第074話 続々・私は試されている(第三者視点)

 牛乳を手に入れたアイギスは、差し迫る納期を守るため、再び町へとやってきてエルヴィスの商会の中に足を踏み入れる。


「あ、アイギスさん、ソフィさん、こんにちは。会長は奥の部屋に居ますので、倉庫に下してもらった後、直接行ってもらえますか」


 アイギスとソフィーリアが店に入るなり、それに気づいたリビータが他の人物の背接客中にも関わらず、「ちょっと失礼」と断りを入れてアイギスとソフィーリアに挨拶と要望を伝えた。


 リビータが相手をしていた客もそれなりに大事な相手なのだが、それ以上にアイギスたちが大事なため、時間のかかる脚よりも先に、もう慣れている彼らの対応したのである。


「分かった」

「うむ」


 リビータは彼らを見送った後、「中断して申し訳ございませんでした」と謝罪をして再び元々の取引相手との交渉に戻った。


 二人はリビータの言葉を受け、すでに勝手知ったる場所になりつつあるカーン商会をわが物顔で歩き、倉庫に行って商品を納品して、納品書を受け取ってからエルヴィスの部屋に向かう。


 商会の人間もすでに分かっているので廊下ですれ違っても何も言わない。もはやアイギスたちはカーン商会の一員というか、エルヴィスについでの地位を持っているといっても過言ではない。


 それほどにアイギスの持ってくる農作物や畜産物の利益は大きいし、買い求める客が貴族が多いので、彼らとの顔つなぎや、有利な取引をするための交渉札としてアイギスの商品が非常に有益な手段となっている。


―コンコンッ


「どうぞ」


 商会長室のドアをノックすると、エルヴィスの返事があり、アイギスたちは中へと入っていく。


「いらっしゃいませ、アイギスさん、ソフィーさん」

「ああ」

「うむ」

「そちらへどうぞ」


 そろそろ来る頃だろうと考えていたエルヴィスはアイギスたちが入ってきた瞬間に彼らであることを理解して、すぐに仕事を取りやめて備え付けられたソファーを進め、自身はベルを鳴らして飲み物を持ってこさせる。


 すぐに侍女がやってきて三人分のお茶とお菓子を出して、その場を後にした。


「いやぁ。今回も納品ありがとうございました。流石に厳しいかと思いましたが、いつもきちんと納品していただいて非常に助かります」


 エルヴィスは今回もきちんと納品が完了していることを確認しており、申し訳なさそうに話し始める。


「まぁなんとかな……」


 アイギスとしてはこれ以上はかなり厳しいため、ギリギリであることを伝えた。


「そうですか。できればもっと増やしていただきたいのですが……」

「流石にこれ以上は更なる人員が確保できないとどうにもならないな」


 エルヴィスも予防線の張ったアイギスに対してなんとか食い下がるが、アイギスは人員が足りないことを理由に断る。


「そうですか……分かりました。ほんといつもご無理を言いましてすみません」

「いや、こちらとしてもウチの農作物と畜産物を買ってもらえるのはありがたいからな。むしろ役に立てず申し訳ない」


 エルヴィスはアイギスが何らかの事情で人間を入れたくないことを理解しているので、それ以上は要求することはなかった。アイギスとしては自分の商品を買ってもらえるのは嬉しいのでどうにか応えたいとは思うものの、既に毎日が忙しいので申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえいえ、とんでもありません。こちらが無理を言っているは重々承知しておりますので……。この話はお互い様ということで、ここらへんで終わりにしましょう」

「そうだな」


 埒が明かないと思ったエルヴィスはこの話題を終わらせるを事を提案し、アイギスも頷いて同意した。


「そういえば、以前はまだもう少し余裕がありそうでしたが、何かありましたか?」

「ああ。ウシモーフを飼い始めてな」


 ただ、前回話した時はまだ余裕がありそうだったにも関わらず、今回は限界ということで何か特別なことがあったのではないかと尋ねると、案の定新しい家畜が増えていた。


「ウシモーフということは肉と乳ですか?」

「いや、肉にするつもりはない。可哀そうだからな。基本的には牛乳が欲しくてといった感じだ」

「なるほど。そういうことですか。分からなくもないことですね。愛着の湧いた家畜を殺すのは辛いですから。それで、ウシモーフの牛乳は飲まれたんですか?」

「ああ。とんでもなく美味かった。まるで体の内側から綺麗になっているみたいな感覚だったな」

「そ、その牛乳って今持っていたりしますか?」


 ウシモーフの話を聞いていると、エルヴィスはアイギスが飲んだという牛乳の感想から、その牛乳にとても興味をもった。


「ああ。持ってきている」

「見せてもらっても?」

「いいだろう。ソフィ頼む」

「うむ。任せよ」


 あるという返事を聞いたエルヴィスは二人からウシモーフの牛乳を見せてもらうことになり、ソフィが亜空間倉庫から牛乳の入った壺を取り出した。


「こ、これは!?」


 その壺の中に入ったキラキラと輝く牛乳を見るなり、エルヴィスは驚愕する。それは勿論、鑑定してその内容に信じられないものがあったからだ。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません」

「そうか、それなら良いんだが。そうだ。ちょっと飲んでみるか?」


 大声を出したことでアイギスが心配そうにエルヴィスに尋ねるが、エルヴィスはブンブンと首と手を横に振って元気そのものであることをアピールし、アイギスは釈然としないながらも、本人が言っていることだしと納得して思い出したように牛乳を進める。


「い、いいのですか!?」

「ああ」

「そ、それでは頂きます」


 エルヴィスはその効果を知っているだけにとんでもなく驚くが、アイギスがそれでも全く動じずに進めてくるので、遠慮しつつも牛乳を飲むことにした。


 エルヴィスは侍女にコップを持ってこさせ、そのコップに牛乳を注いた。


―ゴクリッ


 エルヴィスはそのコップに注がれた牛乳を見てごくりと喉を鳴らす。


「グイっといってくれ」

「わ、分かりました」


 注ぎ終わったのを確認したアイギスが一気飲みを勧めると、エルヴィスは「ええい、ままよ」と心の中で唱えて牛乳を一気に呷った。


 その効果は劇的だった。エルヴィスは長年悩まされていた体の異常が全て解消されていくのを感じた。


 それは当然のことだった。


 なぜなら、この牛乳はウシモーフの牛乳ではなく、セイクリッドモフィの牛乳であったからだ。その賞味期限は農作物同様に期限切れ無し。魔力と体力の回復効果付き。そして品質が伝説級。ここまではまぁ分からなくもない。


 しかし、この牛乳にはさらなる効果があった。それは、呪いなども含む状態異常を治してしまう効果と、一日の間ではあるが、悪い状態異常を受け付けなくなるという効果だ。その上、アンデッドの類は近づくだけで浄化してしまうというおまけ機能付きだ。


 それはあまりにも破格の効果だった。


 これはどんな人間もこぞって欲しがる商品である。


「あ、あの……この牛乳を売っていただくわけにはいきませんか?」

「流石に数が少なくてなぁ」


 エルヴィスにはその余りに魅力的な商品を手に入れないという選択肢はなく、アイギスになんとか譲ってもらうように交渉を始める。一方アイギスとしてはあまり数はないので売りたくはないと思っていた。


「勿論それ相応の値段を付けさせていただきますので、どうか!!どうかお願いします!!」

「わ、分かった。ただし、二壺だけだぞ?」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」


 しかし、エルヴィスがいきなりソファから降りて土下座を決めると、流石に断り切れずに二壺だけ譲ることになった。なんとかセイクリッドモフィの牛乳を買い取れることになったエルヴィスは気を付けの体勢で頭を九十度に下げてアイギスに礼をいう。


 ただ、エルヴィスの試練はここからだった。


「それで?いくら出す?」


 アイギスが価格を交渉を始めたからだ。アイギスは普通のウシモーフの牛乳と言って出してきているが、そのままの価格を提示すれば、今までの商品さえ納品してくれなくなるかもしれない。


 絶対に満足のいく価格する必要があった。


 エルヴィスとしてはこの破格の効果を持つ牛乳は王侯貴族や教会関係者がこぞって買い取ろうとするだろうと考えている。だから、紹介だけでない後ろ盾を得るためにも、ちょっとやそっとの値段をつけるわけにはいかない。


「……」


 エルヴィスはアイギスからの質問を受けて数分間、沈黙していた。


「分かりました。一瓶で金貨一万枚でどうでしょうか!!」

「き、きききききき、金貨一万枚!?」


 その沈黙を破って提示された金額はとんでもない金額。アイギスはたまらず上手く口が動かなくなって上手く喋れなかった。


 勿論毎回そのくらいの金額は受け取っているが、たった壺二つでそれほどの金額になるということが信じられなかったのだ。


「す、少なかったでしょうか?」

「い、いやいや、むしろ高すぎないか?」


 可笑しな口調になったのを何を血迷ったのか、対価が足りないと考えたエルヴィスだったが、相場感などが全く分からないのでアイギスはむしろ全く逆の事を考えていた。


 ただ、エルヴィスにはそれさえも罠に見えた。


「いえ、このくらいは当然なはずです」


 そのため、今の金額よりも安くするということはしない。


「ソフィ?」

「お主がそれでいいというのならよかろう」


 相場はないに等しいが、そういうことが分からないアイギスはソフィに確認をとり、彼女は腕を組みながら問題ないと首を縦に振った。


「わ、分かった。俺はその金額で構わない」

「そ、そうですか。ありがとうございます。カードで決済でいいですか?」

「勿論だ」


 こうして相変わらずお互いにすれ違ったままアイギスとエルヴィスの交渉は終わりを告げた。


「今回もタフな交渉だった……」


 アイギスたちを見送ったエルヴィスは天を仰いでぐったりとしていた。

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