第076話 旅立つ者(第三者視点)

―コツコツコツコツ


 まるで神殿の回廊のごとく、巨大な柱が整然と並び、天井までの高さが二十メートル以上ある通路を一人の短髪の赤い髪の偉丈夫が歩いていた。見た目は四十代で、良い年の取り方をした脂の乗った男性である。


「そろそろ探しに行くか」


 彼はこれからとある相手を探しに行くつもりだ。


―ピーッ


 赤髪の男は指笛を鳴らした後、自らに与えられた屋敷へと向かってその建物を後にした。その建物は城が小さく見えるほどに大きな神殿であり、あたりは美しい湖や森が彩を添えていた。


 彼の屋敷は神殿のある敷地内にあり、これまた城よりも大きかった。


『おかえりなさいませ!!』


 家の中に入るなり、男の家族が出迎える。


「ふむ。全員そろっているようだな」

「ええ、あなた」

「はい、父上!!」

「はい、お父様」

「はい、パパ!!」


 そこには三十代前半ほどの女性、二十代前半程度の青年、十代後半程の少女、十代にも満たない幼女が立っていた。それぞれ男の妻、息子、娘たちである。


 彼らが出迎えたのは男が指笛で帰りを知らせていたからだ。人間であればそんな指笛など聞こえないかもしれないが、あいにく彼らは人間の姿をしているが、人間ではなかった。


「我らが王からのご命令を果たそうと思う」

「リリーティア様から?」

「ああ。竜皇様を探せと仰せだ」

「ええ!?ソフィーリア様を!?」

「そうだ。そろそろこの国の王が代替わりする。その式典に来てほしいとのことだ」


 彼らの言葉の通り、彼らはソフィーリアの関係者。つまり高位古代竜に連なる者たちである。見た目はともかく、各々すでに人間の何倍も生きていて、それなりに力のある者たちだ。


 男はアイギスの許にいるソフィーリアの捜索に行くことにしたのだ。ただ、その命令を受けてからすでに二カ月を経過していた。


 これには彼らの種族と、その移動速度が関係している。


 彼らは森人族以上に長命で数千年は軽く生きる種族で、二カ月など数日くらいの感覚なのだ。それに式典まではまだ一年ほど余裕があるゆえに、優先度の高い順から仕事を終わらせており、ようやくソフィーリアの捜索の順番が回ってきたというだけであった。


 さらに、空を移動するので移動速度も地上に住まう者たちと比べて全く異次元だ。


 ソフィーリアは人間の足で二週間かかる道のりをたったの十分程度で移動できる。勿論街に近づきすぎると恐れられるのでやらないが。それを考えれば、たとえ世界の端から端でも移動するのにそれほど時間はかからないのだ。


 その上、近親の同族はお互いの位置をある程度感知することが出来る。それによりある程度位置が絞られているので、探す手間もほとんどない。


 つまり、連れてくるのに大した手間はかからない。だから、二カ月たった今になって捜索しに出かけるというわけだ。


「はぁ……人間って本当に短命ですね。こんなに頻繁に代替わりしなければならないなんて」


 娘の一人が人間の代替わりの頻度を嘆く。


「ビオランテ、そのようなことを言う物ではない。彼らはその少ない命を必死に燃やして我らでも想像のつかないことを成し遂げてしまうこともあるんだ。絶対に侮ってはならぬぞ」

「そうなのですか?」


 しかし、父である男は長女を諭すように告げると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「ああ。稀にそういう者もいる。例えば……我らを倒すようなものとかな」

「まさか!?」


 父の言葉に信じられないといった顔をするビオランテ。


 男は実際にそういうことを成し遂げた人物を知っていたがゆえにそういう言葉を口にした。その男は勇者などと人々から呼ばれ、魔族や強力な魔物たちを倒したただの人間であった。


「そのまさかだ。我々は限りなく強者ではあるが、最強というわけではない。アッシュ、ビオランテ、プリム、お前達も相手が誰であれ侮ってはならないということを忘れるなよ?」

『はい(わかった!!)』


 子供たち全員を戒める男に、子供たちは少々信じられないものの返事をするのであった。


「さて、いい機会だ。お前達も外の世界を見てみないか?」


 説教も終えたので、男は国の外に出ることを提案する。


「僕たちも外に出ていいのですか?」


 子供たちを代表して長男であるアッシュが返事をした。彼らは生まれてこの方ドラクロアから出たことがなかった。勿論国内での外出で父についていったことは会ったが、国外は全く機会がなかったのだ。


「ああ。今回の任務は別にほとんど危険はないと言っていいだろう。この国外を見るにはちょうどいい。行きたいものはいるか?」


 男が提案したのは、今回の任務はただ自分たちの王の叔母を連れてくるだけで全く危険のない旅なので、連れて行っても問題ないと考えていたからだ。


「それならぜひ、行ってみたいですね」

「私もお供しますわ」

「私もいきたーい」

「せっかくですから家族全員で行きましょうか」

「うむ。ちょっとした旅行のようなものとして考えても問題ないだろう」


 再度許可を得られたことで子供たちはおろか妻も一緒に参加することになった。彼らは家族旅行気分でソフィーリアを迎えに行く。


 そこにはまさに彼らが話していたような自分たちでは計り知れない人間がいることなど知らずに。

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