第011話 うっかり忘れていた大事な事

「お、お前、なんで服を着てないんだ!!」


 俺は思わず顔を逸らして叫ぶ。俺は大抵の攻撃には強い自信があるが、こういった面にはとんと免疫がない。


 女性と関わる機会など幼馴染達以外はほとんどなかったからな。


「ん?そういえば人間は衣服を纏うのだったか。すまんが今はそういったものは持ち合わせておらぬ。少し前は人に扮していたこともあった故、持っていたのだがな。使わぬからと捨ててしまった」


 自身の体をあちこち見回しながら無頓着な様子のドラゴン。


 動くたびに夜空を思わせる青みがかった長くて真っすぐな黒髪と、赤ん坊を優しく包み込み、泣いていても一瞬で泣き止みそうな二つの母性が視界の端にちらついて気が気じゃない。


 頭にドラゴンとしての名残か角らしきものが生えている。


「そ、そうか。それならとりあえずこれを羽織っていてくれ」


 俺は視線を外しながら自分が羽織っていたローブを渡した。


「人間は面倒だな。まぁお主が言うのであれば仕方あるまい」


 ドラゴンは面倒そうだが、俺からローブを受け取って羽織ってくれる。


 ほっ……助かった。体が全て隠れてくれた。俺はとても安心する。帰るまではそれで過ごしてもらおう。


「っていうか、ドラゴンって人間になれるのか!?」


 それはそうと、俺は彼女が裸だったことですっかり忘れていたが、ドラゴンが人になれるなんて知らなかった。とんでもない驚きだ。


「何を今更驚いているのだ。世界最強種のドラゴンの中でもさらに最強である、高位古代竜ハイ・エンシェントドラゴンの我にかかれば人に身を変えるなど容易い。他のドラゴン達とは違うのだ」

「へぇ~、そうなのか!!凄いな!!」


 最強かどうかはさておき、全く別の生き物に姿を変えられるってのは信じられないな。あんなに大きかった身体が、人間に姿を変えると、俺よりも小さくなるのも不思議だ。


「そうであろうそうであろう」

「ああ!!それで、その姿でも休めば調子は戻るんだよな?」


 腕を組んで機嫌よさげに腕をくんで目を瞑り、口元を緩ませて頷くドラゴンに同意し、変身していても体に問題ないのかを確認する。


 人間になっていたら休んでも効果がないとかだと意味がないからな。


「当然だ」

「そうか、それは良かった。それじゃあ適当に休んでおいてくれ」


 ドラゴンの答えに俺はホッと人心地ついた。


「それよりもこの水はどうにかしなくてもいいのか?」


 ドラゴンは、水が噴き出ている辺りを見て俺に尋ねる。


 荷物は少し離れた場所に置いていたが、水の勢いがあり過ぎるのと、地盤の性質か、水が全くしみ込んでおらず、完全に水に濡れてしまっている。


 こりゃあ色々ダメになってそうだ。


「はぁ……」


 この地盤はそこそこ固いだけあって水も吸い込みにくいみたいだな。


 俺は思わずため息をはいた。


「なんとか排水させる」

「ふむ。ちと興味がある。見ていてもよいか?」


 俺はドラゴンの方を向いて返事をすると、ドラゴンは少し考えた後で作業を見たいと言う。


「いや、別にいいけど、そっちこそ休んでなくていいのか?」


 俺は別に問題ないが、ドラゴンの体が心配だ。


「問題ない。しばらく大人しくしていれば治る。多少動いていようが、動いていまいが、どちらでも大した違いはない」


 ドラゴンがそういうのなら何も問題ない。


 ただ、排水させようにもこの辺りには真っ平。それに地面に水が吸い込まれないと来たら、あの遠くに見える海まで水路でも作るしか方法が思いつかない。


「そうか。それなら好きにしてくれ。それはそれとして、俺は街の中の用水路のような物は作ったことはないんだよな」


 しかし、俺はずっと探索者として生活していたので、当然水路を作るような知識はない。どぶ攫いくらいならしたことはあるが。


「なに、とりあえず四角く溝を掘るくらいでよかろう。お主ならそのくらいできるだろう?」

「うーん。どうだろうな。とりあえずやってみるか」

「うむ」


 俺はドラゴンの言葉を受け、難しく考えず、水が溢れて池のようになっている場所の近くは掘らずに、少し離れた場所から掘り始める。


 そうしないと俺が水に呑まれてずぶ濡れになるからな。


 あまり深く掘ると、掘り進めるのが大変なので少し硬い部分だけ取り除く。


 地面に思いきり手刀を叩きつけたら固い部分を綺麗に切り取れたので、それを繰り返して地盤のブロックを水路の横に積みながら海に向かって進んでいく。


「なんと!?まさか!?そんな!?」


 後ろからなんだか変な声が聞こえる。


 間近でそんな声を出されると物凄く気が散る。


「なんだよ?邪魔したいのか?それとも何か?手伝ってくれるのか?」

「す、すまぬ。まさか本当に手で掘るとは思わなくてな。黙っている故続けるといい」


 俺は仕事を中断して、背後から見ているドラゴンに憮然とした態度で問いかけると、彼女は申し訳なさそうな表情をしながら返事をして口をグッと閉じる仕草をした。


「ならいいんだよ。クワがダメなら他もダメだろうから仕方ない。あ、そうだ真っ直ぐに掘れているかだけ見てもらってもいいか?」

「う、うむ。それくらいお安い御用だ」


 ドラゴンには海に向かって真っすぐになっているかだけ確認してもらいながら俺は再び水路を掘り進めた。


「ふぃ〜。少し疲れたな」


 ドラゴンの指示の下で作業を続け、気づけば辺りはオレンジ色に染まっている。


 ただ、手刀で切り出すだけだったので、作業は思いのほか早く進み、その頃には海まであともう少しと言う所まで来た。


 ラストスパートをかけて綺麗に切り取りながら進み、ギリギリ日が沈み切る前に、俺は海に水路を繋ぐことが出来た。


「あの破壊不能な地面を、こんなにサクサク掘って一日で海までつなげるだと!?そんなことがありえるのか!?……」


 後ろを振り返ると、俯いて何かブツブツと呟いているドラゴン。


「どうかしたのか?」

「い、いや、なんでもないのだ」


 独り言をつぶやくドラゴンに声を掛けると、ハッとした表情になった後、慌てて首を振った。


 一体何だって言うんだ?


「そうか、それじゃあ俺はここから戻って水路を開通させるわ。お前はどうするんだ?そろそろ治ったのか?」


 俺は最後にこの水路を開通させるために水が湧き出た場所に戻るつもりだが、ドラゴンはそろそろ回復したかもしれないので、今後の予定を尋ねる。


「い、いや、少し良くはなったが、まだ治っていないようだ。しばらくかかるかもしれない」


 少し慌てた様に仰々しく体調不良をアピールするドラゴン。


 別に治ったからと言って追い出したりしないんだがな。


「そうか?何もないところだが、気が済むまでいたらいい。ただ、保存食は水でダメになってしまったかもしれないから、何も食べるものがないかもしれないぞ?」

「うむ。気にしなくてもよい。我は高位古代竜だ。一年食事をしなくてもなんら問題ない。それにここには魔力の溢れた水がある故な。それを飲んでいれば大丈夫だ」


 俺は滞在の許可と食料がダメになっている可能性を伝えたら、ドラゴンと言う生物の凄さを知ることになった。


 流石に一年も食べなかったら俺は死ぬ。今まで最長で三十日間食べなかったことがあるが、あの時は腹が減り過ぎてきつかった。


「そうなのか。それは凄いな」

「うむ。これでも竜の頂点故な」


 俺が感心すると、ドラゴンはなぜか肩を竦めて苦笑いで答えた。


 ドラゴンというのは戦闘能力は思ったよりも凄くがなかったけど、変身能力や、飢餓に対する耐性が凄いな。


 それはさておき、食料がダメになっていたらすぐに取りに行かなければならないだろう。


「うわぁ……」


 これからのことを少し考えながら平地の中心に戻ると、水浸しの範囲がさらに広がっていた。


 ただ、最初は天まで伸びていた水も大分落ち着いてきていて、今では数メートル程吹きあがっている程度になっている。


 それはそれで美しい光景だが、この水浸しはどうにかしなければならない。


「これは早く開通しないとな」


 俺は泉のようになっている場所と水路との間のちょっとだけ硬い地盤を手刀で切り裂いて、ものの数分で残りの作業は切り裂いたブロックを取り除くだけとなった。


「うむ。ここは我が少し力を貸してやろう」


 ここでドラゴンが手伝ってくれるらしい。


 一体何をやってくれるんだろう。


「何をするんだ?」

「そのブロックを取り除け。それで分かる」

「そうか。分かった」


 俺はドラゴンの言う通り、そのままブロックを取り除き、最後のブロックを持ち上げた。


「ん?水が止まっている?」

「うむ。そういうことだ」


 しかし泉の部分から水路に水が流れ込まず、そのままの状態を保っている。


 水が宙に浮いているような状態になっていた。


 これはありがたいな。


「ドラゴンってそんなこともできるのか?」

「我に掛かればこれくらいはたやすい」


 ドラゴンは魔法まで使えるんだな。

 戦闘力はともかく色々多彩のようだ。


「ドラゴンって本当に凄いんだな」


 俺は改めて感心した。


「で、あろう?兎に角今のうちにその淵の部分を整えればいい」

「分かった」


 俺は偉そうな態度で指示を出すドラゴンに従って泉と水路の境をキレイに整えて水路の中から外に上がった。


―ザバァッ


 その途端、水が水路に流れ込む。ついでに泉の周りに漏れ出た水もせき止めて魔法で水路に流してくれたようだ。


 そのおかげで泉から溢れていた水も溢れなくなる。


「おお!!良い感じだな」

「うむ。素人が作ったにしては上出来だ」


 特に問題なく機能していることを確認できて満足げに呟くと、ドラゴンもよくやったと言わんばかりの態度で頷いた。


 俺はなんだか自分が認められたみたいで少し嬉しくなった。


「そうか。ドラゴンに褒められるのも悪くないな」

「うむ。高位古代竜に褒められる人間などまずいないぞ。お前は大した奴だ」


 俺が満更でもない表情をしたら、ドラゴンはさらに俺を褒める。


「ははははっ」

「ふふふふっ」


 お互いに顔を見合わせ、笑い出す。


『あーはっはっはっはっ!!』


 気づけばお互いに声高らかに笑いあった。


 少し笑いあった後に俺はふと大事なこと忘れていた事に気づく。


「あ、そういえば名乗ってなかったな。俺はアイギスという。よろしくな」


 それは自分が名乗っていなかったことだ。


 改めて俺は自分の名前を名乗る。


「我は竜皇ソフィーリア・オニキス・ドラクロア。しばしの間厄介になる。お主には特別にソフィと呼ぶことを許そう」

「おお、そっか。ソフィ宜しくな!!」

「うむ」


 ソフィも名乗ってお互いに握手を交わした。

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