第047話 元仲間達の無謀(第三者視点)

「きゃああああああああああっ!?」


 ダンジョン都市の世界最大のダンジョンの三十二階層で女性の悲鳴が響き渡る。その女性はモンスターの持つ巨大なこん棒によって殴られ、ダンジョンの壁にたたきつけられた。


 体が重力でずるずると地面に落下し、気を失った。


「くそっ!?三十二階層になんでこんなモンスターいるんだよ!!」


 彼らの前に立ちはだかるのは五メートルを超える巨大な肉体を持つサイクロプスと呼ばれる単眼のモンスター。本来は四十階層程度で出現するモンスターだが、三十階層以降でも稀に出現すると言われているイレギュラーモンスターでもある。


 盾役のメンバーがいれば問題ないと思っていた彼らはそういう情報を集めることを怠っていた。


「そんなこと言ってる場合じゃないわ!!彼女を助けないと!!」

「分かってる!!行くぞ!!ルリ!!援護してくれ!!」

「りょーかい!!」


 リーナは悪態をつくアルバに叫ぶと、アルバはルリに指示を出したのち、サイクロプスに接近する。


「はぁあああああ!!」


―ガキンッ


 アルバはサイクロプスの足元を切りつけるが、さらに上層のモンスターのため、全く攻撃が通じなかった。その上、硬いものを殴った時の反動で体が動かなくなる。


「やめろーーーーー!!」


 ルリがアルバに攻撃しようとするサイクロプスに牽制の矢を何発も放つが、意に介すこともない。


―ドォオオンッ


「ぐわぁああああああ!!」


 その隙を見逃すサイクロプスではなく、アルバはその巨大なこん棒にぶん殴られ、横に吹っ飛ばされた。


「ぐっ!?」


 もろに攻撃を受けたアルバだが、すぐに体を起こして態勢を立て直す。


「ごほっ……ごほっ!!」


 内臓にダメージを受けたせいか、吐血していた。そうこうしている内にリーナの元にサイクロプスが迫る。


「くそっ!!」

「プ、プロテクション!!」


 アルバが悔し気に叫んだと同時に、リーナはとっさに防御魔法を展開する。


「きゃああああああああああっ!?」


 しかし、サイクロプスの攻撃力はリーナの防御魔法の限界を上回り、彼女に直接ダメージを与え、ゴムまりのように転がっていった。


「このやろぉおおおおおおお!!」


 アルバは激昂してサイクロプスに突っ込んでいく。


 なんでこんなことになったのかを思い出しながら……。




 時は数時間ほど遡る。


「今日から入ってもらうことになった、戦士のペラだ」

「ペラと言います。サンダーストライクのパーティに入れてもらえるなんて光栄です!!よろしくお願いします!!」


 アイギスが街にやってきた頃、サンダーストライクに新しいメンバーが加入していた。


 彼女の名はペラ。職業は戦士で、五年ほどダンジョンに潜っていて二十六階まで潜ることができる実力者だ。サンダーストライクには及ばないものの、同期の中ではかなり上位の人間であると言える。


 本来は別のパーティに所属していたが、サンダーストライクに誘われてパーティを辞めてまでこちらに移ってきた。


 前パーティのメンバーたちとは少し揉めることになったが、同期でも出世頭であるサンダーストライクに憧れていたペラは、何とか説得して抜け出し、元のパーティを抜けてきてしまったのだ。


 彼女は当然だが、アイギスの代わりとして加入することになったメンバーだ。敵の注意を引き付けたり、敵の攻撃から味方を守るためを役割を担うために。


「うん、よろしく。改めて自己紹介しておくと、私はルリ。弓士ね。連射でダメージを与えるのが得意だよ」

「私はリーナ。基本的は魔法使いだけど回復もやれるわ。よろしくね」


 三人とも面接においてすでに面識はあるが、改めて採用となったことで自己紹介を行った。


「それじゃあ、早速ダンジョンに行こうぜ」

「そうだね」

「ええ、行きましょう」

「え?あの、それぞれのできることとか苦手なこと。役割は話し合わなくてもいいんですか?」


 早速ダンジョン探索に行こうとする三人に、新人のペラが困惑しながら尋ねる。


 それもそのはず。ペラとサンダーストライクの面々は面接である程度話したものの、メンバーそれぞれがどのような戦い方をするのかも、どんな魔法が使えるのかも何もわかっていない。


 勿論それぞれの代名詞となる技は知っているが、どのように動くのか、どのようなタイミングで使われるのか、など全然知らない。


 さらに言葉にしてはいなかったが、ダンジョンに潜る前に、探索者ギルドの訓練場で連携の確認をしないというのも困惑の理由の一つである。


「あ?俺たちにそんなものはいらねぇよ。ダンジョンに行って戦えば一発だ」

「そ、そうなんですね。わかりました」


 しかし、そんな疑問もやけに自信満々なアルバの言葉によって掻き消える。


 その顔を見たペラの、この人たちは自分たちとは違う天才なんだという憧憬が、彼女の冷静な判断力を奪ってしまったのである。


「それじゃあ、早速潜るぞ」

『了解!!』


 こうして彼らはダンジョンに向かった。


「よし、早速三十二階層に行くぞ!!」

「え!?私入ったばかりなんですけど大丈夫ですか?それに装備も三十二階層に見合う物は持っていませんが……」


 ダンジョンにたどり着いた彼らはいきなり自身たちの最高到達階層に挑もうとするが、再びペラが疑問を呈する。


「いやいや、大丈夫だって。あの時はアイギスが居た状態で三十二階層まで行けたんだからな。ペラは無能とは違うから余裕だ」

「そ、そうですよね!!」


 アイギスが無能だというのはずっと彼らが主張してきていたことだ。憧れを持っているペラもアルバたちの言葉を当然のように信じていた。だから、再び根拠のないその理由を鵜呑みにしてしまった。


 それが最後のチャンスだったとも知らずに。


「それじゃあ、ペラは誰かに捕まれ。俺たちの実力を見せてやる」

「はい!!」


 彼らは意気揚々とダンジョンの三十二階層へと転移した。


 しかし、三十人階層に跳んだアルバたちは、先ほどまで威勢ははどうだったのかという程に苦戦しまくり、二、三匹のモンスターまでならともかく、それ以上のグループには敗走。全く敵わなかった。


「仕方ねぇ、撤退だ!!」

『了解!!』


 これ以上は無理だと判断したアルバが撤退を指示して帰ろうと引き返した途中で、そいつは巨大な通路の奥からにょきっと姿を現した。


「サイクロプス……」

「相手は一匹だ!!それに俺たちにはペラもいる!!問題ない!!」

「そ、そうね!!私たちならいけるわ!!」


 ビビるルリにアルバが声を掛け、正気を取り戻させる。


「やるぞ!!」

『了解!!』


 どうにかして倒さなければならないと挑んだ結果、冒頭のような悲惨な状態になったわけだ。


 アルバは無謀なところはあるものの、どうしようもない時の引き際はわきまえていたので今回も無事に逃げられるはずだったのに、サイクロプスが現れたことで苦しい状況へと追い込まれたのであった。


 そして時は戻る。


―ガキィイイイイイイインッ


「くっ」


 サイクロプスの攻撃をアルバが剣で受ける。アルバは何とか耐えることができたが、他のメンバーは耐えられない。これはどうしようもない状況だと悟った。


「ちっ。仕方ねぇ!!ルリ!!二人の様子はどうだ?」


 だからアルバは覚悟を決めた。


「ペラは完全に気を失ってる!!」

「私はなんとか動けるわ……」

「よし、ここは俺が引き受けるからダンジョンから二人はペラを連れて脱出しろ!!そして応援を呼んできてくれ!!」


 ペラの状況を確認したアルバはリーナの魔法を使えばペラを運ぶことはできるはずだと考え、三人を逃がすことを優先した。


 アルバはアイギスに対して嫉妬や羨望の感情を持っていたのに全く見向きもされなかったため辛く当たってきたが、本来は仲間を大切にする人間だった。


 その気持ちは傲慢になった今でも辛うじて残っていた。


「え、そんなことできるわけないよ!!」

「そうよ!!」


 しかし、ルリとリーナは指示を無視しようする。


―ガィイイイイイイイイインッ


 話しながらもサイクロプスの攻撃をなんとか受けるアルバ。


「うるせぇ!!いいから行け!!お前たちがいると足手まといだ!!それに俺は死にはしねぇ!!分かったな!!」

「分かったわ(よ)……」


 心配そうな表情を浮かべる二人に罵倒を浴びせたアルバ。二人はようやく動き始めた。


「へっ。これで俺とお前だけだ。悪かったな、アイギス」


 二人を目の端で見送ったアルバは、アイギスの偉大さを実感して自分の愚かさを今になって認めることになった。


 一人の男が勝ち目のない戦いへと身を投じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る