第024話 夢だけど……夢じゃなかった……(現実逃避)

 拠点に帰り着いた俺達。


 誰も訪れた様子はなく、荷物も問題ない。まぁ好き好んでこんな場所にくるようなやつはいないだろうけどな。


 早速森から持ち帰った果物や木の実を食べることにした。


 森で拾ってきた木を燃やそうとしたが、全然火がつかない。


「我に任せよ」


 しかし、ソフィがブレスを吐いたらすぐに火が付いたので、俺とソフィはその焚き火を囲んだ。ドラゴンって便利だ。


「お主……本当になんともないのか?」


 俺が様々な毒物を含んだ収穫物を食べているのを見てソフィが少し心配そうに尋ねる。ソフィは毒性のない果物や木の実をモグモグと食べていた。


「え?ああ、全然なんともないぞ?」


 俺としては一切体調に変化がないので大丈夫だとしか言いようがない。適当に体を動かして見せながら正常であることを示す。


「はぁ……改めてお主の体がおかしいことを実感したわ」


 呆れたような表情で返事をするソフィ。


「食べるか?」


 なんだか貶されているような気がしたので、すぐに眠ってしまう毒が入った果物をソフィの前に差し出してやる。


「お断りだ。我でもそれ一つ食べたら動けなくなるわ」

「やっぱりドラゴンって便利なの以外は思ったよりも大したことないんじゃないか?」

「バカ者!!おかしいのはお・ぬ・し・だ!!お主以外の人間がそれ一つ食べてみろ!!三カ月は目を覚まさぬぞ!!」


 俺が思ったことを正直に言ったら、凄い剣幕で俺に言い募ってくるソフィ。


 そんな激しく動くな。ローブの端からチラチラと見えてはいけない部分が見え隠れする。


「そ、そうか」

「今度盗賊でも捕まえて試してみろ。お主がどれだけおかしいか分かるぞ」

「わ、分かった。そんなことがあるなら試してみよう」

「うむ」


 俺はソフィの肌色から目を逸らし、ソフィの提案に特に考えることもなく返事をした。


 未だに俺がそんなに特別な体質だということが実感できないし、ドラゴンの凄さもいまいち理解できていないからな。


 何か基準が分かる体験が欲しいところだ。


「そういえばソフィ、体は大丈夫か?」


 俺は話を変えるためにソフィの体調を尋ねる。


「うむ。何の問題もない」

「そうか、今日はありがとな。おかげで食料が沢山手に入った」


 俺は改めて森に連れて行ってくれたこと、そして食料を運んでくれたことを感謝する。


「気にするでない。それでお主は今後どうするつもりなのだ?」


 そういえばソフィにここで俺が何をするつもりだったのかを話したことをなかったな。


「ん?俺はここで牧場でもやってのんびり生活しようと思ってやって来たんだ。食料も水もあるし、早速明日から畑を耕して、農作物を育ててみようと思う」

「そうか。それでお主ほどの人間が、一体なんでこんな所にやってきたのだ?」

「……」


 俺が今後の予定を伝えたら、ここをたどり着いた理由を尋ねられ、思わず口ごもる。


「別に言いたくないのなら言わなくてもいいがな」


 ソフィが少し寂しそうな表情で俺を見つめていた。


「いや、良くある話さ。昨日少し話したと思うが……」


 俺はソフィなら別にいいかとここにやってくることになった理由を語って聞かせた。


「まさかそのようなことがあるとはなぁ……。本当にお主を解雇したパーティは見る目がないぞ?」

「ははははっ。どうだろうな。俺を解雇したことでもっと先に進んでいるいるかもしれない」


 話を聞き終えたソフィは信じられないと呆然とした表情で語る。ソフィが本気で言ってくれてると分かるがゆえに、俺は少し照れ臭くなって卑屈な返事をしてしまった。


「いや、それはないな。どう考えてもそのパーティはお主に頼っていた。自分を見つめ直さねば先に進むことは難しかろう」

「俺にそこまでの力があるとは思えないけどな」


 俺の返事を完全否定するソフィ。その顔は真剣そのもので、俺は俯いて言葉を返すしかなかった。


「お主は少々自分を過小評価しすぎだ。深淵の森の状態異常が全て通用せず、業腹ではあるが、高位古代竜ハイ・エンシェントドラゴンの我の攻撃で一切傷を負わない。これだけでも他の人のパーティからしたら、喉から手が出るほどに欲しい存在ぞ?」


 ソフィが言うのならそれは本当のことなんだろうな。でも俺はもうそういう世界はごめんだ。


「そこまで俺を買ってくれて嬉しいよ。でもそういう世界に疲れたんだ。だからここでのんびり農業や牧場をして暮らしたいんだ」


 俺は少し遠くの空を見つめながら語る。


「はぁ……お主がどう生きようがお主の人生だ。好きに生きたらいい」

「ああ、そうするさ」


 大きくため息を吐いたソフィは、何かに呆れかえりつつも、優しい笑みを浮かべて俺の生き方を受け入れてくれた。


 俺は返事をして後ろに手をついて空を見上げる。


「……まぁ周りが放っておかないだろうがな……」

「ん?何か言ったか?」

「いや、なんでもない。我はそろそろ寝るぞ」


 ソフィがボソリと何かを呟いた気がしたが、気のせいだったようだ。


「そうだな。今日は色々あったから寝るか」


 立ち上がってテントに向かおうとするソフィに続いて俺も火を消してテントに入った。


 そうは言ったものの、今日も悶々としてなかなか眠れないのは当然の帰結であった。


 しかし、疲れからか、気づけば俺は意識を失っていた。

「ん……んん……ああ、いつの間にか眠っていたのか……」


 俺はふと目を覚ます。辺りはまだ暗く、どうやら日は明けていないらしい。


「すー、すー」


 隣ではソフィが規則正しい寝息を立てている。


「ちょっと水を飲みにいくか……」


 喉が渇いた俺は独りごちた後、外に出て泉に向かった。


「こういうのも悪くないな」


 泉が月明かりに照らされ、その水面に月そのものが映し出され、凄く趣がある。


 俺はその淵に膝をついて、水を飲むために前かがみになった。


「美味い……」


 体を起こして、手で掬った水を飲み干してその美味しさをかみしめる。


 ああ、これからはここで俺を害するような奴らに邪魔されることなく、野菜や果物を育てたり、モフモフな家畜と戯れてのんびりと過ごしたい。


 そんな風にこれからの生活に思いを馳せながら、もう一度水を飲むために再度身を乗り出した、ちょうどその時だった。


「あっ!?」


 俺は大事なモノなのにすっかり忘れていたことを思い出す。俺の懐のポケットから転がり落ちたそれは、コロコロと転がって泉にポチャンと落ちてしまった。


「やっべっ!?」


 その大事なモノとはシルから預かった彼女自身の種。


 俺は急いで種を拾おうとしたが、水の抵抗を受けて種を拾うことができない。種はその間にも水の中をなぜか抵抗なく転がっていくと、泉の中心まで到達した。


「はぁ!?」


 そして俺は驚愕する。なぜなら、小さな種から体積以上の巨大な木の根のような存在がウネウネと触手のようにいくつも飛び出しては伸びていき、泉の底面に敷かれた地盤と地盤の合間に突き刺さり、地中深くにどんどんその根を伸ばしていく。


 さらに、根がある程度伸びきったと思えば、今度は上に向かって幹が伸び始める。その成長速度は植物としてはありえないほどに速く、ものの数分で、泉の中に根を張る大樹が現れた。


 俺はその様子をただただ見つめる事しかできなかった。


「あははは……。これは夢だな……」


 俺は泉に半分体を浸かりながら呆然として呟くと、濡れたままでテントに入るわけにも行かないので、そのまま近くに寝転んでそのまま眠りについた。


 雨に打たれたまま寝たこともあったから問題ないだろう。


「なんなのだこれはぁああああああああああああああ!?」

「んあ?」


 翌朝。


 俺はとんでもない轟音によって起こされる。俺が体を起こし、きょろきょろと付近を見回すと、ソフィが泉の前に立ち尽くしていた。


「ソフィ一体どう……した……ん……だ?」


 俺は泉の前に佇むソフィに声を掛けたが、その勢いはすぐに失われた。なぜなら、ソフィの視線の先には、夢で見た青々とした葉を付けた大樹がそびえたっていたからだ。


「ど、どうやらあれは夢じゃなかったらしい……」


 俺はあまりに信じられない光景に夢だと思っていたが、夜中に起こった出来事はどうやら現実だったようだ。


 一体ソフィになんて説明したらいいんだ……。


 俺はうっかり種を落としてしまった説明をどうするか悩み続けた。

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