第006話 平和な世界の裏側(第三者視点)
「おい見てみろよ。また愚かな人間がやってきたぞ」
「本当だ。しかも一人なんて命知らずも良いところだな」
「今日はごちそうだな」
道らしい道もない草原の脇にある森の中で、人ではない者達が一人の男がやってくるのを見つけ、人間には聞き取れない言葉で餌がやってきたとほくそ笑む。
その原っぱを歩く者こそ、クーリ不動産にてこの草原のさらに先にある土地を購入した盾役の男アイギスであった。
彼は大きな背嚢を背負い、自分が購入した土地に向かってひたすらに西を目指して歩いていた。
その様子を森に潜む異形の者達が舌なめずりして見つめていたわけだ。
アイギスがその者達に気付く気配はない。
「へへへ、一番近くなったときに仕掛けようぜ」
「そうだな!!」
「早くこないかなぁ!!」
人ならざる者達は、自分たちが一番仕掛けやすい位置にアイギスが来るのを涎を垂らしながら今か今かと待ち構えていた。
アイギスは、また一歩、また一歩と彼らの狩猟範囲へと近づいてくる。
「ギョギョー」
しかし、後数十歩も歩けば圏内に入ると言う時に、そのアイギス目掛けて一匹の巨大なミミズのような生物が地中から姿を現し、背後から襲い掛かった。
そのミミズはこの辺りの草原に住むモンスターの一匹で、ヘルズワームと呼ばれる高ランクの探索者の戦闘力がなければ倒せないような怪物である。
―ガンッ
ヘルズワームはアイギスの背後から噛み付く。
しかし、防具を身につけていないにも関わらず、アイギスの背嚢に当たった音はまるで金属と金属がぶつかり合ったようだ。
考え事をしているアイギスは後ろから噛み付かれたことにも気づかずに歩いていく。
―ガンッ
―ガンッ
―ガンッ
幾度となくヘルズワームが襲い掛かるが、アイギスの体には傷一つつけることが出来ない。
流石のヘルズワームもその少ない知能で目の前のアイギスがおかしいことに気付く。そこでヘルズワームは攻撃方法を変え、酸の雨を降らせることにした。
―バシュッ
ワームの口から天に向けて酸がばら撒かれる。
「ギギギギギギッ」
ヘルズワームは歯をこすり合わせてしめしめと笑った。
―サーッ
「げっ!?雨かよ!?」
アイギスは突然降ってきた水滴に思わず外套のフードをかぶって駆け抜ける。
―シューッ
雨に触れた部分から煙が上がる。しかし、その酸の雨がそれ以上の被害をアイギスに与えることはなかった。
「あれ?もう止んだのか?」
すぐに止んだ雨に不思議そうな表情を浮かべるアイギス。
一体どうなっているんだ?
今までこれで溶けなかったモノなどいない。
ヘルズワームはそう考えたが、これ以上の武器があるわけでもない。だから再び後ろから噛み付くという選択をするだけだった。
―ガンッ
―ガンッ
―ガンッ
しかし、いくら噛み付いたところでアイギスが気づく様子はない。
アイギスは牧場を作ってどんな生活にするかという妄想に明け暮れていたため、ヘルズワームの攻撃に気付かないまま歩き続けていた。
「ん?虫か?」
ただ、流石のアイギスも何十発も攻撃を受けていると頭の後ろに違和感を感じて、頭をポリポリと掻く。
「気のせいか」
しかし、特に何もいないようなのでそのまま歩き出した。
「ギュギューッ」
「ん?」
暫く歩くと再び何か奇妙な音が聞こえたと思ったアイギスは、今度は振り返ると同時に裏拳を放った。
―ボンッ
拳が当たった瞬間にヘルズワームは一瞬で粉々に爆発し、その姿を消した。
「あれ?なんかいたような気がしたけど、おかしいな?」
アイギスは殴った手ごたえがあったにもかかわらず、周りに何もいないみたいなので首を傾げる。
「まぁ、何もいないなら気にしなくて良いか」
アイギスは深く考えることを止めて再び目的地目指して歩き出した。
「いやぁ。早くひっそりとのんびり暮らしたいなぁ」
これからの生活に思いを馳せ、アイギスの足取りは先程よりも軽やかになっていく。
そしてここはすでに異形の者達の狩猟範囲。
しかし、異形の者達が一行にアイギスを襲ってくる様子はなかった。
それもそのはず。
「あ、あいつ人間じゃないのか!?」
「あれだけ噛み付かれてなんで無事なんだ!?」
「ば、化け物!?」
彼らは自分たちのことは棚に上げ、人間であるアイギスがヘルズワームの攻撃を一切気に留めていない様子に怯え始め、森から出ることを躊躇ったのだ。
「あのにょろにょろ野郎を一発で倒すとかありえない!!」
「あれは人の皮をかぶった何かだ!!」
「襲ったら殺される!!」
極めつけにたった一発でヘルズワームを殺したことで、その凶悪な攻撃力も明らかになった。
彼らはそのあまりに恐ろしい光景に喚きたてる。
もう彼らの中でアイギスを襲って食ってやると言う気持ちの全ては綺麗さっぱりと消え去ってしまっていた。
「もしかしたらアイツがこっちに来るかもしれない」
「そうだな。森の奥に逃げよう」
「死にたくない!!急げ!!」
そして、アイギスがヤバい相手だと理解した彼らは、森の奥へと逃げ去っていく。
「ん?あっちの森に何かいたような気がするけど勘違いか?できれば猫みたいな可愛い動物だったら一緒に牧場に付いてきてもらうんだけどなぁ」
一瞬森の中で何かが動いたような気がして立ち止まって森をじっと見つめるアイギス。
彼は命を狙われていたなどとは露知らず、呑気な事を考えながら購入した土地を目指して再び歩き始めた。
これが外の世界が平和だという裏側。
ダンジョン都市から辺境に至るまでも同様に、森や近くに潜んでいた人を襲う生物たちは、アイギスの強すぎる気配に怯えて襲い掛かって来なかっただけであった。
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