第016話 迷いの霧?いや霧すら見えないんだが……

「すげぇ!!地面があんなに遠いぞ!!」


 俺はダンジョン内でも見たことのない上空からの景色に思わず興奮する。


 先程まで居た何もないだだっ広い平地は、上から見ると異質感があった。森と海と山に囲まれているのが見える。これから向かう森はかなり大きく、収穫が期待できそうだ。


 それにしても、太陽に照らされた海も山も川も平地もキラキラが輝いていて凄く綺麗だ。


『ふははははははっ。そうであろうそうであろう。我は凄いのだぞ』


 俺の反応が良かったのか、ソフィは満足気な声色で高らかに笑う。


「ドラゴンはいいなぁ。自分で空が飛べて。俺も自分で飛べないかな」

『ふはははっ。流石にそれは無理であろう。我が背中に乗せてやる故、それで我慢するが良い』


 俺が羨ましそうな気持ちを多分に載せて話すと、ソフィがおかしそうに笑った後で俺を諭す。


「でも、元気になったら帰るんだろ?」


 折角出会えた相手ではあるが、ソフィにはソフィの生活があるからずっとここにいるわけにもいかないだろう。


『そうだな。でもはここに留まるから心配するな。まだ本調子じゃないからな』

「そうか、それならまた乗せてくれよな」


 一週間か、二週間か、それは分からないが、居てくれるらしい。


 二週間程一人旅をしたせいか、少し寂しいと思っていたが、少しの間でも話し相手がいるというのは悪くない。ドラゴンは人間と違って搾取するために騙したりもしなさそうだしな。


『今まさに飛んでる最中に次の催促か?まぁい。その時は任せるがいい』

「ああ、頼んだぞ」


 俺達はほんの少しのあいだ会話を交わしただけで森にたどり着いてしまった。


 空を飛ぶと、拠点からは遠くに見えたあの距離も一瞬で済むのか。


 俺は移動スピードの速くに驚愕した。


「それにしてもまさか深淵の森に入ることになろうとは……」

「どうしたんだ?」


 森を前にして人間の姿になり、ローブを羽織って難しそうな顔をしているソフィを見て俺を不思議そうに尋ねる。


 この森がどうかしたのだろうか。


「この森は古い精霊の領域だ。中に入れば常に深い霧に覆われ、入るものを惑わせて下僕共の餌にしようとする。絶対気を抜くでないぞ。ここの輩に負けるつもりはないが、我でもあまり近づきたくない場所だ。今更だが、本当に入るつもりか?」

「食べるものがないしな。来る途中の森はそれほど大きくなかったし、そんなに食べ物もありそうになかった。それに比べてこっちの森はかなりデカそうだったし、実りも豊かそうだからな。食べ物探すならこっちの森だろ。他に行くところもないし、仕方ないさ。危ないならソフィは拠点で体を休めて待っていてくれていい」


 ソフィが脅かすように森の情報を語ってから俺に問いかけるが、俺は肩をすくめながら返事をした。


 ソフィに別の所から食料を調達してもらうのもなんだか悪いし、今は森に行くのが無難だろう。ただ、ソフィは本調子じゃないみたいだから、無理してまで森の中までついてきて欲しくはない。


「馬鹿を言うでない。助けてもらった礼だ。我も一緒に行ってやる」

「無理はしてないよな?」

「この程度、ドラゴンにとって無理の内に入らぬ」

「そうか。それなら良いんだ。ありがとな」


 しかし、少し不機嫌そうに憮然とした態度だが、協力を約束してくれた彼女に、俺はニコリと笑って感謝を告げた。


「き、気にするな。我がやりたいからやっているだけだ」


 ソフィは頬をほんのりと染めてそっぽを向いた。


 ドラゴンも照れるんだな。


 俺は新しい知見を得た。


「それじゃあ、行こうか」

「うむ」


 俺達は森の中に足を踏み入れた。


 しかし、それなりに森の中に入り込んできたが、ソフィが言っていたような霧が発生している様子はなく、どこまでも普通に見える。


「おーい、ソフィ、霧ってどこから出るんだ?」

「……」


 俺は不思議に思ってソフィに問いかけるが、返事がない。俺は辺りを見回すと、彼女はどこかへフラフラと進んでいた。


「おい、ソフィどうしたんだ?」

「ん?アイギスか。どこに行っていたんだ?はぐれないようにな」


 俺は慌ててソフィの後を追いかけて肩に手を置いて話しかけると、ようやくソフィに俺の言葉が届く。


「はぐれないようにもなにもどこかに進んでいたのはソフィだぞ?」

「なんと!?……どうやら我でもこの霧の中では感覚がおかしくなるらしい」


 俺が状況を説明すると、ソフィは驚きながら自分の置かれた状況を理解する。


 しかし、ソフィはさっきから何を言っているんだ?

 俺には一切霧など


「俺には霧が見えないんだが、ソフィには霧が見えているのか?」

「何を言っておる。こんなに真っ白ではないか」


 俺の質問に訝し気な表情で答えるソフィ。


 一体どういうことだ?


「俺には霧なんて見えないぞ。普通の森にしか見えん。だからソフィがどこに行っているのかも見えた」

「……お主は本当に人間か?」


 俺が見えているものを説明すると、何故かソフィに疑いの視線を向けられた。


「失敬だな。俺は正真正銘人間だぞ」

「お主は少々自分がおかしいことに気が付いた方がいいぞ」


 ぶすっとした表情で返事をしたら、呆れた表情で言い返される。


「どこがだよ」

「全部だ」


 俺のどこがおかしいんだ。どこからどう見たって唯の人間じゃないか。


 そんな意味を込めて聞き返したら、全否定された。


 解せぬ。


「俺はこれでも街では常識人で通ってたんだぞ?」

「信じられん……」


 俺の言葉にソフィは言葉を失った。


 全くなんでそこで驚くんだ?

 まぁいい。そんなことよりも今は食材探しが先決だ。


「ふむ。それなら、はぐれないように手を繋いでおいた方がよかろう」


 ソフィが俺に手を差し出す。


「な!?」


 俺はその手を握るのを躊躇する。


「なんだ?我の手を握るのは嫌なのか?」

「いや、そんなことはないが……」


 俺に不満気な様子で尋ねるソフィに、俺はまさか恥ずかしいなどは言えず、ただ首を振る。


 女の子の手を握るのが嫌なわけじゃない。

 昨日もそうだったが、慣れていないんだ。


「なら早く握るのだ」

「わ、分かった」


 俺は差し出されたソフィの手を恐る恐るぎゅっと握った。


 その瞬間ソフィの手を自分の手の内に感じる。その柔らか、その華奢さ、その温もりを。


 ソフィの手はドラゴンのようにゴツゴツしておらず、普通の女の子の手に違いなかった。俺は昨日とは違い、お互いの意志で手を握っているせいか、手から感じるその感触に、昨日以上にドキドキしてしまう。


「そ、それじゃあ、行くか」

「うむ」


 俺は出来るだけ意識しないようにしながら、手を繋いだまま森の奥へと歩き出した。


 手汗が吹き出しているのを感じながら。

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