第003話 人生の恩人

 ここに戻ってくるのも久しぶりだな。


 俺は目の前にある建物を手で庇を作って眺めた。


 探索者ギルドを後にして宿屋で一晩を明かした俺がやってきたのは、成人するまで世話になった孤児院だ。


 俺は小さな頃にこの孤児院の前に捨てられていたらしい。それからはずっとここを経営する父さんと母さんに育てられた。二人にはとても感謝している。


 早く大きくなって恩返ししたいと考えていた俺は早く働きたかった。だから、アルバ達に探索者に誘われたのは渡りに船だった。


 年齢を重ねてダンジョンに潜るようになると、ここに帰ってくる機会が減った。


 特に成人してからは戻ってくることはなかったが、ここが俺の帰ってくる場所だと言うのは間違いない。


 何も言わずにこの街から出ていくのは不義理だろう。


「あ、アイギスお兄ちゃん!!」

「ホントだ!!」

「久しぶり~!!」


 俺が敷地内に入るなり、洗濯物を干していた比較的年嵩の子供たちが集まってきて話しかけてくる。


 俺が戻らなくなって数年。彼らもすっかり大きくなった。


「おう、久しぶり。大きくなったな。元気してたか?」

「うん!!」

「私はもうお仕事してるんだから!!」

「私も畑を手伝ってるもん!!」


 俺が頭を撫でてやると、皆嬉しそうに自分の事を話す。


 年長の子供たちがはしゃいでいる様子を見て、小さな子達は不思議そうに俺の顔を見つめていた。


 あの子達はどうやら俺が出て行ってから引き取られた子供たちのようだ。


「サリーおねえちゃん、この人だりぇ?」


 その中の一人が、俺に話しかけてきた子供の一人であるサリーの服の裾を引っ張って尋ねる。


 舌ったらずな喋り方が凄く可愛らしい。


「んっとねぇ、アイギスお兄ちゃんは私達同じようにこの孤児院で育った人だよ。私達がご飯がいっぱい食べられるのはアイギスお兄ちゃんのお陰なんだから!!いつもありがとうお兄ちゃん!!」

「そうなんだ!!ありがとうおにいちゃん!!」


 サリーは小さな子に教えるように話してから俺の方を見て礼を言うと、小さな子も真似して俺に礼を言ってひまわりのように元気いっぱいな笑顔を見せてくれた。


 サリーはあんなに小さかったのに、今では教える側か。本当に感慨深い。それにやっぱり人に感謝されるっていいな。


 俺が貰っていた報酬を出来るだけ探索者ギルド経由で孤児院に寄付していたんだが、母さんは子供たちに言い聞かせていたようだ。


 母さんらしい。


「気にするな。俺は父さんと母さんに恩返ししてるだけだからな」

「うん!!私も恩返しするの!!」

「私も!!」


 俺が照れてるのがばれないように二人の頭を撫でて誤魔化すと、二人も俺と同じ気持ちだと教えてくれた。


 小さい子はサリーの真似してるだけだろうけど、サリーは本当にそういう気持ちをもっているみたいだ。


 それは俺も嬉しい。


「それで父さんと母さんにちょっと話があるんだけど、いるか?」

「えっとお父さんは出かけてる。お母さんは院長室にいると思うよ」

「分かった。ありがとな」


 俺は父さんと母さんの居場所を確認した後、孤児院の中に入って院長室を目指す。


―コンコンッ


「入ってきなさい」


 部屋の前に辿り着き、ノックをすると懐かしい声が聞こえた。


 それは紛れもなく俺の知る母の声だった。


「あら珍しい。久しぶりだねぇ。アイギス」


 読み物をしていたらしい母さんが顔を上げ、眼鏡を外してこちらを見る。


「ああ、母さん久しぶり」

「今日はどうしたのかしら?一人みたいだけど」


 お互いに久しぶりの挨拶を交わすと、母さんが辺りをきょろきょろと見回しながら俺に尋ねる。


 はぁ……あまり言いたいことではないけど。


「ああ、それなんだけど……」


 俺は伝えたくはなかったが、母さんに昨日の出来事を話した。


「はぁ……あの子達にはその辺もきちんと教えていたつもりだったんだけどねぇ。ごめんなさいね」

「いや、母さんのせいじゃないから頭を上げてくれ」


 俺の話を聞くなり母さんが俺に頭を下げるが、俺はすぐに頭を上げさせる。


 母さんの責任なんて一切ない。そういう行動をとったのは幼馴染たちだし、ちゃんと意思疎通を図るべきだったのに諦めたのはこの俺だ。


 悪いのは俺も含めた全員だ。


「それで、これからどうするつもりなんだい?」


 探索者を止めた俺の今後の予定を尋ねる母さん。


 無職になった俺を心配してくれてるんだろうな。


「えっと母さんと父さんには悪いんだけど、どこか遠くで静かにのんびり暮らしたいんだ」

「あぁ、やっぱり」

「え、分かってたのか?」


 俺の答えに予想通りといった表情の母さん。俺は思わず問い返す。


 俺は一度もそんなそぶりを見せたことも話したこともなかったはずなんだけどな。


「そりゃあ親だもの。あなたは普段あまり動じないけど、畑仕事や動物の事になると目を輝かせていたものね」

「はぁ~、やっぱり母さんには頭が上がらないな」


 母さんは胸を張って微笑ましそうに俺を見ながら、俺が小さかった頃のことを語る。すっかりお見通しだったので、俺は恥ずかしくなってため息を吐いて頭を掻いた。


「ちょっと待ってなさいな」


 ふと母さんはそう言ったきり、俺を置いて一旦部屋を出ていく。


 それから数分程して母さんは戻ってきた。


「アイギス、これを持っていきなさい」


 母さんが拳くらいの小さな袋を八つ抱えて持ってきて俺に手渡す。


「これは?」

「キャーベツ、セリロ、モロコシー、トメッツ、アマイモ、マルネギ、レンコーン、ディーコンの種よ」

「いやいや、この種ってこれから先の分の種だろ?受け取れないよ」


 俺の質問に答える母さんだが、その八つは毎年孤児院でも育てている農作物の種だ。そんな大事なモノを受け取るわけにはいかなかった。


「バカだね。一杯実らせて、それを売ってお金にして、仕送りしろって言ってんだよ」


 母さんは困り笑いを浮かべて俺の胸に種を押し付ける。俺は慌ててそれを落とさないように抱えた。


「~~!?」


 それはただ俺に種を渡す為だけの中身のない口実。俺は母さんの気遣いが嬉しくて目頭が熱くなり思わず俯いた。


「大の男が泣くんじゃないよ!!」


 母さんが手のかかる子供を見るみたいな目で俺を見る。


「立派な野菜を育てて必ず仕送りしてみせるよ、母さん」


 俺は思わずあふれ出てきた涙をこすってから頭を上げて返事をした。


 母さんは口実のつもりかもしれないが、俺は絶対に仕送りできるようになってみせると心に誓った。


「分かった。期待して待ってるよ」

「ああ。それで、父さんはいつ帰ってきそう?」


 出来れば父さんにも一言報告してから行きたい。


「ちょっと出稼ぎに行ってるから暫くかかるはずだよ。だからアイギスは気にせず行きなさいな」

「分かった。父さんにも宜しく伝えておいてくれ」

「ああ、伝えとくよ」


 暫く帰ってこないなら仕方ないか。

 父さんも分かってくれると思う。

 昔からそういう人だったからな。


 俺は母さんへの挨拶を終えると孤児院を後にした。

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