第062話 苦労人シルヴィア(第三者視点)

 数日後、森人族エルフの森に行くことになったアイギス達は、朝に必要になりそうな物資をソフィーリアの亜空間倉庫に詰め込み、彼女が離着陸用にそのままにしてある広場に向かった。


 そこには今回森人族の森に連れて行ってくれるシルヴィアとお付きの二人の森人族が待っていた。


 それ以外の森人族たちは、作物の納期は待ってくれないので、いつものように農作業に従事してもらうため、シルバーフェンリルやチャチャ、シャイニングバード達とともに留守番として居残りである。


 勿論、移動に時間が掛からないようにソフィーリアが空を飛んで森まで連れて行ってくれるので、彼女の背中に乗ることができる人数が限られているから、という側面もある。


 ただ、シルヴィアとお付き以外の者まで乗せるとなると、誰が行って、誰が残るのかということで揉める可能性があったため、全員居残りとしたということだ。


 お付きたちは自分のお付きということを理由に使うことで、ギリギリ他の森人族たちを納得させることできるので同行を許しているのである。


「待たせたな」

「いえ、今来たところです」

「なにを言って……モガモガ」

「ふざけな……モガモガ」


 アイギスがその場にやってくると、シルヴィアが返事をする。


 しかし、シルヴィアはしばらく前からすでにこの広場にて待機しており、アイギスが来たのは随分と時間が経ってからだ。


 お付きの森人族たちはそれを知っているために抗議しようとするが、シルヴィアの手によって口を塞がれてしまう。


 余計なことを言わないで!!


 それがシルヴィアの偽らざる本音であった。


「だ、大丈夫か?」

「あははは……。は、はい、大丈夫です」


 その様子を見ていたアイギスは心配になって尋ねるが、シルヴィアは苦笑いを浮かべながら、お付きたちを締め上げつつ返事を返す。


「そ、そうか。今日はよろしく頼む」


 アイギスはその鬼気迫る様子にそれ以上突っ込むのは止めて、今日の案内を改めて頼んだ。


「いえ、こちらこそ、ソフィーリア様にはお背中に乗せていただけるとのことでありがとうございます」

「うむ。気にするでない。美味い飯のためだ」


 シルヴィアは頭を下げながら、ソフィーリアにも礼を言うと、ソフィーリアは鷹揚に頷いた。


『それでは乗るがいい』


 ソフィーリアが這いつくばるように体を下げると、アイギスが最初に飛び乗り、シルヴィアたちがその後を追って背に降りたつ。


 きちんと自分の背に乗ったことを確認したソフィーリアは、バッサバッサと翼をはためかせて徐々に高度を上げた。


「そ、空を飛んでる……」


 シルヴィアは初めての体験に、恐る恐る下を見下ろすと、自分は確かに空を飛んでいることを実感するのであった。


 お付きたちはシルヴィアのようにはいかず、空を飛ぶことの恐怖でソフィーリアの背中に必死にしがみついてガクガクと体を震わせている。


 それから背中に乗ることたった一時間ほどで森人族の森へとたどり着いた。


「空の移動がまさかこれほど早いとは……」

『……』


 森の前で呆然となるシルヴィアと真っ青な顔になっているお付き達。


「ここがエルフの森か。深淵の森と比べると明るいな」

「あそこは森の内部にほとんど日が差さないからな。こっちの森は適度に木々の間に隙間があって光が差し込んでいて、自然な空間であることが分かる」


 それとは対照的に、面白そうな笑みを浮かべてアイギスとソフィーリアはその後ろで森人族の森の感想を述べる。


「そ、それでは、早速ご案内したいと思いますが、準備はよろしいですか?」

「ああ」

「うむ。問題ない」

「分かりました。こちらです」


 ハッと我に返ったシルヴィアが先導して森の中へと足を踏み入れた一行。


 中は先ほどソフィーリアが述べていた通り、深淵の森のように不自然さが感じない、いかにも普通の森といった様相を呈している。


 しかし、実際は深淵の森ほどではないが、精霊魔法による迷いの結界が張り巡らせており、森人族以外が彼らの里にたどり着くことはほぼできないと言っていい。


 勿論誰とは言わないが、規格外の存在は当てはまらない。


 それから歩き続けること数時間後。


―ヒュンッ

―キンッ


「ん?弓矢が飛んできたな」

「どうやら我らが歓迎されていないようだぞ?」

「そ、そんなことありません。少々お待ちください」


 どこからともなく飛んできた矢がアイギスに当たってぽとりと地面に落ちた。その様子を見ていたソフィーリアが不機嫌そうに述べる。


 アイギスとソフィーリアが不快そうにしているのを見て、シルヴィアは身も心も凍るような思いを抱いた。


「止めなさい!!彼らは私が連れてきた客人です。いきなり攻撃するとは何事ですか!!」

「姫様が人間に捕まり、脅されているぞ!!打ち取れ!!」

『おおー!!』


―ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッ

―キンッキンッキンッキンッキンッキンッ


 シルヴィアが止めるように指示を出すが、それが何故かおかしな誤解を生み、聞く耳を持たなくなった森人族たちから数十の矢がアイギスとソフィーリアに向かって飛来する。


 しかし、その悉くがアイギスによって受け止められ、矢がその場に落ちるだけであった。


 こいつら何してくれとんじゃぁあああああああ!!


 シルヴィアはそう叫びたい気持ちでいっぱいになった。


 それと同時にアイギスの異常な防御力を確認して、戦闘というより具体的な形で見せ付けられたことにより、一層どうにかしなければならないという気持ちが湧く。


「歓迎されないようなら俺たちは帰ってもいいんだが?」

「い、いえ、そのようなことは決して!!」


 アイギスとしては無理に挨拶しようと思わない。コッメさえ手に入ればそれでいいのだ。


 しかし、シルヴィアはその言葉を、森人族なんてもう知らないぞ、という拒絶と受け取った。


「ぐわぁ!?」

「姫様何を!?」

「うるさい!!」


 焦ったシルヴィアはすぐさま隠れている森人族たちを全滅させ、アイギス達から少し離れた一か所に集める。


「いいですか。あの方たちはとんでもない強者。一人はベヒモスさえ従える人間。もう一人は人間でさえなく、竜の、しかも人間に変身できるほど力を持つ高位の竜です。これ以上あの方たちに敵意を向けてはいけません。あなたたちの攻撃が全く傷を負わせることもできなかったことからも分かるでしょう。それに、あの方々がその気なら今頃の死んでますよ?」


 シルヴィアは森人族の森でもかなり上位の実力者。普通の森人族程度が束になっても叶わない。


 その彼女が脅しをかけながら伝えると、森人族たちはガクガクと首を縦に振った。


 彼女は分かってくれたようなので拘束を解いてやる。


「先ほどは申し訳ございませんでした!!」

『申し訳ございませんでした』

「いやいや、気にしないでくれ」

「そうだ。行き違いの一つや二つよくあるものだ」


 アイギスに攻撃した森人族が謝罪すると、後を追うようにその後ろに立っている森人族達も頭を下げる。


 アイギスもソフィーリアもシルヴィアが説明することで状況を理解した。別に何も説明しなくてもアイギスとソフィーリアは全く気にしないのであるが。


「ここからは私たちが案内させていたきます」

「うむ。よろしく頼むぞ」


 アイギス達を襲った連中によって案内され、目的地であるシルヴィアの里へとたどり着いた。


 襲い掛かってきた連中と別れ、シルヴィアはアイギス達を連れて長老の家に入り口を潜る。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま戻りました。おじいさまへとりついてもらえますか?」

「かしこまりました」


 襲撃者の一人が先行して話しを付けていたため、スムーズに話が通り、この里で一番偉い人間と会うことが出来る。


「シルヴィアよ、よくぞ戻った。しかし、なぜ人間の奴――ブホォッ!!」

「少々お待ちを!!」

「あ、ああ」


 一番奥の間に通されるなり、初老に差し掛かった程度の容姿が整った森人族が座っていた。


 奴隷とかとんでもないことを口走ろうとしてんじゃねぇ!!


 しかし、その森人族が歓迎の言葉の後にとんでもないことを言おうとしたので、心の中で悪態をつきながら実力行使を行って気絶させてしまった。


 そしてすぐにアイギス達に断りを入れてずるずると引きずりながら奥の部屋に連行されていく。


「いいですか?おじいさま。あの方たちは――」


 先ほど言い聞かせたようにしっかりと言い含めるシルヴィア。時には肉体言語を使って無理やりにでも納得させることに成功した。


「ようこそおいでくださいました。アイギス様。私はこの里を預かるバルニースというものです。よろしくお願いいたします」

「あ、ああ、初めまして。アイギスという。よろしく頼む」

「我は竜皇ソフィーリア・オニキス・ドラクロアである。よしなにな」


 尊大な態度はまだ残ったままだったが、今の所は害意はなさそうなのでアイギス達は挨拶しあって握手を交わす。


「はぁ~……」


 邂逅した三人の様子を一歩引いた所から見たシルヴィアは、ひとまずこれで一安心とひどく疲れた表情でため息を吐いた。


 しかし、彼女の胃はキリキリと絞られているような感覚を残したままであった。

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