第063話 長老様は持病持ち

「それでどのようなご用件でこの森に来られたのでしょうか?」

「ああ。ウチの牧場に森人族達が神樹と呼ぶ大樹があってな。森人族たちが世話をしたいというのでウチの牧場で雇わせてもらっているから挨拶しておこうと思ってな」


 用件を聞かれたので本来の目的であるコッメのことは差し置いて、表向きの理由を述べる。


 バルニースと呼ばれた森人族は、見た目が三十代ほど。どう見ても長老というイメージとは結びつかないが、相手は長命種だ。かなり長い年月を生きているのだろう。


 俺の隣にいるソフィも、人間形態ではどう見ても十代後半程度でしかない見た目にも関わらず、数千年生きていると言っていた。それを考えれば森人族は竜族と比べれば、定命の生物なんだなとそんな場違いな考えが思い浮かぶ。


「なんと!?まさか神樹様が下等――ぐわぁ!?」

「ど、どうしたんだ?」


 シルに選ばれたことはさっき裏に連れて行った時に伝えていなかったらしく、バルニースは驚愕して何かを口にしようとした途端、苦痛の表情で叫び声を上げた。


 俺は困惑しながら声を掛ける。


「なんでもありませんよ、ね、おじいさま?」

「う、うむ。そうか此度の神樹様は人間を選ばれたのですか。まさかそんなことが……ブツブツ」


 シルヴィアがとてもいい笑顔でバルニースに声を掛けると、彼は顔に汗をかきながら引きつった笑みを浮かべた後、何かを呟き始めた。


 そういえば、シルヴィアはバルニースのことをおじいさまと言っていた。


 つまり、シルヴィアは長老の孫娘ということだ。森人族の中でも結構高い地位のあるということか。


 とはいえ、ソフィと比べると霞んでしまうわけだが。


「ま、まぁなんだ。これはよく働いてくれている森人族達の礼も兼ねた土産だ。ウチで獲れた野菜なんだが、これが滅茶苦茶美味いんだ。ぜひ食べてほしい」


 俺は独り言をつぶやくバルニースに話しかけながらソフィに亜空間倉庫から野菜を種類ごとに出して貰った。


「誰が人間が育て――ぐひっ!?」

「だ、大丈夫か?」

「アイギス様、大丈夫ですよ、おほほほほ……。神樹様の加護を受けた野菜を受け取らないなんという愚かな真似は致しませんから。ね、おじいさま?」

「は、はい。あ、ありがたく頂戴します」


 しかし、バルニースには何か不満があるようだが、途中で再び何かあったのか叫び声をあげる。


 俺は無理して受け取ってもらう必要もなかったが、引っ込めようとしたら、シルヴィアが再びそれはそれは凄みのある笑みを浮かべてこちらを見るので、俺はそのまま渡すことにした。


 若干憔悴した様子で俺達からの土産を受け取るバルニース。隣でニコニコしているシルヴィアとは対照的だ。


「後、少し聞きたい事と頼みたいことがあるんだが、いいか?」

「はい……。なんでございましょうか?」


 何はともあれ挨拶を終えた俺は、本来の目的を達成するために話を変える。バルニースは訝し気な様子で俺を見ながら返事をした。


「ああ。コッメという植物があるらしいんだが、その実が欲しくてな。あればあるだけ買い取りたいし、もしなければ取りに行きたいんだが、どうだろうか?」

「そ、そうですね。私たちの主食の一つですので沢山ありますし、ある程度は融通できますよ」

「そうか!!それなら買えるだけ買いたい。支払いは金貨でいいか?それともシルの加護を受けた野菜がいいか?」


 おお!!やったぞ!!

 どうやらコッメが手に入るらしい!!


「神樹様を呼び捨――んひぃ!?」

「お、おい、本当に大丈夫か?」


 理由は分からないが、さっきから何度も叫び声を上げるので、流石に心配になってくる。


「ええ。ちょっとしたおじいさまの持病ですから。全く問題ありません。ね、おじいさま?」

「ハァハァ……は、はい。大丈夫です」

「持病?それは大変な気がするんだが……」

「いえいえ、命に全く別状はないので!!」

「そ、そうか」

「はい」


 シルヴィアは大丈夫だと言っているが、バルニースの様子からはとても平気には見えない。しかし、シルヴィアに有無を言わさぬ笑顔で問題ないと言われれば、それ以上問い詰めることはできなかった。


「はぁ……そういうことにしておこう。それで、取引の対価はどうする?」

「そうですね。神樹様の加護が掛かった農作物で問題ありません」

「分かった」


 追及を諦めた俺は、取引の話を進める。


 それからはバルニースではなく、シルヴィアが全てのやり取りを代行することとなった。コッメに対する対価の量の取り決めを行い、俺たちはついにコッメを手に入れることができた。


 コッメは白くて小さな種のような粒だ。


 エルヴィスさんに聞いたところによれば、ある程度の量のコッメを一定の分量の水で炊くことでもちもちした食感の腹持ちのいい食べ物になるらしい。それを器に盛り、その上にチキンバードの生卵を割って乗せ、ショーユーを少したらすことで、伝説の料理TKGが完成するとのこと。


「滅茶苦茶楽しみだな」

「うむ。早く帰ってTKGとやらを食すのだ」

 

 挨拶と取引を終えた俺達は、逸る気持ちを抑えながら、皆と拠点への帰路についた。

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