第043話 驚愕した詐欺師は殺したい(第三者視点)

―ビクリッ


 一人のひげ面のいかにも悪人ずらの中年の男は、街の中であり得ない人物を視界にとらえ、体を震わせた。なぜなら、自分の見立て通りならその男はすでに死んでいるはずだったからだ。


 その男は自分が一月ほどの前に騙した人物だ。しかし、なぜか生きていてしかもこの街に居る。彼の名前はヴォッター・クーリ。悪徳不動産屋を営む商人であり、彼が騙した人物とはアイギスのことである。


「いったい何しに戻ってきたんだ……?」


 ヴォッターはアイギスの姿をうかがいながら、この街にやってきた理由を考える。


 最も考えられる理由は、自分への報復。


 その考えに至った彼はすぐに横道に入って身を隠す。


「あれはカーン商会?どういう繋がりだ?しかし、もし俺のことがカーン商会にバレたら終わりだ」


 カーン商会は辺境の街で一番の商会であり、実は辺境だけでなく、この国の大きな町には必ずあるほどに、国でも上位に君臨する商会だった。日々の消耗品から食料、薬、酒、服、家具、家などそれはもう様々な商品を扱っていて、力はヴォッターと比べれば月とスッポンほどに開きがある。


 そんな大手の商会にしてみればヴォッターなどただのごみ屑のように吹き飛ばせる相手。何がどうなってカーン商会とアイギスが出会ったのかは分からないが、余計なことを言われてしまえば、カーン商会が持つ私兵に捕らえられ、アイギスのことを含む、今までの悪事が露呈し、商人としてはおろか、罪人もしくは奴隷として生きていく羽目になるだろう。


 アイギスにはそんな気持ちは一切ないが、ヴォッターはアイギスが街に来た理由を知らないし、アイギスのことを知りもしないので、後ろめたさから勘違いしてしまったのである。


「なんとかしなければ……」


 ヴォッターはひとまずアイギスたちを尾ける。アイギスたちは街の中を馬車で進んでいき、最終的にカーン商会へとたどり着いた。


 アイギスたちはエルヴィスに案内され、商会の建物の中に入っていった。


「エルヴィスがしきりに感謝している様子だったが、外で何かしたのか?まぁいい。とにかく変なことを吹き込まれる前に、あいつを殺っちまうしかねぇ」


 アイギスの居所を確認したヴォッターはその場を後にしてとある場所に向かった。


「いらっしゃい」


 ヴォッターがやってきたのはとある酒場。カウンターの中にいる渋い壮年の男が、ヴォッターをちらりと一瞥して言葉少なく挨拶をする。


「イルミナージュ・ワインを」


 ヴォッターは注文するなり、その注文とは不釣り合いな金額の硬貨を二枚、酒場の店主の前に差し出した。


「ついてきな」


 その硬貨を見た店主は、店員にその場を任せ、普通客が入れないであろう店の奥へとヴォッターをいざない、ついてきたヴォッターを先導して進んでいく。


 レンガ造りの狭い通路を進んでいくと扉があり、その扉の先には螺旋階段があって、その階段へと伸びていた。酒場の店主はランタンに火を灯らせて降りていく。


―コツッ、コツッ、コツッ


 二人の足音が木霊する。


 数十秒ほど螺旋階段を下りた先には厳重な新たな扉が顔を出した。


―コンコンッ

―コンコンコンッ

―コンコンッ

―コンコンコンッ


 二度ほど同じやり取りを繰り返したら、頑丈そうな扉についた窓のような部分が開き、容姿がよく見えないが、その目はもっと近くに来いと物語っていた。


「ラニーロ」

「ヴォルセラ」


 店主と中にいる人間が言葉短くやり取りを行ったら、中の扉番がガチャガチャと音を鳴らしたのちにギギギーと扉が開いていく。


「俺はここまでだ」

「分かった」


 店主がヴォッターが横を通り過ぎる際に肩に手を当てて上に戻っていった。


 扉を開けた、頭の先からつま先まで真黒な服装を身に着けた男が、声を出すことなく、ヴォッターを顎で奥の方を示しめす。


 ついて来いということだ。


 ヴォッターは何を言うこともなく。その怪しい服装の人間の後をついていく。


 ほの暗い灯りしかない廊下を進んでいくと、その奥には両開きの立派な扉があり、そこには見張りの男と同じような黒づくめの服装をした門番が立っていた。


「客だ」

「通れ」


 見張りの男が門番に手短に告げれば通行の許可がおりる。見張りの男とヴォッターはその扉を開けて中に入った。


「お頭、客を連れてきました」

「そうか。持ち場に戻っていい」

「はっ」


 中は執務室に近い一室で、その机には黒装束で顔を隠して書類仕事をしている人間が一人。彼は見張りの男を退室させた。


「ようこそ暗殺者ギルドへ。依頼か?」

「ああそうだ」


 こんな場所にあったのは暗殺者ギルド。対象の調査なども行ったりするが、その名の通り、主に誰かの殺しを依頼する場所だ。


 お頭は端的にヴォッターがここを訪れた理由を念のため確認をとると、ヴォッターから予想通りの答えが返ってくる。


「誰をやればいいんだ?」

「アイギスという男を殺してほしい」

「了解した。相手の詳細を教えてくれ」

「分かった」


 ヴォッターは暗殺者ギルドのギルドマスターにアイギスの容姿や特徴を伝え、アイギスの暗殺を依頼するのであった。

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