第095話 相容れない二人(第三者視点)
「美味い!!」
簡素だが、それでいて質素ではなく、品の良い内装の室内で、一人の人物がテーブルの上にあった一つの料理を食べて喜びを爆発させた。
目の前の料理をどんどん口の中に入れては咀嚼しては飲み込み、あっという間に食べ終えてしまう。
それほどに目の前の料理は美味かった。見た目はあまり上品とは言い難いのだが、それを差し引いてもあまりの美味しさに手が止まらないほどに美味いのだ。
「む~、足りんな」
椅子の背もたれにもたれかかり、腹を撫でながら不満げに声を漏らす。少女としては今食べた料理をお腹いっぱい食べたくなった。
―リーンッ
その人物は上体を起こすと、テーブル上にベルを鳴らした。
「御用ですか、魔王様」
呼び出してに応じたのは白髪を湛えた老紳士。モノクルをしていてイケおじならぬイケ爺と言える容姿をしているが、その背には蝙蝠のような翼を生やしていて、人間ではないことが窺える。
「うむ。ジムナスよ、このTKGなるものをもっと食べたいのじゃ」
魔王と呼ばれた人物は尊大な態度で今食べ終えたばかりの料理を所望した。
彼女は椅子の上で足をプラプラさせる程度には体が小さく、ワインレッドの髪の毛をツーサイドアップにまとめ、金色の目が爛々と輝いている。どう見ても可愛らしい幼女でしかないのだが、彼女は魔族達を統べる魔王として君臨している存在だった。
「これは非常に珍しい食材を使用しておりまして、たまたま手に入れられた物なので難しいのでございます」
「それをどうにかするのがお主の仕事じゃろうが」
ジムナスは申し訳なさそうに恭しく頭を下げるが、魔王は不機嫌そうに返答した。
「それが、どうやら生産数が極端に少ないようです。今回は頭を下げてどうにか譲っていただくことができましたが、もう一度となると困難と言わざるを得ません」
「む~、これはどこで作られておるのじゃ?」
ジムナスの言い訳にさらに食材の興味を強める魔王。
「嘘か本当かは分かりませんが、無の大地に牧場が出来てそこで生産されていると聞いております」
「そんなバカなことがあるかのう」
魔王としてはジムナスの言葉が余りに荒唐無稽で信じられなかった。
無の大地は彼女にとってもそれだけ不毛すぎる大地で、自分が生まれてこの方姿を変えたことがないからだ。
「しかし、先日あのあたりで水柱が天まで昇ったという報告もあります。何かはあるかもしれません」
二人の所にも水柱が上がったという報告は来ていたが、あの近くにある生贄の海に住む大型の水棲生物が何かしたのだろうと思い、特に調査などは行っていなかった。
しかし、今回また別の方面から違う情報が寄せられた。それなら調査をして、もし卵とコッメ、そして醤油が手に入るのであれば、入手させるつもりだった。
「うむ。それではまずは斥候を送るのだ。くれぐれも丁重にな」
「はっ。畏まりました」
ジムナスは魔王の言葉をくみ取り、その場を後にした。
■■■■■
「はぁ……はぁ……ここから逃げなくちゃ……はぁ……はぁ……」
息を切らせながら道なき道を走りながら呟く一人のまるで女の子のように華奢な少年。
彼は必死に逃げていた。
「勇者様~!!」
「勇者様、どこですかぁあああ!?」
「でてきてくださぁああああい!!」
辺りを探しているのは麗しい少女三人組。それぞれが剣士、魔法使い、盗賊のような格好をしていて、それぞれ非常に優れた容姿の持ち主だ。
「はぁ……はぁ……今の僕に魔王退治なんて無理だよ……はぁ……はぁ……」
少年は、魔王討伐のために選ばれた勇者であったが、臆病な少年で魔王には絶対に勝てないと思っていた。
それは自分がちっちゃくてまるで男らしくない線の細い体躯の持ち主であることと、昔から魔王の恐ろしさを説かれて生きてきたため、彼にとって魔王とは恐怖の象徴となっていたからだ。
自分が魔王退治に行かされるのが怖くて、保護されていた王城から抜け出してしまった。勇者として選ばれるだけあり、身体能力が異常に高い為、なんなく城から外に出ることができた少年は辺境を目指す。
「はぁ……はぁ……でも辺境で出回っているという力が漲る卵を食べれば……はぁ……はぁ……僕も男らしくなって、勇気が出るかもしれない……はぁ……はぁ……」
なぜなら少年は王城内である噂を聞いていたからだ。
それはクーデル王国の辺境には食べるだけで体が滅茶苦茶元気になって男らしい肉体へと変化して力が溢れ出し、万能感に包まれて何も怖くなくなるという卵の存在。
少年はただ役目から逃げるために抜け出したわけじゃない。
たまたまメイド達が話していたのを耳に入れた少年だったが、自分の体格と臆病な性格を直すためには、もはやその卵に縋るしかなかったのだ。
「はぁ……はぁ……皆待っていて……はぁ……はぁ……僕は必ず強くなって戻ってくる……はぁ……はぁ……」
少年はひたすらに目的地に向かって走り続けるのであった。
しかし少年は知らなかった、自分が目指すその先で出会う人物に。
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