第064話 森人族は最硬を目撃する(第三者視点)

 森人族エルフの入り口で二人の人物が相対しており、その少し後方に十代後半程度の見た目の二人の森人族、さらに奥にはまだ新しめの旅装を着た男女がその様子を眺めている。そして、そのさらに後ろには数十人の森人族達が並んでいた。


 相対した二人は三十代に見える男性の森人族と十代半ば程の森人族。二人は祖父と孫の関係であり、バルニースとシルヴィアと呼ばれる人物である。少し後ろの控えているのはシルヴィアのお付きで、そのさらに後ろにいる男女はアイギスとソフィーリアであった。


「それではおじいさま、お役目に戻ります」

「う、うむ。しっかりと果たすのじゃぞ」

「おじいさまもくれぐれも他の長老様たちには言い聞かせておいてくださいね」

「あ、ああ……」

「それでは」


 シルヴィアとバルニースが別れの挨拶を述べて踵を返してアイギスの方にやってくる。アイギスの当初の目的である挨拶とコッメの入手を完了したため、拠点に帰るのだ。


「それではアイギス様参りましょうか」

「本当にいいのか?」

「ええ。説明をした上で志願したのは彼らですから」

「そうか、分かった。無事に拠点まで連れて行くから安心してくれ」

「勿論です」


 アイギスが心配しているのは、自分たちの後ろにいた森人族たちのこと。彼らはシルのお世話をする人員という名のアイギスの牧場の新たな従業員たちである。


 アイギスとしては若干騙しているような気がして少し乗り気ではなかったのだが、シルヴィアがきちんと話した上でついていくことを決意したと聞いて、これ以上何も言わないことにした。


 ただ、彼らがいるということは、全員をソフィーリアに乗せて一度で移動するのは難しいということだ。


「あ、ちょうどいいし、森の果物集めて帰ろうかな」

「全くこの物好きめ……」


 アイギスはそのことを理由に深淵の森の果物たちを集めて帰ろうと考えた。彼は野菜だけでなく、状態異常になってしまう果物や木の実も日常的に食していた。そして、その凶悪な効果とは裏腹にその味はとんでもない美味。すでにアイギスの好物となりつつあった。そのおかげで備蓄が心許なくなってきていたのだ。


 そのことを知っているソフィーリアは呆れたようなジト目でアイギスを睨む。


「えっと、どういうことでしょうか?」

「うむ。アイギスの奴は深淵の森にある果物が好物なのだ」

「へっ!?」


 アイギスの言っている意味が分からなかったシルヴィアはソフィーリアの傍によって尋ねると、信じられない言葉が返ってきて目を剥いて驚愕した。


 彼女は森の民であり、シルの加護を受けた森人族の末裔。当然深淵の森にある果物の毒性についても知っている。その上、虫モンスターが徘徊する深淵の森でその果物を採集することの難しさも分かっていた。


 だからこそ、ソフィーリアの言葉の意味が信じられなかったのだ。


「そういえば、お主はアイギスがあの森にある果物を食べるを見たことがなかったか。まぁ見れば分かる」

「は、はぁ……」


 ソフィーリアは少し前の自分を見るような優しい眼差しでシルヴィアを見ながら肩を叩いた。シルヴィアは意味が分からず、曖昧な返事をすることしかできなかった。


『えぇえええええええええええ!?』


 それから深淵の森に入ることになった森人族達は何度も驚愕することになった。なぜなら、そこで彼らはアイギスの異常さを自分たちの目で目撃することになったからだ。


 まず始めの驚愕は、森がアイギス達を迎えるかのようにアーチを作って森へと招き入れたこと。


 それは高位森人族ハイエルフや植物系の上位精霊などのほんの一部の存在のみが森に歓迎された場合に起こる現象。森人族にとってそれはもはや伝説と言われるような話だ。


 それだけで彼らはゴクリと唾をのむことになった。


 次の驚愕することになったのは、アイギスとソフィーリアの戦闘力。


 彼らのとって深淵の森は信仰対象を奉る森であるとともに、凶悪な虫モンスターが徘徊する自分たちでも手に負えない地獄のような場所。


 森はアイギス達が拠点に帰りつけるように一本道にしてくれたが、虫の意思はそれとはまったく関係がないため、彼らが何度もその一本道に迷い込んでくるのだ。当然そうなれば、獲物であるアイギスやソフィーリア、そして森人族達を発見して襲い掛かってくる。


「鬱陶しいなぁ」

「カッ……うむ。仕方あるまい。奴らは本能で襲ってくるのであろうからな」

『……』


 それを涼しい顔で殲滅していく二人をみて森人族達は言葉を失っている。シルヴィアは見たことがあるため、他の同胞たちに比べて衝撃は少なくて済んでいるが、それでもやはり何度見てもなかなか慣れない現実であった。


 ただ、出発前のソフィーリア同様、同胞たちに同情するような生暖かい視線を送っている。


「あぁ~、うっま」

「その果物をそんな風にうまそうに食う奴はお主をおいて他にはいないであろうな」

「ほんなあけないあろ」

「食べ終わってから話をせい」


 そして極めつけは毒性が高い果物を食べながらソフィーリアと会話をしているアイギスを見たことだった。


『え!?』

『あっ!?』

『はぁ!?』


 森人族達もソフィーリアと同様に深淵の森の果物や木の実の多くに非常に強い毒性があることを知っていた。


 そんな果物を食べながら平然としているアイギスが信じられなかったのだ。


「実は毒がないんじゃないか?」


 アイギスがあまりに普通に食べているので、実は毒がない果物なのではないかと考える森人族が何人もいた。


「zzz」

―ビクッビクッ

「ウヒャヒャヒャヒャッ」


 それらは自分もアイギスと同じ食べ物を食べた。その結果は案の定、ある者は数カ月眠ることになり、またある者は数カ月体がマヒした状態になり、またある者は数カ月笑いっぱなしになってしまった。


 流石に死に直結するような果物や木の実は食べさせなかったし、森人族達ももう食べようなどとは言わなかった。


『この人には絶対に逆らわないようにしよう』


 森人族達はアイギスの異常性を目の当たりにし、その心を一つにするのであった。

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