第086話 間の悪い男(第三者視点)
「だぁああああああああああ!!つかねぇ!!」
バッカスは鮮血を体に纏い、うんざりするような表情で叫んだ。
「一体何匹出てきてんだよ、モンスターども!!」
それもそのはず、意気揚々とドラゴンを追いかけて出発したはいいが、ここは凶悪なモンスターが闊歩する辺境。一匹一匹はバッカスに及ばずとも数が増えればそれだけ対処が大変になる。
モンスター達はアイギスほどの威圧感を感じないバッカスに対し、どんどん襲い掛かってきた。しかし、結果は見ての通りモンスター側の惨敗で、ようやくモンスターの数が打ち止めになったところだ。
戦闘狂で体力バカのバッカスも流石に疲労困憊である。
「ラスト一匹!!」
―ズバァンッ
彼は大剣を一閃して最後の一匹を倒した。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い呼吸を繰り返し、息を整える。
「しっかし、休んでばかりいられねぇ。ドラゴンが待っているとあればこのくらい問題ないぜぇ!!」
一分ほどで体を落ち着かせたバッカスは再び西を目指して走り出した。
「おお!!」
それから数日後、ようやく無の大地……が見えてきた。
「いやいや、無の大地ってこんなんじゃねぇだろ!?」
しかし、彼は無の大地の変わり果てた姿に思わず突っ込まずにはいられなかった。
なぜなら、周りは確かに無の大地のままだが、中心部には青々と葉を茂らせた巨大な木が聳え立ち、その周りを背は低いが青々とした植物が覆っていた。しかも近隣には恐らく家屋らしきものが何件も立ち並んでいるのが遠くからでも分かった。
無の大地は昔任務で一度だけ来たことのあるが、その時は本当にまっさらで何もなかった。地盤に対抗心をむき出しにして本気で殴ったこともある。
その時は手の指が何本も折れてしまったが。それに今でもこの岩盤は砕ける気がしない。それが今ではどうだ。大樹を中心に村みたいなものが出来上がっているではないか。
それはつまりこの地盤をかち割った何者かがここには存在しているということだ。
「くっくっく。あーっはっはっは!!こりゃあ!!ますます楽しみになってきたなぁ!!最初はくそめんどくせぇ任務だと思っていたが、こりゃあ当たりかもなぁ!!」
バッカスは体を震わせながら笑った。
そんな奴がいるなら心底恐ろしい。しかし恐ろしいが、それと同時に自分の力を試すこともできる。その高揚感が彼を奮い立たせる。
「そんじゃあ、殴り込みだぁ!!」
恐怖を高ぶった気持ちで塗りつぶし、無の大地に踏み入ろうとする。
「少々ぶしつけな輩がいるようですな」
「~~!?」
いきなり目の前に現れた四十台ほどの赤髪の男にバッカスは驚いて、すぐに後方へと飛び、身構える。
「ほう。人間にしては中々の強者のようだ。一体ここになんのようですかな?」
「あんた……何者だ?」
感心したような表情を見せる赤い髪の男に、バッカスは冷や汗をかき、その威圧感に押しつぶされそうになりながらも声を振り絞って尋ねた。
「ふむ。私は今ここを預かっているアトモスという者です。どうやら初めての人間の来訪のようなので私が出てきたわけです。それであなたのご用は?」
「俺は……最近無の大地で天を貫くような水柱が上がったと聞いて調査にきたんだ。無の大地はウチの国じゃないが、隣接していることに変わりはない。何か起こっていたらウチの国にも被害が及ぶかもしれないということで見に来たんだ」
有無を言わせないアトモスの迫力に、バッカスはおとなしく今回の調査の目的を話す。
彼も戦闘狂であるがゆえに、適当なことを言って一瞬で殺されるのは御免だった。
「なるほど。そういうことでしたか。しかし、あなたは間の悪い男ですね」
「は?どういうことだ?」
バッカスからの情報で思案しながら返事をするアトモス。バッカスには何のことか分からずに首を傾げた。
「残念ながらその辺りのことをご存知のこの牧場の持ち主が今は街にいっておりまして不在なのですよ」
「なに!?あんたがここの主じゃないのか!?」
ヤレヤレと言った様子で肩を竦めるアトモスの返事に含まれる信じられない事実に、バッカスは目を見開いて問い返す。
「私などとてもとても」
アトモスは敬意を持った態度首を横に振った。
「そいつは一体何者だ?」
目の前のアトモスにそんな態度をさせることができる相手はさぞ強大な魔族や竜族しかいない。
「そうですね、ここの主はあなたと同じ人間ですよ」
「なんだと!?」
そう思って尋ねたのに返ってきた答えは自分の予想を裏切る答え。
まさかの自分と同じ人間が異質なこの無の大地の主だという。
バッカスは自分は人間の中でも強い方だと思っていたが、全くそんなことはなかったと知り、呆然となる。
「とはいえ、あれほどの強さを持つ存在を人間と呼んでいいのかさえ分かりませんが」
「まさか……!?」
「ええ。私などかすり傷一つつけることが出来ずに負けてしまいました。あれは我が竜生の中でも驚きましたね」
主と呼ばれる人間の強さを知っているということは実際に戦ったということ。しかも自分など足元に及ばないと言っているということは戦って負けたということだった。
目の前の相手は自分よりも圧倒的な格上だ。
その相手に傷一つ受けることなど異常以外の何物でもない。
「そんな人間がいるのか……」
「はい、間違いなく存在しますよ」
自分を井の中の蛙だと思い知らされたバッカスは呆然となる。
「それで?いかがいたしますか?」
そんなバッカスの姿にかまうことなく話を進めるアトモス。
「いかが……?」
「戦いますか?ということです」
「~~!?」
頭が働かないバッカスにアトモスが闘気をぶつけると、バッカスは目を覚ましたとばかりに驚く。
「ああ。そうだったな……。俺はあんたたちと戦いたくてここまで来たんだ」
その闘気でアトモスの正体を見抜いたバッカスは呆けていた自分を奮い立たせ、大剣を構えた。
「うむ。どうやら牙が戻ったようですね。それでは相手をしなさいプリム」
「はぁーい、パパッ!!いくよー!!」
「はっ?」
自分の威圧感に飲まれて委縮していたバッカスに最初の勢いが戻ったのを確認したアトモスはどこからともなくプリムを呼び寄せ、バッカスの対戦相手にした。
まさかアトモスではない人物が相手だと思わず間抜けな顔をしたバッカス。
「てやぁ!!」
「ほげぇええええええええええええ!?」
その隙を相手が逃すはずもなく、その腹にもろにプリムの拳を受け、バッカスは吹っ飛んでいくのであった。
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