歩いて行った。


「え?」


 しかし、勇者が店に着いた時、その店は開店していなかった。衝撃で少年は固まってしまった。


 ただ、店が開いてないのも当然だった。何故なら少年がやってきたのは朝早い時間だったからだ。


「おや、ぼうやどうしたんだい?」


 呆然と佇む少年が気になった女性が彼に話しかけてくる。彼女の手には大量の食材らしきものが入った袋がぶら下がっていた。


「えっと……このお店は今日はお休みなんですか?」

「いんや。ただちっと来るのが早かったね。鐘の音がもう二つくらいならないと開かないよ」

「そ、そうなんですか!! それならここで待っていることにします」


 少年は農村の出身で世間知らずゆえに店の開店時間なども良く知らなかった。女性に教えてもらったことで休みではないことは分かった彼は、その場で店が開くまで待っていることにした。


「一体どうしてそんなにこの店で食べたいんだい?」


 女性はそうまでしてこの店にこだわる理由が気になって勇者に尋ねる。


「ここに力が湧いてくる卵があると聞いて、それを食べに来たんです」

「ああ~、あれかい。あれはたしかにすぐに売り切れちまうからね。どうしても食べたいなら今から待っているのも悪くない判断だね」


 女性としてはすでに街に定着している料理だったので、少年に言われてこの店があの卵を出す店だと思い出して納得する。


「良かった。このまま待ってたら大丈夫ですか?」

「そうさね。大丈夫だろうけど、ウチに来るかい?」

「え?」


 しかし、少年一人でずっと待たせるのが心配だった女性は自分の家に誘う。思わぬ提案に少年は女性の顔をマジマジと見つめた。


「ウチはすぐ向かいでね。人が来れば分かるし、ここでずっと待っているのは寒いだろう? ウチの中なら少しマシさ」


 女性は向かいにある如何にも酒場じみた店を顎で指し示した。確かにそこからならこの店に来る人間の様子を確認することが出来そうだった。


「い、いいんですか?」

「ああ。ちょうど市場に行って買い物を済ませた帰りだからね。遠慮しなくてもいいよ」

「それではお言葉に甘えさせていただきます」


 恐る恐る尋ねる勇者に、女性はその両手に抱えた袋の中身を見せつけてニッコリと笑うと、少年は彼女に頭を下げてその提案を受け入れた。


「それじゃあ、着いといで」

「はい」


 女性は勇者を引き連れて酒場のスイングドアを開けて中に入っていく。少年もその後に続いて酒場に足を踏み入れる。酒場を見たことがない少年は店内をキョロキョロと観察してしまう。


 店は時間帯が時間帯だけに閑散としていて、その静けさが寂しさを感じさせた。


「それじゃあ、外が良く見えるあの席で待ってな」

「わ、分かりました。ありがとうございます」

「いいや。気にしなさんな」


 女性は少年に席を教えた後でそのまま店の奥に引っ込んでいった。少年は窓際の席について卵料理があるという店を眺める。


「これでも飲んで待ってな」

「え、いやいや、頂けませんよ。これ売り物ですよね?」


 そんな勇者の元に女性が戻ってきてミルクが注がれた木製のコップを少年の前に置いた。しかし、少年は只でそれを受け取ることは出来なかった。


「子供が遠慮するんじゃないよ。これは余りものだから気にしないで飲んできな。飲まないのなら捨てるだけさ」

「わ、分かりました。ありがたく頂きます」


 しかし、飲まないなら捨てるとまで言われてしまえば少年も受け取らざるを得ない。ジッと見つめる女性の前でミルクを飲まないわけにも行かずに口を付ける少年。


「おいし」


 そのミルクはとても美味しかった。


「そうかい。それは良かった。ゆっくりしていきな」

「はい、何から何までありがとうございます」

「気にしなくていいさ」


 少年の様子に満足気に笑みを浮かべる女性。勇者は自分に良くしてくれた彼女に礼を述べると、女性は手をひらひらとさせて再び店の奥へと消えた。


 鐘が二つなるまではまだまだ時間がある。少年はまだ見ぬ卵料理に思いを馳せながら開店の時を待つのであった。

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