第085話 アイギスという男(第三者視点)

「こんちはー」


 エルヴィス商会に一人の男がやってきた。その男はそれなりにしっかりとした鎧をまとっていて、一般人ではないことが窺える。


「あ、ブリックさんではないですか。どうされましたか?」


 そんな彼の許に顔見知りであるリビータが駆け寄って尋ねた。


 ブリックが自分の店を訪れるなどめったにないことだ。それゆえに、全体の統括である自分が対応しようと考えた。


「いや、あんちゃんがここに来たって聞いてな」

「あんちゃん?」


 しかし、ただあんちゃんと言われても誰のことか分からないリビータは首を傾げる。


 あんちゃんと呼ばれるような相手は沢山居る。それだけでは人物を判別することは難しい。先ほど怒られたばかりだが、流石にその名前だけでくみ取ることが出来るほどに仲良くはなかったし、調べ上げてはいなかった。


「何って言ったっけなぁ。確か……ア、ア、アルビス?」

「アイギスさんのことですか?」


 ブリックが腕を組んでああでもないこうでもないと考えながら絞り出した答えを聞いたリビータは、先程うちにやってきたとんでもない男のことを思い出し、念のため、近い名前であるアイギスの事を出してみる。


「そうそう。アイギスだ」


 それを聞いたブリックは喉に刺さった魚の骨が抜けたと言わんばかりにスッキリした表情になってリビータの上げた名前に頷いた。


「確かに来てますが、今は父が対応中ですよ?」

「ああいや、あんちゃんに直接用があったわけじゃないんだ。あんちゃんがエルヴィスさんを助けて以来付き合いのある、カーン商会にあんちゃんについてちょっと聞きたくてな」


 折角来てもらったところ悪いが、アイギスはエルヴィスと商品の納品や今後の対応について話し合っているため、すぐにブリックに会わせることは難しい。


 そう思ったのがだ、どうやら用があるのはリビータやエルヴィスに対してだった。


「あ、そういえば門番と模擬戦をしたって聞きましたよ、それってブリックさんだったんですね?」

「そ、いや、そうか。まぁ確かにそれは俺だ。あんちゃんはここにきて何か機嫌を損ねたとか、そういう話を聞いたりは?」


 そこでアイギスが話していたことを思いだしてブリックに問いかけると、ブリックは首肯して同意したあとで、恐る恐るといった様子でリビータに尋ねる。


 自分が変な対応をしても怒る気配は微塵もなかった。あの様子が嘘には見えなかったし、もし嘘だとしたらとんでもない役者ということになる。


 それでは自分では対応できない。

 

「いえ、そう言うのは全くないかと。あの人たちは私達とは次元が違うので」

「そうだよなぁ。俺が思いきり振った鉄の剣をへし折るくらいだから、次元は違うよな」


 リビータの言葉に今日の出来事を思い出しながら少し遠い目をしていて、曖昧に受付で確認をとる。


「え!?真剣で切ったんですか?」

「ああ。ただ残念ながら傷一つ負わせることできなかった……」


 驚愕の事実にギョッとした表情を見せるリビータに、落ち込んだ表情で答えるブリック。


「それは……」


 あり得ない。


 そう続けたいところだが、目の前にいるのはアイギスに攻撃した本人。


 実際にアイギスと戦った人物の生の声を聴くと、改めてアイギスの人外っぷりを知ることになる。


「おかしいよな。でも、服にすら傷一つ付いてなかったんだぜ?」


 そして、ブリックは乾いた笑みを浮かべて自嘲するように言い放った。


「……本当にとんでもないですね」

「そうなんだよ。それで、アイツのことで何か知っていることはないか?」


 肩を竦めて答えるリビータに、ブリックは話を戻してアイギスについて尋ねる。


 彼としてはあれ程の力をもつ人間が、何か企んでいたりしないかと考えた。勿論実際に話したり、模擬戦したりした結果、おかしな人間ではないことは分かっていたが、裏取りというか、他の人間から話を聞いておきたかったのだ。


「私が知っていることは多くないですよ。父の恩人であることと、無の大地で牧場を営んでいるということだけです」


 リビータは商人として相手を売らない程度に情報を絞ってブリックに渡す。


「アイツ本当に無の大地で生活してるんだな……」


 リビータから聞いて改めてアイギスが無の大地で普通に生きているという事実に少々呆然とするブリック。


 無の大地はそれだけ人智の及ばない土地なのだ。


「実際に見たわけではありませんが間違いないでしょう。いつもあっちからやってきますからね。それはブリックさんも承知でしょう」

「まぁな。それでもアイツの来る頻度を考えれば無の大地までの間のどこかって可能性もある。ただ、あのあたりはモンスターが多くて住めたもんじゃないからなんとも言えないが。それでも、この街の西に平気で済む奴が普通なわけがなかったか……」

「そうかもしれませんね」

「それじゃあ、邪魔したな」


 リビータから話を聞けたブリックはもう用はないとばかりに店を出ようする。


「本人に会って聞いてみたらどうですか?多分答えてくれますよ?」


 その背中に向かってリビータが声を掛けた。


 アイギスの為人が多少とも分かっているリビータとしては、アイギスはそういう人間だと思っている。


「いや、悪い奴じゃないならそれでいいさ。もしかしたら何かあった時助けてくれるかもしれないな」

「分かりました。それではまた御贔屓に」

「んじゃな」


 首を振って深入りをするのを止めたブリックに、丁寧なお辞儀を返すリビータ。ブリックは背を向けたまま手を振って店を出ていった。


「彼に頼るようなことなんて起こらない方がいいですね……」


 アイギスに頼ると言うことはそれだけ強大な何かということだ。そんな事態にならないことを祈った後、リビータは業務に戻って行った。

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