第083話 世界最硬

「いらっしゃいませ、アイギスさん。今日はなんだか騒がしいですね?」

「リビータ、こんにちは。ああ、しばらくしたら牧場を空けることになりそうだから、その準備でな」


 中に入ると、いつものようにリビータが近づいてきて声を掛けてきたので、俺もいつものように挨拶をすると同時に、騒ぎの原因が自分であることを告げる。


「えぇ!?牧場空けるんですか!?その間の納品はまさか……」

「いや、ちゃんと納品する。そのため、ちょっと騒ぎみたいになってしまった。外に馬車を二十五台待たせているんだが、馬車置き場に入るか?」


 騒ぎ自体よりも俺が牧場を休んで商品が入荷できないかを心配するところが商人らしい。


「は、はい。今はお客様も少ないのでなんとか」


 馬車二十五台と聞いて流石に商人と言えども動揺したらしく、珍しく顔色に表れていたが、問題なく止めることが出来るらしい。


 流石大きな商会だな。


「それじゃあ、案内してもらえないか?」

「わ、分かりました」


 俺の言葉にリビータは焦りつつも自ら外に行こうとする。


「いや、リビータは現在のここの商会の長なんだろ?直々に案内なんてしなくても、適当な人間に頼んでもらっても構わないぞ?」

「何をおっしゃいますか。アイギスさんはわが父の命の恩人であり、当家にとっても大恩人です。それだけでも適当な人間に相手なんてさせられませんし、大事な商品、それもとんでもなく素晴らしい品々を卸していただける生産者でもあるんですから尚更です」

「そ、そうか」


 リビータは若いが、すでに商会を切り盛りする立派な商会長だ。俺よりは少し年上だが、それほど離れてはいないはずだ。


 それだけ有能な人間ということだ。


 そんな相手を俺みたいなただの牧場主の案内をさせるのは気が引けるので、辞退しようと思ったのだが、鬼気迫る様子で俺に詰め寄ってきたので、その勢いに押されてタジタジになってしまった。


「アイギス。お主は攻撃や状態異常には強いが、少々自信が足りないな。もっと自信を持て。お主は凄い奴だ」

「そうですよアイギスさん。ソフィさんの言う通りです。あなたは素晴らしい方だ。もっと偉ぶったって誰も文句はいいません。それにドラゴンに認められる人間なんてそうそういませんよ」

「そうは言われてもなぁ……」


 さらに追い込むようにソフィが腕を組んで目を瞑り、遺憾だと言わんばかりに述べ、リビータもそれに乗っかった。しかし、そんなことを言われても長年役立たず扱いされた事実は拭いきれない。


「はぁ……そんなに自信なさげだから、門番にも絡まれるのだ」

「え?門番に絡まれたんですか?」


 ソフィが俺の煮え切らない様子に呆れたように呟き、リビータは信じられないといった様子で尋ねる。


「いや、ソフィが挑発して、門番さんがそれを買っただけだ」

「ふん。我の言うことを信じないあやつが悪いのだ」


 俺が事実を述べたら、ソフィは自分は悪くないと言いたげに答えた。


「え……一体何を言ったんですか?」

「こ奴が世界最硬だという事実を言ったまでだ」

「ア、アイギスさんが世界最硬ですか!?」


 おっかなびっくりと言った様子で尋ねる様子にソフィが答えるが、聞かされた内容が内容だけに驚愕するリビータ。


「なんだ?お主も信じられぬか?」

「いえ……いや、そうですね」


 問い掛けるソフィに、リビータはそんなことはないと言おうとしたが、ソフィの瞳に何かを感じたのか、正直に答えた。


「だから、我も挑発してやったのよ。お主ではこ奴に傷一つつけられんとな」


 その答えに満足げに頷いてソフィは話を続ける。


「それで……どうなったんですか?」

「門番さんの攻撃を受けることになった」

「え?門番さんって街を守っているだけに結構強いんですよ?」


 恐る恐る尋ねるリビータに俺が端的に答えたら、彼はギョッとした表情になる。


「ふははははっ。こ奴には我の攻撃も一切通じぬのだぞ?ただの一介の街の門番の攻撃など効くわけがなかろう」


 その顔を見たソフィは、愉快に笑って述べた。


「……アイギスさんてドラゴンの攻撃が効かないんですか……?」

「ん?ああ、ソフィの攻撃なら生暖かい風みたいなもんだな」


 モンスターのパペットみたいにぎこちない動きで俺の方を向いて尋ねるリビータに、俺は事実を伝える。


「ええ……」

「もっと言ってやれ。ドラゴンがどれだけ凄くて、こ奴がどれほどおかしな存在であることを。こ奴はその強さゆえに、我の凄さが全く分かっておらんのだ」


 信じられないものを見るような眼になったリビータに、ソフィが普段の不満をぶちまける。


「はぁ……そうですね。恐らくですが、ドラゴンの攻撃を無防備で受けて無傷な人はいませんよ、アイギスさん」

「え……そうなのか?でも強い奴はいるだろ?Sランクの探索者とか」


 まさかの事実に俺は食い下がる。


「確かに彼らは人外と呼ばれるほどに強いですが、防御もせずにドラゴンの攻撃を受ければ少なからずダメージを受けます。しかもそれはきちんと防具を装備した上での話です。それにも関わらず、アイギスさんは碌な防具も身に着けず、その上特に防ぐこともなくドラゴンの攻撃を受けたんですよね?」

「あ、ああ……」

「それで無傷の人間なんて聞いたことがありません。それに、父と会った際は、空から落ちてきたと聞いています。空を飛んだドラゴンから落ちて死なないどころか、無傷なんてありえません。世界最硬の男、というのもあながち間違いではないと思いますよ。少なくともこの国で一番頑丈な人間には間違いないでしょう」

「そ、そうだったのか……」


 ソフィではなく、リビータの口から改めて俺の防御力の話を聞くと、今までなかなか信じることができなかった。ソフィの話が急に自分の中で現実味を帯びてきた。


 世界最硬……。まさか自分がそんな存在であったなんて……。


 俺は自分の手を見つめ、呆然となる。


「それと言っておくが、我はドラゴンはドラゴンでも高位古代竜の王だ。その我の攻撃が効かないのだから、世界最硬に間違いあるまい」

「え?えぇえええええええええええええええ!?」


 さらに追加の情報に、リビータは商人とは思えないほどに顔を歪ませて大声で叫ぶのであった。

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