第082話 旅に出るための下準備と実力の一端
「それじゃあ今日は商品の納品に行くが、その行程の確認と、商会で一番偉いエルヴィスさんとの顔合わせをしてもらうが、準備はいいか」
『はっ』
俺の前には五十人の竜人と二十五体の赤竜が整列していた。
彼らにも説明した通り、これから俺がこの牧場を離れるにあたって彼らにはエルヴィスさんとのやり取りを任せることになる。
そのため、亜空間倉庫が使えない彼らによる運搬方法の確認と、混乱や不信を招かないために、あらかじめエルヴィスさんに彼らを紹介しておく必要があった。
「流れとしては、アトモスに用意してもらった馬車と竜人たちを赤竜で町から徒歩半日くらいのところまで運び、そこから馬車で街まで行って、エルヴィス商会に向かい、馬車の停留所に馬車を止め、そこからは倉庫まで商品を運ぶことになるはずだ。今日は実際にその流れでやってみたいと思う」
『分かりました!!』
俺の説明にまるで神を崇めるかのようなキラキラとした瞳を向けて返事をする彼らに、少々困惑する。
それもこれも不変の地盤を割ったことを始めとして、模擬戦などをして全員の攻撃で一切ダメージを受けることなく倒してしまったからだ。
「私達に敬称など不要です」
そのせいでアトモス一家にも呼び捨てで呼ぶように言われたし、ただでさえ尊敬の眼差しを受けていた俺は、高位古代竜すら頭を垂れたことで、彼らよりも上位の存在、ソフィーリアと同格かそれ以上として敬われている。
素直に言うことを聞いてくれるのはありがたいが、そこまで尊敬されるような人間ではないので、受け入れがたいというかなんというか。
中々困ったものだ。
「それじゃあ、早速馬車に納品物を積み込んでみてくれ」
『はっ』
俺は内心ため息を吐きながら竜人達に指示を出すと、彼らがせわしなく動き出した。彼らは普通の人間以上の身体能力を持っていてあっという間に荷物が積み込まれていく。
「アイギス様!!積み込み終わりました!!」
「ああ。ありがとう。どうやら馬車の数と納品物の数は大丈夫だったみたいだな」
竜人のリーダーであるヤルトがやってきて元気よく報告してくれた。見た目は二十台前半程だが、竜人の中では一番強く、リーダーシップがあるらしい。
そんな彼の攻撃も俺に一ミリルの傷さえつけることができなかったのだが。
「ありがたきお言葉!!はい。まだある程度余裕があります」
「それは良かった。それじゃあ各々定位置に乗り込め。乗り込みの確認が出来たら、赤竜隊は担当の馬車を持ちあげて飛行を始めろ」
『はっ』
『グォオンッ』
まだ積載量に余裕があるということは暫くはエルヴィスさんの要望で納品数を増やすことになってもどうにかなりそうということだ。
それは良い情報だ。
俺は再び彼らに指示を出し、ソフィの背中に乗って空で待機する。数分程待っていると彼らも上がってきた。どうやら馬車を持つ行為が少し慣れずに戸惑ったらしい。
「それじゃあ移動するからついてこいよ~」
全員そろっているのを確認した俺達はゆっくりと街に向かって飛び始めた。
「どうやら馬車をもって飛ぶことに苦戦しているらしいな」
『そうであろうな。バランスを気にしながら飛ぶ必要があるゆえ、普通に飛ぶよりも難しいであろう。とはいえ、何度かやっていれば慣れるであろうがな』
「そういうもんか」
赤竜たちは初めて馬車を抱えて飛ぶという行為に悪戦苦闘しているため、飛行スピードはゆっくりだ。それでも街まで半日の所に昼になる前に到着できるスピードは出ているが。
それも最初の数十分で解消されたので、随分早く所定の場所まで辿り着いた。そして人間の足で半日は必要な道なりを、竜人である彼らが馬車を張り切って引くことで昼には街についてしまった。
「な、何者だ!?」
そのあまりの早さに門番さん達に警戒されてしまったのはご愛敬だ。
「俺の仕事仲間だよ」
「あ、ああ。あんちゃんか。いつもそっちの嬢ちゃんとしかいないから知り合いなんていないと思っていたが、これほどの人間が近くにいるなら安心だな」
俺が前に出て話しかけたら、彼らはホッと警戒を解いてくれた。
「いやぁ。そんな関係ではないんだが……それに厳密には人間ではないし」
彼には悪いが、彼らは被雇用者で、俺が雇用者だ。仲間や友人というのとは違うような気がする。
「なんだと!?」
「彼らは竜人なんだ」
「竜人だとぉおおおおおおおおお!?あの上位の竜か、自分よりも強い者にしか従わないという戦闘種族のことか!?」
俺の言葉に驚愕して絶叫する門番さん。
え?竜人ってそういう種族だったのか?
「ん?あぁ多分な」
俺は思わぬ情報に困惑しながらも、彼らが良く模擬戦を申し込んでくるのは間違いないので、おそらく彼の言っている竜人だと同意する。
「それじゃあ……あんちゃんはこの竜人達に勝ったってことなのか……?」
「あ、あぁ……そうだが……」
「あんちゃん、確かにガタイは悪くないが、そんなに強そうに見えないのに、本当はそんなに強かったんだな」
信じられないという顔をして俺の方を向く門番さんの勢いに押され、少々言い淀んでしまったが、そう答えたら、彼は遠い目をして俺の肩にポンと手を置いた。
「いや、そんなことは――」
「うむ。こ奴の防御力は世界で最も高い。世界最硬の男ぞ」
俺はそんなことはないと否定しようとしたら、隣でソフィがふんぞり返って主張する。
いや、なんでソフィがそんなに自慢げなんだ……。
「流石にそれはいいすぎじゃないか、嬢ちゃん」
「言い過ぎなどではない。お主の攻撃など、こ奴に傷一つ付けられんぞ?」
しかし、ソフィの言葉は荒唐無稽すぎて信じられなかったらしく、門番さんは彼女を窘めようとするが、逆に挑発するソフィ。
おいおい、なんか勝手に話が進んでるぞ?
「はははっ。俺だって門番勤続十五年。並大抵のやつには負けないつもりだ。それでもあんちゃんに傷一つ付けられないと?」
「うむ。実際にやってみれば分かる」
挑発に少しイラっとした門番さんが少々威圧するように言うが、ソフィの態度は変わらない。
「あんちゃん……」
「分かった分かった。門番さんの攻撃を受けてやるよ」
「へへっ。後悔するんじゃないぞ?」
分かってるよな、と言いたげな門番さんの表情に断り切れず、俺は彼の攻撃を受けてやることにした。
まぁ竜人程の威圧感もないし、問題ないだろう。
「大丈夫だ。ソフィの攻撃よりも強くない限り一切ダメージは受けないからな」
「この嬢ちゃんより?ははははっ。この俺も舐められたものだ。覚悟しろよ」
「へいへい」
俺達は少し場所を移して開けた場所で相対している。
「おいおい、木剣じゃ俺に絶対ダメージなんて与えられないぞ」
「うるせぇ。万が一怪我させたとあれば門番首になるわ」
「まぁ門番さんが気が済むならいいけどな」
門番は真剣を使うことなく、木剣を持ってきて構えている。流石に木剣じゃ俺の体は傷一つつかないのは分かるから忠告したんだが、仕事柄そうもいかないらしい。
「それじゃあ、行くぞ」
「ああ。いつでもいいぞ」
「せいやぁ!!」
門番さんが最後の確認をして俺が了承すると、彼は思いきり踏み込んできて、剣を振りあげ、俺に振り下ろした。
―バキィ
凄まじい音と共に県が折れて宙に舞い、十秒ほどして落下した。
「はっ?」
門番さんから先ほどまでの闘気を纏った真剣な表情が失われ、その代わりに現れたのは間抜け面だった。
「だから言っただろ?木剣じゃ俺に傷ひとつつかないんだよ」
「いやいやいや、流石に傷の一つも出来てるだろ?」
「全く痛くも痒くもないなかったからな?」
「そんなバカな!?そんなのありないだろ?」
俺はそんな彼に言い放ったが、彼は信じられないらしく、俺の頭の傷を探そうとするので、俺は頭を差し出したが、結局そんな物は見つからず、再度門番さんは驚くことになった。
「木剣は昔体に受けまくったからな。それ以来木剣で傷ついたことはない」
「ありえん……」
俺は昔修行の一環でひたすらに木剣を受け続けたことがある。最初は傷ついていた俺の体だが、いつの間にか全く傷がつかなかった。
だから、木剣では俺を傷つけることは出来ない。
「どうする?真剣でやってみるか?」
「真剣だと死んでしまわないか?」
信じられない門番さんに信じてもらうために真剣の使用を提案するが、どうしても殺してしまうことが怖いようだ。
「しないだろうな。今度は腕で防ぐから思い切りやっても問題ない」
「心配するな。絶対に怪我などせぬ」
「そうか。分かった……やってみよう」
それはそうだろうと思うので、腕で受けてやると言えば、門番さんはやる気になった。ソフィも後押しするように太鼓判を押す。
「せいやぁ!!」
―パキンッ
今度は真剣を持ってきて俺に切りかかる門番さんだが、俺が合わせて腕を立てたら、その剣真っ二つに折れてしまった。
「まさかこれでも無傷とは……あんちゃんの体は意味不明だな」
予想された結果とは言え、門番さんも未だに信じるのが難しいらしい。
「それで、どうであった?」
「はぁ……俺の負けだ。世界最硬かはともかく、少なくともこの街にこれだけ頑丈な人間はいないだろう」
「うむ。分かればいいのだ」
そんな彼にソフィがニヤリとした笑みを浮かべて問いかければ、門番さんはお手上げ状態で謝罪する。
その姿に満足したのかソフィは腰に手を当てて尊大に鷹揚に頷いた。
「さぁさぁ、仕事に戻るぞ。そっちの竜人達の身分証なんかないだろう?」
「ああ、ないな」
「それじゃあ、商業ギルドで発行してもらうといい。あんちゃんとエルヴィスさんの口添えがあれば問題ないだろう。身分証のない竜人達の分の通行税は払ってもらうぞ」
「分かった。ありがとう」
「ちょっと絡んだ詫びみたいなもんだ。気にすんな」
竜人達の身分証のあても出来たので、俺達は街に入り、エルヴィス商会を目指すのであった。
その際、馬車の行列に何事かと沢山の人たちに見られたのは少々辟易とした。
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