第012話 初夜

 日も落ちてしまったので、俺は寝床の準備をして夕食を食べることにした。


 しかし、俺は大事な事を忘れていた。


「……やっぱダメになってるな」


 そう。俺の荷物が水浸しになっていたということだ。


「ん?どうした?」


 ソフィが俺の様子を感じ取ったのか俺の後ろから顔を出す。


「いや、水浸しになってしまったからな。食料は全部ダメみたいだ」

「そうか」

「悪いな」

「気にするな。先に言っておいただろう?何も問題ない」


 俺の説明に納得顔をするソフィ。俺が申し訳なくなって振り返って謝るが、ソフィは首を振って謝罪を拒否する。


 そう言えばそうだったな。


 俺は少し微笑んだ。


「そうか、ありがとう。それじゃあ、テントの準備をする」

「うむ」


 ソフィに断りを入れてずぶ濡れになったテントを取り出した。


「ふむ。軽くブレスで乾かしてみるか?」


 水の滴るテントを見てソフィーが顎に手を当てて少し考えた後、俺に尋ねた。


「ん?ああ、それもいいかもな」


 ずぶ濡れのままでは困るのでソフィに任せてみる。


「ではいくぞ?」

「頼んだ」

「カッ」


 ソフィが一声かけた後、人間のまま口を開けて俺の背嚢とテントにドラゴンの時とは比べ物にはならない程小さな閃光が浴びせられた。


「おお!!」

「うむ。こんなものだろう」


 数秒後ひかりが収まると、軽く煙を上げているが、荷物とテントが無事な状態で姿を現した。


 触ってみると、完全に乾いている。


「ソフィばっちり乾いてるわ。ありがとな」

「うむ」


 俺は寝るためのテントと、便所用のテントを立てようと思ったが、地盤が少し硬いせいか杭が刺さらない。


「はぁ……」


 俺は再び地面を切り裂いて柔らかい部分が出るのを確認したら、ある程度の範囲の地盤を掘ってその中にテントを立てて、ひとまず切り出したブロックを椅子にして腰を下ろした。それに合わせてソフィも別のブロックに座る。


「悪いな。碌なもてなしも出来なくて」

「気にするな。それにしても人間の世界とやらはお主ほどの力があっても、そんな装備や道具しか買えんのか?」


 俺が謝ると、ソフィは俺の荷物に視線を向けながら問う。


 我ながら情けない話をしなければならないようだ。


「まぁ仕方ないさ。俺は守るしか能がない男だからな。人間の世界では守ることしかできない奴は理解されず、挙句にパーティを組んでた奴には解雇される始末。役立たずさ」

「お主が役立たずだと?そんなことあるはずない。そのパーティとやらはとんだ節穴だな。さっきも言ったが、お主は本当に凄いやつだ。この竜皇が言うのだから間違いない」


 俺が苦笑いを浮かべながら返事をしたら、ソフィは少し不機嫌そうに鼻息荒く、俺が認めなかったことを信じられないと否定した後、俺を褒めてくれる。


「ありがとう。お世辞でも嬉しいぞ」


 まさかそうまで言われると思わなくて俺は恥ずかしくなって困り笑いをした。


「我はドラゴンであるぞ?人間のように世辞など言わぬ」


 ソフィはツーンとした態度で腕を組んでそっぽを向く。


「悪かったな。本心ならそれは嬉しい。ありがとう」


 俺はソフィに悟られないように目の端にある煌めきを誤魔化すように天を仰いだ。


「あぁ……これは凄いな……」


 そこには満天の星空が広がり、その輝きは優しく俺達を照らしている。


 こうやって誰かに真剣に認められるなんていつぶりのことだろうか。


 俺は今この瞬間に初めて誰かに認めてもらえたような気持ちになった。相手は人間ではなく、ドラゴンだったけど、俺にとってそれはかけがえのない言葉であった。


「さて、そろそろ寝るか」

「見張りなどは立てぬのか?」


 俺が寝ようかと思ったんだが、ソフィが不思議そうに尋ねる。


「ダンジョン内と違って外の世界ってモンスターいないし、死にはしないだろ」

「まぁはそうかもしれぬな」


 なんだか含みのある返しをしてくるソフィーだが、特に気にせずに寝ることにした。


「ソフィはテントと毛布を使っていいぞ」

「何を言っておる。それはお主の物であろう。自分で使うがよい。我は野ざらしで構わん。いつもそうなのだからな」


 女の子をその辺で寝かせる訳にはいかないのでテントとか使ってもらおうと思ったが、ソフィがそれを断る。


 ドラゴンの姿ではそれが普通のことなのかもしれないが、今はどう見てもただの女の子だ。本人は良くても、俺の心が罪悪感でいっぱいになって寝るに寝られない。


「バカ言うなよ。女の子にそんなことをさせられるわけないだろ?」

「この竜皇たる我を女扱いするか」


 俺が理由を付け加えたら、自分が女の子扱いされることを不思議がる。


「どう見ても女の子だろうが」

「くっくっく。まさか我を女扱いするような雄、それも人間の雄が現れようとは、今日は本当に愉快なことばかりだ」


 俺が呆れるように返事をすると、彼女はクツクツと心底おかしそうに笑った。


「俺は何も面白いことは言っていないぞ?」


 俺は真面目な事を言っているんだが、何故か笑われてしまったので、少し不機嫌そうに尋ねる。


「おっと、すまなかったな。なればこうしないか?一緒に寝ればいい」

「初めて会った女の子と一緒に寝るなど、そんなことできるか!!」


 そんな俺を見ながら、ニヤリと笑って提案するソフィに俺は思わず叫んでいた。


 初対面の女の子と一緒に寝るなんて気が気じゃない。


「全く、頑固なのもいいが、我がいいと言っておるのだから、一緒に来い」


 狼狽える俺の手を握ってグイッと引っ張ろうとするソフィだが、俺は動かない。


 急に可愛らしい女の子に手を握られてドギマギしてしまう。誰かが俺の顔を見れば真っ赤になっていることだろう。


 幼馴染に女はいたけど、アイツらはなんていうか一緒に育ってきた家族みたいな感じだった。


 そういう気持ちは全くわかなかったが、目の前にいるのは正体はドラゴンだとはいえ、今はどう見てもただの人間の女の子。


 それも容姿が整っていた幼馴染さえ目じゃないくらいの美少女だ。


 恋愛経験も女性と関わることも少なかった俺に、美少女と手を繋いでドキドキするなと言う方が難しい。


「まさか我の力で動かない人間がいようとは……今日何度驚かされたか分からないな」

「べ、別に普通だろ」


 引っ張っても動かない俺に驚いて振り返るソフィに、俺は冷や汗をかきながらそっぽを向いて答えた。


 くっ。ソフィを直視できない。


 俺は意識してしまい、ソフィーをまともに見ることが出来なくなかった。考えもまとまらず、適当な返答になってしまう。


「普通なものがあるか!!我は高位古代竜だぞ!!我の力で動かぬ人間などおらぬわ!!」

「こ、ここにいるだろ」


 手を放したかと思うと、凄い剣幕で俺に言い募るソフィ。


 ちらりとソフィの声がする方に視線を向けると、ソフィの顔が俺の顔の目と鼻の先にあり、俺は俯いたまま、顔を動かすことができない。


「だからそれがおかしいと言っている」

「で、でも今は人だろ」


 凄い剣幕で俺を睨んでいるみたいだが、どう見ても今はただの美少女でしかない。


「はぁ……全くお主って奴は……」


 そう思って返事をしたのだが、なぜか呆れられてしまったようだ。


 彼女はため息を吐いて首を振った。


 何かおかしなことを言っただろうか?


 俺は自分の言動を思い出してみるが、特に思い当たるところは無かった。


「まぁよい。お主がテントを使わぬというのであれば、我も外で寝るぞ?どうする?」

「そ、そんなの卑怯じゃないか!!」


 俺が意地でもソフィにテントと布団を使わせようとすると、余りにもズルい提案をされた。


 そんなの断れる訳がない。


「くっくっく。なんとでも言うがいい」

「わ、分かったよ。一緒に寝ればいいんだろ、寝れば」


 痛くも痒くもないというソフィに、俺は仕方なく折れるしかなかった。


「最初からそう言えばよかろうに」


 彼女はフンッと鼻息を鳴らしてそう言うと、先にテントの中に入っていった。


―ゴクリッ


 俺は思わず喉を鳴らして躊躇してしまう。だが、おずおずと彼女の後に続いて中に足を踏み入れた。


 彼女はすでに横になっていて、テントはそれほど大きな物ではないため、空いているのはその隣だけ。


 俺はその空間に横になった。


「ふむ。これで問題なく寝れるであろう?」

「そ、そうだな」


 ドキドキして眠れそうにないとは言えずに、ソフィの言葉を肯定する。


 それからほどなくしてソフィの寝息が聞こえてきた。


 隣のソフィからは凄くいい匂いがして、俺はドキドキしてなかなか眠ることが出来なかった。

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