第005話 美味い話には裏がある

「いらっしゃい」


 俺を出迎えたのは髭面で、まるで迷賊のような凶悪そうな見た目の男。


「土地が欲しくてきたんだが」


 この店主で大丈夫なのか少し心配になるが、俺は店主らしきその男の元に赴くと用件を述べた。


「そんなもん当たり前だろ。ここは不動産屋なんだからよぉ。あんたはどんな土地が欲しいんだ?」

「周りに人がいなくて、牧場や農場を営んで暮らせるような広くて自然にあふれた土地がいい」


 店主は俺の言葉に呆れるように返事をすると、土地の条件を俺に尋ね、俺は目的とする土地の条件を口にする。


「大きな土地となると、どうしても高くなるぜ?お前さんにそれ程の金が用意出来るのか?」

「金貨二十枚しかない」


 俺を上から下まで観察しながら訝し気な表情で尋ねる店主。


 おそらくみすぼらしい姿の俺が金を持っているかどうか疑っているのだろう。


 その目利きは正しい。


 生活できる分以外はほとんど仕送りして、碌に服も買わなかったんだからな。


 俺は解雇前の記憶を振り払うように首を振った後、正直に手持ちの金額を伝える。


「はぁ!?金貨二十枚だぁ!?そんな金で買える土地なんてあるわきゃねぇだろ!!」


 俺の持ち金を聞いて目の玉が飛び出すくらいに驚いて罵倒する店主。


 やはり最後の望みを掛けて入った店だったが、そんな美味い話はないか。大人しく探索者ギルドへ行こう。


 俺はすぐに気持ちを切り替える。


「そうか。他の店でもそう言われたんだ。やっぱりそんな土地はないよな。悪いな時間を取らせた」


 持ち合わせもない俺の対応をさせてしまったことを謝罪して、俺は店から出ていこうと店主に背を見せて入り口へと歩き始めた。


「おい、ちょっと待ちな!!」

「ん、なんだ?」


 しかし、直後に店主に呼び止められる。


 もう用はないはずだが……。


 俺は不思議に思いながら振り返った。


「そ、そういえば、たった一つだけだが、あんたに紹介できそうな土地がある」

「なんだと!?」


 なんだか言いづらそうにしながらも俺の条件に合う土地があるという。


 俺はあまりの驚きに店主に詰め寄った。


「うひゃあ!?」

「わ、悪い」


 カウンター越しとはいえ、俺が近づきすぎたせいで店主はひっくり返りそうになったが、それを食い止めて元の状態に戻しながら謝る。


「い、いや、気にするな」

「そ、それで、それはどこの土地なんだ?」


 店主は俺の追い払うような仕草をするので、逸る気持ちを抑え、少し離れて俺でも買えるという土地の情報を尋ねた。


「ああ。この街から西に徒歩で二週間程進んだ場所にある土地だ。そっちには誰も行かないから徒歩で行く必要がある。そこは人がいなくて、その土地のさらに西には森があり、北には山が、南には海がある、という自然に囲まれた場所だ」


 店主が古ぼけた地図を出して、今いる町から目的の土地の場所に指でなぞりながら移動させつつ、俺にその土地の説明をしてくれる。


「なんということだ。理想的じゃないか。本当にそんな土地が金貨二十枚で買えるのか?」


 その結果、その土地が俺の理想を体現したような土地であることが分かったが、流石に安過ぎはしないだろうか?


「本当だとも。ただ、その土地は国内の物じゃなくて、所謂国と国の間にある中立地帯のような場所にあるものだ。だから国の保護やなんかも受けられないということは覚えておいてほしい。その代り税もとられないがな。そういう訳で格安なんだよ」

「よく分からないが、国にも邪魔されないってことだろ?どこまでも理想的じゃないか。俺は一人で静かに暮らしたいんだ。最高の環境だよ」


 店主の説明を受けて俺はその土地をすっかり気に入ってしまった。


「おお、それは良かった。俺も紹介した甲斐があるってもんよ。それであんたは契約するってことでいいのかい?」

「ああ。そんなに理想的な土地はもう出会えないだろうし、他の奴に取られてしまうかもしれないんだろ?」


 店主が嬉しそうに笑い、俺に確認するので、俺は一も二もなく頷く。


 そんな土地は絶対逃したくない。


「そうだな。あんたが保留にしている間に他の奴が来たら、そいつに売っぱらっちまうだろうな」

「そりゃあそうだろう。そんなにいい土地なのに金貨二十枚で買えるなんて夢みたいな話だ。ぜひとも購入させてほしい」


 俺の予想を肯定する店主に俺はグイっと顔を近づけて契約を迫った。


「わ、分かった。それじゃあ、早速土地の権利書を持ってきて、売買契約書を作るから待っててくれ」


 店主は狼狽えた様子で俺から離れ、店の奥へと引っ込んでいく。


「勿論だ。一刻でも二刻でも待とう」

「そんなにかからねえよ!!」


 男は扉の奥から嬉しそうに顔を出して俺に言うと、奥から一枚の羊皮紙を持ってきて、棚から何も書いてない羊皮紙を取り出して、羽ペンにインクを付けて何やらを書き始める。


 詳しくはないけど、おそらく売買契約書ってやつだろう。少しだけ聞いたことがある。


「よし、出来たぞ」

「おお、そうか」


 店主が書類を書き始めて体感で四半刻ほどで、その書類を書きあげたようだ。


「それじゃあ、内容を読んで問題ないか確認してくれ」

「分かった」


 俺は店主に言われるがままに売買契約書の内容を読んでみたが、多分問題なさそうだ。おかしなことは書いてないと思う。


「問題ないようだな。それじゃあ、俺はあんたのことを気に入ったから特別にあの土地は金貨十八枚で売ってやるよ」

「え?いいのか?」


 顔を上げた俺にまさかの提案をする店主。


 俺は驚いて聞き返してしまう。


「ああ。住むには何かと物入りだろ?」


 ニヤリと笑って俺の事を心配してくれる店主。


「おお、本当か?助かる」

「へへへ、気にするな」


 俺は嬉しくなって彼に手を差し出すと、彼も照れくさそうに手を差し出して俺の手を握った。


「それじゃあ、ここにサインしてくれ」

「分かった」


 店主が金額部分に金貨十八枚と書き入れた紙とペンを渡してきたので、受け取ってインクを付けて名前を書き入れた。


「ああ。これで契約成立だ。支払いを頼む」

「分かった」


 俺は店主の好意に甘えて金貨十八枚を取り出し、店主の前に置いた。


「毎度あり。ほら、これが土地の権利書だ。大事にしろよ」


 店主は金貨が間違いなくあることを確認にした後で俺に古ぼけた紙を俺に手渡す。


「おお、ありがとう。良い買い物ができた」

「いやいや、こちらこそ。これからあんたの良い人生が良いものになることを願っているぜ?」


 権利書を受け取った俺は店主に感謝を告げると、彼は俺の門出祝福してくれた。


 予想以上に良い店主じゃないか。

 顔が迷賊みたいな悪人面だとか思って悪かった。


「ああ。静かで穏やかな生活を満喫してみせるよ」


 俺は心の中で謝罪した後、店主の祝福に応えて静かな生活を達成して見せると誓った。


「それじゃあ、気を付けてな」

「本当に色々世話になったな」

「気にするな」

「それじゃあな」


 俺は土地の権利書を懐に入れ、店主に感謝と別れを告げると、店の外に出た。


 しかし、俺は気づかなかった。


 俺の背を見つめる店主の顔が醜悪に歪んでいたことを。そして俺の前に待ち受けていた土地の現実を。

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