第017話 侵入者を嘲笑う者(第三者視点)

「あらあら。どうやらまた愚かな生物が私の森に侵入してきたようですね」


 鬱蒼と茂る草木が支配する森の奥深くで、一つの生命体が侵入者を感知した。


 その生命体の前には、森の中に侵入してきた者の様子が、白い靄をスクリーン代わりにして映し出した映像のように浮かんでいる。


 その侵入者は、みすぼらしい衣服を身に纏い、ロクな装備もせずに森にやってきた人間と、ローブを羽織っているだけの角を生やした少女。それは森に食料を探しにやって来たアイギスとソフィーリアの事であった。


 その生命体は所謂精霊と呼ばれるもので、見た目こそ草木が大事な部分を覆い、衣服のように機能している二十代後半程度の美女に見えるが、半透明に体の向こう側が透けており、基本的には実体を持たない霊的な存在である。


 しかし、アイギスたちの侵入を感知した精霊は非常に古くから在るもので、しっかりとした自我があり、実体を持つことも、霊体でいることも自由自在なほどに力のある、最上位精霊と呼ばれる存在。


 彼女は植物の精霊であり、この森の植物たちやここに住む同族全てに命令することができる、いわばこの森の支配者、女王であった。


「くっくっく。また人間ですか……。性懲りもなく私の森に無断で入ってこようとは……。いいでしょう。私の森の糧にしてあげましょう」


 古い時代、人間とは仲良く交流し、森の恵みを分けていた時もあったが、精霊が善意で行っていたことであるにもかかわらず、徐々に人間が増長し、恵みが少なければ怒ったり、森の中に女王の許可なく踏み入って持ち去っていったりする者が現れはじめた。


 最初は話し合いで解決しようとしていたが、人間達の欲望は果てしなく、より沢山の価値ある植物を求めて理不尽な要求をしてきたり、嘘を着いて騙そうとしてきたりしてきたため、交流を断った。


 すると、人間は武力をもって森の中に入り込み、手当たり次第に植物たちを蹂躙しようとした。それは植物の精霊である彼女への宣戦布告。それ以来彼女は人間を敵と認識して、侵入者達はあっという間に森の糧にされてしまうようになった。


 それから幾度となく、格闘家、盗賊、兵士、探索者、冒険者、騎士などの力ある者が侵入してきては植物を奪い去ろうとしたが、精霊とはそもそも人間を超える超常の存在であり、その最上位の精霊に敵うはずもなく、全て敗れて森の植物たちの餌となった。


 以降、人間達は森に入ることを禁じたが、いくら禁じようともどうしても入ろうとする者はいる。


 そういった者がやってくる度に最上位精霊は森に棲む他の精霊や植物を使って状態異常を引き起こさせ、虫型のモンスターを植物によって誘導させることで殺させるなどの対処を行ってきた。


 今回のアイギスとソフィーリアもいつもと同じようにあっさりと森の藻屑となるはずであった。


「まずは二人を霧を少し濃くして分断しましょう」


 彼女の周りに浮かぶボンヤリとした光のいくつかが森に散っていく。霧の濃度をあげるためだ。


 この森の霧には視界を遮るだけでなく、幻覚を見せたり、方向感覚を狂わせたり、思考を鈍らせる効果があり、今まで森の外に帰りつけた者はほとんどいない。


 しかし、生き残った者もほんの女王の気まぐれによって解放された者たちであり、外から人を呼び込むための餌であった。


 森から帰還した者が希少な価値ある植物を持ち帰ったとなれば、アホな考えを持つ者達はこぞって森に一攫千金やその植物を欲して上の意向を無視してやってくる。


 そういった者達を釣るための広告塔なのである。


「ほら、早速二人とも離れ始めましたね、ふふふっ」


 二人がいつもの人間達と同じようにはぐれ始めたのを見てほくそ笑む最上位精霊。後はこのまま状態異常を引き起こす木の実や果実を彼らに食べさせればそれで済む……はずだった。


「え?」


 しかし、そこでありえないことが起こる。


 それはアイギスがはぐれたソフィーリアに向かって一直線に歩いていき、合流を果たしたのだ。


「一体どういうことでしょうか……」


 目の前に映し出されている光景に、最上位精霊である彼女は困惑することしかできない。なぜなら今まで一度だって同じシーンを見たことがなかったからだ。


 人間に自分たちの霧が破られるはずはない。


 彼女はずっとそう考えていたし、実際そうだったのだ、アイギスが現れるまでは。


 しかし、現実は目の前の結果として表れていた。


「あの人間は幻惑系の強力な耐性でも持っているのでしょうか。それに私も久しぶりの人間に少し濃度の調整を誤ったかもしれないですね」


 合流して話をする二人の様子を見て予測する。どちらも正気を取り戻し、普通の会話をしているように見えた。


「上等じゃないですか……。お礼にちょっとでも離れたら見えないくらいに霧の濃度を上げてあげましょう。さぞかし彼らも喜んでくれることでしょう」


 久しぶりで濃度を見誤ったと、二人が手をつないで森の奥を目指して歩き始めたのを見て、暗い笑みを浮かべながらそう断じる最上位精霊。


「聞いていましたね?すぐに森の内部の霧の濃度を最大まで上げなさい」


 彼女の周りに浮かぶボンヤリとした複数の光全てが頷くように上下に動くと、彼らは全員森に散っていった。


「さぁて、愚かな人間達が慌てふためく姿が楽しみね、ふふふふっ」


 最上位精霊は、目の前に浮かぶ二人の人間の末路を想像して妖艶に笑うのであった。


 しかし、彼女は知らなかった。これから起こる結末を。

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