第106話 天国
ヒーツジの毛を刈り終えたのは夕刻。今日は作業を終わりにして夕食を食べて体を拭いて眠りについた。
次の日。
「あ、いらっしゃいませ、アイギスさん」
「ああ、こんにちは。チロルさん」
俺達はエルヴィスさんに紹介された職人であるチロルさんのお店にやってきた。彼は三十代後半程の人の好さそうな外見をした男性だ。今回彼が俺達の布団を作ってくれる。
「本日はどうされました?」
「それがようやくヒーツジの毛を刈りとることができたから布団と毛布を造ってもらおうと思ってな」
「おお。意外に早かったですね」
「そうか?」
「はい。遠くに住まれているとお聞きしておりましたので、もっとかかるものかと」
チロルさんはヒーツジの毛を持ってくるまでもっと時間がかかると思っていたらしく、俺が出会ってから数日で持ってくるとは思わなかったようだ。
エルヴィスさんから俺が具体的にどこに住んでいる聞いていなかったらしい。
「俺にはここまでのあっという間に来れる移動手段があるからな」
「なるほど。そういうことですか」
俺の答えにそれ以上突っ込むことなく、納得するチロルさん。
別に隠しているわけではないが、言っても中々信じてもらえないことが多いので、聞かれないならそれに越したことはない。
「それでは倉庫に案内しますので、早速ヒーツジの毛をお預かりしてもよろしいですか?」
「ああ。ソフィ頼む」
「うむ。心得た」
納得したチロルさんがすぐに作業に取り掛かってくれるということで、俺達は彼の後について行ってソフィに全部の毛を出してもらった。
「こ、これは!?」
ただ、そのヒーツジの毛を見た瞬間チロルさんが目の色を変えて、毛玉を持ち上げてまじまじと観察し始める。
「お、おいどうしたんだ!?」
余りに鬼気迫る表情に俺は恐れながら声を掛けた。
「こ、これは本当にヒーツジの毛なんですか!?」
「お、おうそうだが?ウチの牧場で飼っているヒーツジから刈ってきたんだから間違いないぞ?」
暫し返事が返ってこなかったが、唐突にこちらを振り向いて迫るチロルさんに、俺は狼狽えながらも返事を返す。
「こんなとんでもない品質のヒーツジの毛は見た事がありません。一体どのように育てられたらこのような毛になるのでしょうか」
「さぁな。特別なことはしていない。ただ、ウチの牧場で獲れた最高に美味い農作物を餌にしているな」
「確かにエルヴィスさんから聞いてます。アイギスさんの所の野菜はとんでもなく美味いと。まさかそれだけこれほどの毛になるとは……信じられません」
質問に答えるが、チロルはまだ納得できない様子だ。
職人だけあってやはり気になったことは突き詰めないと気が済まないらしい。そういうところが技術に繋がっているのだろう。
「俺も中々良い毛になったと思うが、まさかそこまでとはな」
「はい。兎に角これほどのヒーツジの毛は見た事がありません。これなら素晴らしい布団が出来上がるでしょう」
「それは楽しみであるな」
「そうだな」
太鼓判を押してくれたチロルにソフィと俺はさらに完成への期待が高まる。
「とりあえず、二つ出来たら受け取りたいんだが、何時頃に完成できそうだ?」
「そうですね。二組でしたら三日ほどで仕上げて見せましょう!!」
「本当か!!それじゃあよろしく頼む」
「承知しました。エルヴィスさんからお話は聞き及んでおりますので、お支払いは後で構いませんよ」
「分かった」
三日で仕上げてくれるというので俺達は必要な要件を伝えるだけ伝え、その帰りに目についた商品や食べ物を買って帰路に就いた。
三日後。
「こんにちは~」
「あっアイギスさん!!布団出来てますよ!!すぐに持ってきますね!!」
「おう!!よろしく頼む」
俺達は再びチロルの許を訪れて布団を受け取った。
「ほわぁ~」
俺はその布団を受け取っただけでなんだか幸せに包まれて天にも昇りそうな気持ちになってしまう。
「ほれ、何をしておる。早く受け取って帰るぞ」
「ほわ、分かった、ほわぁ~」
俺はフワフワした気持ちのままソフィに布団を手渡した。
「ふわぁわぁ~」
俺から布団を受け取った瞬間、ソフィも蕩け切った顔になる。これは見てはいけないような淫靡な表情だ。
「ゴホンッ」
「ほわ、うむ、ほわぁ」
俺が咳払いすると、何とか顔を戻そうとしても戻せないソフィが無理やり布団をあ空間倉庫に押し込んだ。
「これは悪魔の布団だな」
「全くその通りだ」
俺達は布団に埋もれたい欲をなんとか振り切り、代金を支払ってすぐに牧場に帰還して、部屋へと直行した。
「な、なんで俺の布団にまた入ってくるんだよ!!」
「いいであろう?せっかくだから一緒にこの感動を味わいたいのだ!!」
「分かったよ」
最近はようやく一人で寝れるようになったのに、再び俺の布団の中にソフィが入ってきた。
『ほわぁ~』
そして二人して受け取った布団に身を包むとどうしようもない多幸感に包まれて、隣でソフィが寝ているにもかかわらず俺はすぐに意識を失った。
その日は、ひたすらにゴロゴロしながらモフモフと戯れるというまるで楽園のような素晴らしい夢を見ることが出来た。
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