第042話 久しぶりの街

 俺とソフィは馬車の荷台に乗り、御者席にいるエルヴィスさんと話をする。


「へぇ、小さな村への行商か」

「はい。そういう村は行商人がいないと立ち行かないところが多いので、店は息子に任せられるようになりましたから。道楽もかねて行っているんですよ」

「そうなのか。でも、そういうところだと赤字になったりするんじゃないのか?」

「そうなんですが、私はできるだけそういう人たちの役に立ちたいんですよ」

「それは立派な考えだ」

「ありがとうございます」


 エルヴィスさんはどうやら小さな村々に物々交換で行商をして物資を提供しているらしい。あの不動産屋と違ってとても素晴らしい商人だと思う。


 ダンジョン都市では俺が買いに行ったことのある店で騙されたことがなかったのも俺が騙されてしまった理由の一つかもしれない。いや、もしかしたら多少ぼったくる程度のことは日常的にされていたのかもしれないが。


「つかぬことをお伺いしますが、アイギスさんはどちらで牧場を経営されているのでしょうか」


 話をしている間に俺の自己紹介も済ませたが、そういえば俺がどこに住んでいるか話していなかったな。


「ああ。俺は辺境の街から西に二週間ほど歩いた先にある、何もなかった平地で牧場をしている」

「~~!?」


 俺が答えた途端、エルヴィスさんが振り向いて口をあんぐり開けて驚いた。


「えっと……まさかそこって無の大地って呼ばれてますか?」


 エルヴィスさんが恐る恐る俺に尋ねる。


「そうらしいな」

「あそこはとても牧場に向いた土地ではなかったと思うのですが……」


 俺が特に気にせず返事をすると、言いづらそうにするエルヴィスさん。


 やっぱり俺は騙されていたらしい。

 第三者からの話を聞いてそれは確定した。

 だからといってあの不動産屋の店主にこちらから何かしようとは思わないが。

 今は牧場できてるしな。


「いいや、今ではあそこは牧場に適した土地になっておるぞ」


 俺の代わりにソフィが返事を返す。


「ど、どういうことですか!?」

「今、あそこには大地から水が湧き出し、大樹が聳えたち、畑に適した土壌もあるのだ」

「そんなことがありえるのですか!?」


 慌てたように尋ねるエルヴィスさんに、ソフィが無の大地の現状を伝えたら、さらなる驚愕を露わにした。


「うむ。我は嘘はつかぬ」

「まさか……そんな……」


 自慢げに答えるソフィに呆然となるエルヴィスさん。


 エルヴィスさんはとても信じられないといった顔をしている。この顔を見ていると、ソフィが無の大地が今の状態になっていることがあり得ないという話をしていたが、それも真実味が増してくる。


「ちなみにこれがその土地で育ったキャーベツだ」

「こ、これは!?」


 ソフィが亜空間倉庫から何気なく取り出したキャーベツを見て、エルヴィスさんは再び驚愕する。


「どうだ?なかなかいい出来であろう?」

「いやいやいや、いい出来なんてものじゃないですよ!?こんなに瑞々しく、パンパンに実が詰まっている美しいキャーベツは見たことがありません。これが無の大地で栽培されたというのですか!?」


 自慢げに語るソフィに、エルヴィスさんが捲し立てるように俺たちが育てたキャーベツの素晴らしさを語ってくれた。


 初めて作った農作物だけに褒めてもらえるのは凄く嬉しい。


「うむ」

「まさか……そんなことになっているとは……。ということはお売りになりたいというのは、今のキャーベツのような農作物ということですか?」


 満足したソフィはキャーベツを亜空間倉庫にしまうと、エルヴィスさんが俺たちが販売したいものを確認してきた。


「そうだな。現状ではある程度の農作物を販売する予定だ」


 できれば牛乳や卵といったものも売りたいが、現状はまだ牧場が安定していないので、もう少ししたら考えたいところだ。


「そうですか。ぜひとも私の商会で取り扱いさせていただきたいですね」

「ぜひとも頼む」


 俺とエルヴィスさんは握手を交わした。


 それにしてもこの馬車を曳いている馬はエルヴィスさんが俺たちと話して何もしていないのに、きちんと町に向かって進んでいてなかなかすごいと思わざるを得なかった。


「あ、エルヴィスさん、おかえりなさい。あれ?護衛がいない?」

「ああ。ただいま。それが、途中で大きな盗賊団に襲われてね。やられてしまったよ」

「ま、まさかエルヴィスさんが雇うほどの手練れの探索者の護衛がやられたっていうんですか!?」


 護衛がいないことを訝しむ門番にエルヴィスさんが事情を説明すると、門番はそれほどの脅威がいることに対して焦ったように確認する。


「いや、今回は道楽みたいなものだから、費用もそこまで出せなくて専属じゃなくて臨時で雇ったんだが、盗賊がかなりの手練れであっという間にやられてしまったんだよ」

「ひぇ~、よくそれで無事ここまで戻ってこれましたね」

「ああ。それはこの人達が助けてくれてね」


 信じられないとでも言うように門番に、エルヴィスさんは俺とソフィを紹介してくれた。


「ん?あんちゃんはどこかで見たことがあるな」

「ああー!!無の大地に行った兄ちゃんじゃないか!!」


 西の門から入ったので俺が出て行く時に心配してくれた門番だったようだ。彼は俺を指を指して叫ぶ。


「どうも」

「生きてたのか!!」

「ええ、まぁ」

「よかったよかった」


 俺が生きていることをなんだか滅茶苦茶喜んでくれた。付き合いはほんの少しだったが、それだけ心配してくれたのかと思うと、なんだか心が温かくなる。


「とりあえずギルドに報告に行かなければいけないから行ってもいいかい?」

「え、あ、そうですね。どうぞお通りください」

「では」


 エルヴィスさんはこれ以上長くなる前に会話を打ち切る。門番はバツの悪そうな顔をした後、道を開けて通してくれた。


 俺たちは再び町に足を踏み入れる。エルヴィスさんが探索者ギルドに護衛の末路を報告した後、そのままエルヴィスさんの店まで案内された。


「でけぇ……」

「まぁまぁだな」


 そこにはお屋敷と言ってもいいような店が建っていた。


「ようこそ、カーン商会へ」


 エルヴィスさんは仰々しい態度で俺たちを店に迎えてくれた。

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