第121話 可能性
「何バカなことを言ってるんだよ、俺は人間でソフィはドラゴンだ。ドラゴンから見たら人間なんてそういう対象にならないだろ」
いつもの振る舞いを見る限り、俺が男として見られているような場面はなかった。勝手にベッドに潜ってくるし、裸体が丸見えでも全く恥ずかしがらないしな。
「それがそうでもないのじゃ。ドラゴンの人化はその名の通り、身も心も人間に限りなく近しくなる。つまり、人間に懸想することもあるということじゃ。ただ、元々がドラゴンだからのう。長寿ゆえにドラゴンとしての心と人間としての心が擦りあわされるまで少し時間がかかってしまうのじゃがな」
なるほど。まだドラゴンとしての感覚が勝っているから、人間の男を同種であるとみなし、番や伴侶として見るという選択肢がまだ頭の中にできてなくて、あれほど俺に対して無防備だったということか。
誘っているんじゃないかって言うくらいの距離感だからな。こっちとしてはひとたまりもなかった。
勿論、俺の鉄壁の心により襲うような事は誓ってする気はないが。
「で、でもそれにしたってソフィはドラゴンの長なんだろ? どこの馬の骨とも分からない孤児の俺とは釣り合わないだろ」
ただ、種族の差はおいておいても、ソフィはドラゴンの中でもその頂点にいる存在。そんな相手と俺みたいな本当の親が誰かも分からないような人間にはどう考えても釣り合わない。
それにこんな防御力だけの男に惚れるような要素はないだろう。
「身分などドラゴンにさして問題ではない。奴らにとっては強さが全て。自分より強い雄ならそれでいいのじゃ。周りの者も異論があるなら、その雄に挑んで自分の武をすだけじゃ。お姉さまに勝ったというのならお主にお姉さまが惚れる可能性はありえる。というかお主以外おるまい」
「いやいや、俺しかいないとかないだろ」
魔王はそんな風に言うが、正直ソフィはそれほど強さを感じなかった。
俺もある程度力は自覚してきたが、あれくらいなら俺以外に倒せる奴がいてもおかしくはないだろう。
「お姉さまは世界最強の竜ぞ。それを倒せるものなどせいぜいお主くらいのものじゃ。いいか。お姉さまも言っておったが、お主は強い。それこそお主こそが世界最強だと言っても過言ではない。そのことをお主はもう少し自覚したほうがいいな」
「つってもなぁ……。中々実感する機会がないんだよなぁ……」
ちっちゃな魔王に諭されて落ち込む男。
世界最強の竜だというのはソフィも言っていたことだけど、俺にとっては小さくてかわいい女の子でしかないから中々世界最強の竜だという認識を持ちづらい。
そしてそんな女の子を相手に勝ったとしても自分が最強だなんて思えるわけがないだろう。
「ドラクロアに行くのじゃろう? そこで嫌というほど自覚することになるじゃろうからそれまでは現状維持するしかないかのう。お姉さまもまだアイギスと自分を同種とみなし、番になる可能性があるということを認識した段階じゃ。あそこに行ってからでも遅くはないじゃろう」
「というか、俺とソフィがくっつく前提で話しているけど、俺たちの気持ちが入ってないだろう」
ここまで魔王に流されてきたが、肝心の気持ちの部分が抜けている。そこがなくしてお互いに伴侶になったりはしないだろう。
「お主はお姉さまが嫌いなのかのう?」
「い、いや、別に嫌いではない」
俺は魔王のまっすぐな目で見つめられて思わずたじろいでしまうが、なんとか答えを振り絞る。
「それじゃあ好きなのか?」
「そ、それは勿論好きか嫌いかで言えば、それは好きだと答えるが、それが異性としてかと聞かれるとまだなんとも言えないな」
一緒に生活してくれるソフィのことを嫌いになんてなれないし、ドラゴンだけど、俺からしたらお目にかかったことがないくらいの美少女なので、元々女性に免疫のなかった俺がドキドキしてしまうのも当然だ。
だからこれが恋かと言われると経験のない俺がそう断言できなかった。
「ふむぅ。そんなに難しく考えずともいいと思うがのう。男が可愛い女子と一緒に居たいと思うのは至極当然の感情じゃしな。お主はここでたんと稼いでいるがゆえに甲斐性もある。もしお姉さま以外にも一緒になりたい女子がいれば、その女子もめとればいい」
「いやいや、普通は一夫一妻制だろ!?」
魔王がとんでもないことを言いだした。一夫多妻なんて空想上の話じゃないのか!?
「何を言っておるのじゃ。ここはどの国にも属さぬ場所。いわばここが国のようなもじゃ。お主が良いと言えばそれがルールじゃ。それにドラゴンも強い個体なら一夫多妻が多い。お姉さまも気にすることはあるまい」
「はぁ……とにかくそういう話はまだ先のことだ。今は牧場の事とモフモフ以外に興味はない」
なるほど。ここは俺の土地だから俺が合法だと言えば、合法になってしまう訳か。しかし、俺はそういう女性は一人にしようと思うし、まだソフィのことも全然分からない。
だから問題の先送りをすることにした。
未来の俺ならどうにかしてくれるはずだ。
「ふむ。まぁよいか。お姉さまの面白いところも見えたしの。今日の所はこのくらいにしてやろう」
魔王も少し残念そうにしながらも、満足げな表情を浮かべているのでこれでいいだろう。
俺たちは話を切り上げた。
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