第044話 私は試されている(第三者視点)
店の中に案内されたアイギスとソフィーリア。
「うわぁ。沢山の商品があるなぁ」
「このくらいの商会であれば当然であろうな」
二人は中に入るなり、その品ぞろえに感嘆する。
店内は棚に様々な品物が並べられ、その一角には農作物もあり、アイギスは興味が惹かれた。買い物をしている人も多くいて、店の中はごった返しているとは言わないまでも、非常に繁盛していた。
「これ、少し虫が食っているね?安くならないかい?」
「それは申し訳ない。銅貨三枚の所、二枚でいいですよ」
商品のジャンルごとに会計をする仕組みになっていて、それぞれの持ち場の担当者が会計を行い、そこで客との割引交渉なども行われて、物凄く活気が溢れている。
「会頭、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま戻ったよ。何か報告すべきことはあるかい?」
アイギスたちが店に入るなり、一人の青年が近づいてきてエルヴィスを出迎えた。
その青年はエルヴィスによく似た容姿をしており、血縁関係を感じさせる。ただ、エルヴィスとは違い、まだ若いからか痩せており、そういう面では全く似ていない。
「今のところ大きな問題はありません」
「そうか、分かった。私はこの方たちと商談があるから引き続き頼んだよ」
青年からの報告に、適当に相槌を打ってその場を離れようとするエルヴィス。エルヴィスとしてはここに来るまでに見せてもらった農作物の商談をしたくて気が急いていたのである。
「はい。お任せください。ちなみにそちらの方々はどなたなのでしょうか?」
しかし、青年はエルヴィスの背後についてきているアイギスとソフィのことが気になり、エルヴィスに尋ねる。
エルヴィスが連れてきたのだからおかしな人ではないとが思うが、それでも青年にとっては全く初対面の相手。素性もこれまでの素行に関してもなんの情報もないので、職業柄もあってどうしても警戒せずにはいられないのである。
「ああ。実は帰りに大きな盗賊団に襲われてね。相手にもかなりの打撃を与えたんだが、こっちの臨時に雇った護衛は全滅。あわや私の命が危ないという時に、この方たちが助けてくれたんだ」
彼らが居なければ今自分がこの場にいることは叶わなかったとなんでもないことのように語るエルヴィス。しかし、彼としては本当にアイギスとソフィーリアには感謝していた。
「え!?そ、それはよくご無事で!!」
「この方たちに会えたのは本当に幸運だったよ」
思わぬ深刻な話題に青年は驚愕しながらもエルヴィスの無事を祝い、エルヴィスはアイギスたちが話しやすいように誘導した。
「アイギスという。元探索者で牧場を経営している。よろしく」
「ソフィだ。その牧場で厄介になっている。よしなにな」
アイギスとソフィーリアは簡単に自己紹介をする。
「これはご丁寧にご挨拶をいただきましてありがとうございます。私はこの店舗を任されているリビータ・カーンと申します。この度、会頭を、いえ父を助けていただき誠にありがとうございました」
「いや、たまたま通りがかっただけだから気にするな」
「うむ、その通りだ」
非常に低姿勢に挨拶し返すリビータに、二人は手と首を振った。
血縁関係を感じさせる二人は親子だった。
「それでも感謝せねば気がすみません。今後もよいお付き合いをさせていただきたいと思います」
「ああ、よろしく頼む」
アイギスとリビータはガッシリと握手を交わす。
「そちらにおかけください」
「失礼する」
リビータとの顔合わせのようなものが済むなりアイギスたちは応接室へと案内された。室内は一つのテーブルをはさむようにソファーが配置されていて、指示された一方のソファに腰を下ろすアイギスとソフィーリア。
そして反対側にエルヴィスが腰を下ろした。
「それでは早速商談といかせていただきましょう」
「ああ、よろしくお願いする」
「はい、それでは商品を拝見させていただけますか?」
すでにある程度話した後だったので腰を下ろすなり、商談を始める。
アイギスとしてはすぐに商売の話に移りたかったので、願ったり叶ったりといことですぐに話を進めた。
「うむ」
「はぁ~、馬車でも少し見させていただきましたが、収納魔法ですか。流石高位古代竜様ですな」
馬車では運転していたせいであまりきちんと見れていなかったが、改めて亜空間倉庫から今回納める野菜を見て、エルヴィスは感心するようにウンウンと頷く。
「そんなことはどうでもいいであろう。農作物をきちんと査定してくれればそれでいいいのだ」
「はい。拝見させていただきますね」
頬を少し赤らめて不遜な態度ををとるソフィーリアだったが、エルヴィスは満面の笑みを浮かべて農作物を手に取って査定を始めた。
「こ、これは!?」
エルヴィスは野菜をマジマジとみるなり、驚く。なぜなら信じられない鑑定結果が自身の目の前に表示されていたからだ。
エルヴィスは一代で今のカーン商会を作り上げた。その偉業に一役買ったのは『鑑定』のスキルだった。
『鑑定』は、掛けた対象の事を詳しく知ることができる能力で、農作物が持つその異常さも勿論知ることとなった。
鑑定結果では、消費期限が無しになっている事実。つまり腐らないということ。さらに食べるだけで魔力が回復する効果もついていた。そして品質が伝説級となっており、それは品質としての最高評価であった。
それはあまりに信じがたい内容だった。
「試しに食べてみてもいいぞ?」
「は、はぁ……。それでは失礼して……シャクッ……うっまぁああああい!!」
さらにソフィーリアに勧められて農作物を食してみると、エルヴィスはその余りのうまさに叫ばざるを得なかった。
「それで?おぬしはこのとんでもなく美味いだけの野菜をいくらで買い取ってくれる?」
「それは……」
ソフィーリアは挑戦的な態度でエルヴィスに値段を尋ねたが、彼はすぐには答えを出せなかった。
なぜなら、ドラゴンであるソフィーリアに自分が試されていると感じたからだ。
品質が高くて腐らず、魔力回復効果まである野菜だ。それを変な値段で買い取ったら即座の目の前の少女に縊り殺されてしまうだろう。
だから、わざわざ美味いだけなどと、そんな効果があるなどとは微塵も思っていないような言い回しをしたのは試験だと考えたのである。
安く買いすぎれば死、高く買いすぎれば売れなくて大損。しかし、どちらがいいかなど当然すぎる話だった。
エルヴィスは盗賊に襲われた時とはまた違った命の危機にブルリと身震いした。
ただ、ソフィーリアは実は鑑定スキルなどもっていないので、純粋にとんでもなく美味い農作物に変な値段を付けたらただじゃおかないぞという意味合いを込めていたのだが、エルヴィスが彼女の気持ちを知ることはない。
「これほどの美味い農作物とはあったことがありません。一つ銀貨四十枚ではいかがでしょうか?」
「えぇええ!?」
エルヴィスは意を決して値段を告げた。一個四十枚。農作物が普通銅貨数枚から数十枚でやり取りされることを考えれば、その価値は数十倍から数百倍。そして農作物が一種類につき、数百個あることを考えれば、今回の売却額は金貨百枚はくだらない。
アイギスが冒険者を辞める時の全財産が金貨十枚ほど。それを考えればどれほどの価値が付いたのか一目瞭然だった。
「や、安すぎますか?」
アイギスのリアクションに恐る恐る尋ねるエルヴィス。
「いやいやいや、高すぎますよ?何かの間違いじゃ?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。この農作物にはそれだけの価値があります。この金額で問題ないのならぜひお売りいただきたいです」
アイギスが満足している様子に第一関門は突破したと少し安堵したエルヴィス。
しかし、気は抜けない。何故ならそのアイギスの反応さえ試験のための演技かもしれないのだから。
「はぇ~、ぶったまげた。俺はその金額で何も問題ないよ。ソフィもそれでいいよな?」
「まぁよかろう。今後の売れ行きに応じて要交渉としてもらいたいがな」
「それはもちろんです。……はぁ……」
アイギスがソフィーリアに尋ねて、事なきを得たことでエルヴィスは思わず、心労から深くため息を吐いた。
百戦錬磨の商人も、自分より圧倒的上位の存在の前ではただの一般人であった。
こうしてアイギスの初めての野菜販売を無事に終わりを告げたのである。
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