第046話 もう田舎に帰る!!(第三者視点)

 アイギスがエルヴィスに案内されてソフィと一緒に買い物に出かけた頃、その様子を窺う人物がいた。


「ふーん、あれが今回のターゲットか」


 容姿も普通。服装も普通。どこからどう見ても一般人にしか見えないその男だが、どう考えても普通の人間ではなかった。なぜなら彼が二人のを見ていた場所が尖塔の先端だからだ。


 本来ならバランスを取るのも難しいその場所で悠然とアイギスを見つめている。


 なぜこの男がそんなところにいるのかというと、ザ・普通をほしいままにしそうな見た目の彼こそが、この街一番の殺し屋であり、『必殺』と呼ばれる男なのである。


『必殺』の異名をもつこの男は、その名の通り、暗殺者になりたての頃を除けば、受けた依頼の達成率が百%。どんな殺しもやってのけると言われている人物である。


 容姿はともかく服装も普通なのは一般人に溶け込むことで殺しをたやすくするためだ。それに、彼には『空気もぶ』というスキルもあるため、誰にも見咎められることはない。


「イチャイチャしやがって……殺す理由が増えたようだな」


 アイギスとソフィが楽しそうに買い物をする姿を見て勘違い―現時点でアイギスもソフィも牧場主と居候でしかない―した男は、モブであり、自分とは縁遠い世界を見せつけられて、普段は仕事に私情は持ち込まないはずなのだが、絶対殺してやると、気炎を上げた。


「隙だらけだな。これなら殺すのも簡単そうだ」


 アイギスの様子をしばらく観察している限り、自分に気付いている様子もなく、防具の類を身に着けている様子もないので、今回の仕事は簡単に仕事だと判断した。


 まずは遠くからの狙撃。


 接触もなく、見つかる可能性も極めて低い。これで仕留められるのなら一番簡単な仕事である。


「それじゃあ、早速で悪いが死んでもらおう」


 男はそう言ってマジックバックから弓を取り出した。


 無造作に取り出した弓だが、非常に高価なもので、矢を必要とせず、自身の魔力を矢に変えて放つことができる優れものだ。しかも矢は自身にしか見えず、ターゲットに刺さって一定時間すると消えてしまうため、証拠も残らない。


「リア充爆発しろ!!」


 男は怨嗟の気持ちを込めて矢を放った。


 矢は正確にアイギスに向かって飛んでいく。三百メートル、百メートル、五十メートル、十メートル、五メートル、二メートル、一メートル。ぐんぐんアイギスに近づいて、着弾した。


「これで仕事も終わりか」


 着弾したら相手は最後。そのままゆっくり倒れるはずだ。


「ば、ばかな!?……なぜ倒れない!?」


 しかし、確かに矢は当たったはずなのに、アイギスが地面に伏すことはなかった。


「こうなれば、何度でも当ててやる」


 気付いた様子すらないので、さらに追加で矢を放つことにした。馬車から出た瞬間や店から出てくる瞬間を狙って何度も何度も執拗に矢を放った。


「ぜぃ……ぜぃ……」


 しかし、アイギスが死ぬことはなかった。


「仕方ない。次の方法に切り替えるぞ」


 理由は分からないが、狙撃がダメなら今度は近づいて殺すしかない。そう考えた『必殺』は、尖塔から降りて、アイギスの側にやってきた。


 『必殺』はアイギスが無防備に露店の食べ物を口にしているの目にしたため、毒殺をすることにした。


 すぐに先回りして露店を開き、アイギスが来るのを待つ。


「いらっしゃい!!そこのお二人さん、ウチに寄ってってくれよ!!」


 アイギスが近づいてきた途端、スキルを解除して存在感を現し、声をかける『必殺』。


「むっ。いい匂いだ」

「そうか。食べてみるか。それじゃあ二つ」

「あいよ!!」


 二人は『必殺』の露店の匂いに釣られて、その料理を食べることに決めた。


 やっぱりこいつはチョロい。狙撃が効かなかったのはたまたま障壁が発生する魔道具でも持っていたのだろう。そう結論付けた『必殺』は、アイギスの方にだけ毒入りの調味料を入れ、間違っても取り違えや、後で毒入りの方を女の子に渡されないように別々に一つずつ料理を手渡した。


「美味い!!」

「これは美味いな!!」

「またのお越しを」


 二人は何も気にすることなく、無邪気に料理を食べ始めた。


 これで数分もすれば、アイギスはぶっ倒れるはずだ。『必殺』はそう考え、スキルを発動して存在感を消し、店をたたんでアイギスの後を尾ける。


 しかし、五分、十分、十五分、二十分。待てども待てどもアイギスが倒れることはなかった。


 バカな!?いったいなぜだ!?


『必殺』の胸中は混乱で渦巻いていた。


 狙撃も毒殺も効果がないなんてありえない!!くそっ。まさかあんなみすぼらしい男が『毒無効』の魔道具を身に着けていたとでもいうのか!?どこにもそんなアクセサリーは見当たらないぞ!?


 いや、落ち着け。最後に手段になるが、まだ手はある。


 狙撃もダメ。毒殺もダメとくれば、残るは刺殺だ。普通の人間に紛れ込んだ上でスキルを使えば、誰も自分に気づくことはない。


 気持ちを落ち着けた『必殺』は、すぐにアイギスを追いかける。すぐにアイギスのすぐ後ろに付くことができた。


『必殺』はすぐに短刀を取り出し、思いきりアイギスに突き立てる。


―ドンッ


 アイギスとぶつかり合った瞬間、『必殺』の体にその鈍い手ごたえとともに重みが伝わり、思わず後ろに倒れてしまった。


「は?」


『必殺』は呆然として間抜けな声を上げる。彼の手元にはぐしゃぐしゃにひしゃげてしまった。


「あははは……なるほど。全てお見通しだった……というわけか」


『必殺』は力なく笑う。


 なんのことはない。狙撃も毒殺も刺殺も、全てアイギスは分かっていたのだ。だから『必殺』と呼ばれる自身の攻撃を全て防ぐことができた。実際はそんなことは一切ないのだが、アイギスのことを全く知らない『必殺』は、そう考えたのである。


 俺の技も鈍ってしまったようだな。


 これは自分では手に負えないと感じた『必殺』は、すぐに暗殺者ギルドマスターの元に向かった。


「今回の依頼はキャンセルだ」

「何?」


 ギルドマスターの元にたどり着いた『必殺』は単刀直入に述べると、執務をしていたマスターは顔を上げ、形眉を上げていぶかし気に『必殺』を見つめる。


「すべて見破られていた。失敗だ」

「お、お前が失敗したというのか?」


 続けられた言葉に、ギルドマスターは声を震わせながら確認を取る。


「ああ。あれは俺の手に負える相手じゃなかった」

「……」


 さらなる言葉にギルドマスターは言葉を失った。


「それと……俺は足を洗う」

「そんなことが許されると思っているのか?」


 しかし、さらに衝撃的な言葉がギルドマスターを襲う。暗殺者ギルドは裏のギルド。そこを抜ければ、口封じに追手が差し向けられるのが普通だ。


「許されるさ。おれは『必殺』。誰にも縛られはしない」


 ただ、『必殺』と暗殺者ギルドはあくまで対等。ギブ&テイクの間柄。別に所属しているわけじゃなかった。


『必殺』はその場から姿を消した。


「~~!?」


 その動きを全く察知できなかったギルドマスターは驚愕する。自身もそれなりに実力があるほうだと自負していたが、『必殺』の動きが全く見えなかったからだ。


 暗殺者ギルドの外に出た『必殺』は、太陽の眩しさに手で庇を作って空を見上げる。


 自分の技の衰えを感じ、自信を無くしてしまった『必殺』。


「さて、田舎で露店でも開こうかな」


 辺境の街最強の暗殺者の彼は暗殺業を引退した。

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