第075話 自業自得
カーン商会からの帰り道。
「またやってしまった……」
俺はまたひどく後悔していた。
なぜなら牛乳は出すつもりがなかったのだが、とんでもなく美味いので、どうしてもエルヴィスさんに味わって欲しくなり、思わずソフィに出してもらってしまったからだ。
出してしまえば、商人であるエルヴィスさんが目を付けないはずがないのに……。
『まぁ仕方なかろう。あの牛乳も美味いのだから。人に飲んで欲しくなるのも当然ではないか?それにまた儲けて仕送りできたであろう』
「それはそうなんだが、これでまた仕事が増えるだろ……」
確かに出してしまったのは仕方がない。仕方がないが、絶対にまた納品数を増やせないかという相談が来るに決まっている。
そうなるとまたウシモーフを探しに行かなければいけないし、必然的に世話しなければいけない量が増える。ふさふさの動物たちをモフモフしながらのんびり過ごすのはいいが、一日中世話や農業し続けるのは嫌だ。
何のために探索者止めたと思っているのか。
それは田舎でのんびり過ごすためだ。
それなのに今はどうだ。ちょっと余裕が出たと思ったら、また仕事が増え、また余裕が出たと思えば、また仕事が増える。
これではいつになったらのんびり暮らせるようになるのか分からない。
『それは自業自得というやつだ。我も手伝ってやる故頑張るのだ』
「はいはい。ありがとな」
『なんだ?感謝の気持ちが感じられぬな?』
俺を諭すように話すソフィに投げやりな返事を返すと、ちょっとからかうような声色で彼女は尋ねてくる。
「本当に感謝してるよ、何もかも」
『う、うむ。分かればいいのだ、分かれば』
だから日頃の感謝を込めながら背中を撫でたら、ドラゴン形態で分かりづらいが、照れていた。俺達は帰るまで他愛のない雑談を続けた。帰り着くころには真っ暗だったので、今日も簡単な料理を作って食べて眠りに着いた。
数日後。
「どうか!!どうか!!お願いします!!アイギスさん!!」
案の定、エルヴィスさんに泣きつかれた俺。
くっ。おじさんの泣き顔なんて可愛くもなんともないし、むしろ気持ち悪い部類ではあるが、そんな捨てられた子犬のような顔をされると俺は断るに断り切れない。
「はぁ……分かった。なんとかする」
「本当ですか!?ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
最終的には俺が折れる形で牛乳の増産を引き受けることになった。
俺が受け入れるとエルヴィスさんは涙を流しながら俺に何度も頭を下げてきたが、できればソフィみたいな美少女が相手だったらいいのにと思わざるを得なかった。
「ん?どうかしたのか?」
「い、いや、何でもない」
そんな思いを浮かべながらソフィを見ると、紅茶を飲んでいたソフィと目が合ってしまい、俺は思わず目を逸らして首を振る。
「それにしてもやはりこうなったな」
「はぁ……そうだな。次からは口に出さないように気を付けるぞ」
俺の動揺に気付かなかったのか、分かっていて無視したのかは分からないが、ソフィはニヤリと笑って話を続けた。
その言葉に未だに何度も頭を下げてくるエルヴィスさんを目の端に捉えながら、ため息を吐いて小さく呟く。
「それはどうであろうな」
「絶対の絶対だ」
「それは見ものだ」
「はぁ……見てろよ?」
なおもからかうような視線のソフィに、俺は絶対に次の家畜を手に入れても絶対にエルヴィスさんに言わないことを固く誓った。
「おーい!!モーワンのブラッシングやったかぁ?」
「いや、まだだ!!」
「りょーかい!!」
それからの日々というものの毎日とんでもない忙しさになった。
再びウシモーフを連れ帰った草原に行って、他の群れの一つに熱烈な歓迎を受け、何十匹とその数を増やしたせいだ。
「チキンバードたちの餌やりはどうだ?」
「それもまだだ!!」
「りょーかい!!」
エルフたちの半分は畑を管理してもらい、残りの半分と俺とソフィはチキンバードとウシモーフの世話に回っている。
二人で百話を超えるチキンバードとウシモーフの世話は無理だからだ。
「ワフッ」
「ニャーンっ」
さらに家畜はそれだけじゃない。巡回していたチャチャ率いる銀狼達が戻ってきたら、彼らにも食事を用意しなければならない。
「よし、ご飯は犬舎に用意しているから食えよ」
『ウォンッ』
銀狼はチャチャとは別に自分たちの小屋に用意されたご飯を食べに行った。
彼らは水だけでもいいと言っていたが、それは俺の矜持が許さない。だから簡単ではあるが、彼らには野菜を調理したものを与えている。
狼は肉食と聞いていたが、彼らは野菜大好きなようで本当に助かっている。
彼らの餌としてウシモーフやチキンバードを潰すわけにもいかないし、何よりもモフモフたちを殺すなどということは俺にはできない。
チャチャは俺達と一緒にご飯を食べるので、それまではお預けだ。
その後も、日が暮れるまで家畜たちの世話をした俺とソフィは、体の汚れをササッと落として、ご飯を食べ、泥のように眠った。
そんな日が何日も繰り返されていった。
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