第025話 世界で最も硬い物質よりも硬い男
「誠に申し訳ございませんでした……」
全く言い訳が思いつかなかった俺は、夜中にあった出来事を全て正直に話して頭を下げた。
「一体何をしておるのだ……」
俺の話を聞いたソフィはあきれ果てている。
「まぁ、無事育ったのなら問題ないであろう。結果としては良かったではないか?それにしてもたった一日でこれとはな。またお主は我を驚かせてくれたわ……」
ソフィは再び泉の中に根を張り、青々と葉が茂っている大樹を見上げながら呟いた。
「俺もまさかこんなことになるとは思わなかったぞ。ほんの数分でこんなに育ったんだが……どうしてだろうな?」
「おそらくここの水と土が良かったのだろう。水には濃密な魔力が含まれていて、土にも驚くほどに魔力が含まれている。シルの種は普通の植物と違って精霊の卵のような物。おそらくそれが良い方に作用したのだろうな」
「なるほどなぁ」
ソフィの説明により、俺はシルの種が急激に成長した理由を理解した。
「しっかし、こんなに立派に育ったのにシルは出てこないのか」
俺は体はきちんと成長したのに、精霊のシルが俺達の前に姿を現さない事を不思議に思う。
こんなに大木に育ったのならもう出てきてもよさそうだけどな。
「推測だが、体の成長に精神が追いついていないのだろう。本来は何十年も掛けてこの大きさに成長するはずだ。その頃にようやく新しい精霊として芽生えるはずが、依代だけが先に成長してしまった状態なのであろうな」
「そういうものか」
ソフィの推論ではどうやらまだシルは生まれ変わっていないらしい。
「うむ。彼女が精霊として生まれるのはまだまだ先になるだろう。仮に精神の成長も促されているとしても、少なくとも数年はかかるのではないか?」
「なるほどな。また話せる時を楽しみに待っているとしよう」
「そうだな」
数年か、その頃までにこの何もない土地を立派な牧場にして、あまり話せなかったシルとものんびりお茶でも飲みながら話してみたいなぁ。
俺はシルの依代である大樹を見つめながら、そんな未来を夢想した。
信じられないような出来事からようやく落ち着きを取り戻し、泉で顔を洗って朝食を食べた俺達は、早速本来の目的である、牧場と農業をして暮らすための第一歩に取り掛かる。
牧場で家畜を飼うにしても餌が必要だし、俺達が食べる物もいずれは森に取りに行かなくても済むようにしたいので、まずは畑から手を付けることした。
「まずは地盤の切り出しだな」
ひとまずこの少しだけ固い地盤を取り除いて、その下に広がる柔らかな土を耕して畑を作らなければならない。
俺は拠点の少し離れた場所を耕し始めた。
「はぁ~……何度見ても信じられん」
「こやつの手は一体どうなっておるのだ?」
「やっぱり我の攻撃では傷一つつかん」
俺が地盤を切り出していると、何事かをブツブツと呟きながら俺の近くで観察していたり、地盤を叩いたりしている。水路を作った時と同じで物凄く気が散る。
「おい、昨日も言ったけど、邪魔だぞ?」
「ああすまぬ」
俺が下からソフィを見上げると、そこには見てはいけない光景が広がっていて、俺は思わず目を逸らす。
ローブを着ていても、しゃがんだ体勢は下からだと色々丸見えだ。しかも、ほとんど真下から覗くような形になってしまったので、見えてはいけない部分までバッチリと見えてしまった。
ホント今は人間の体なんだから気を付けて欲しい……。
これは早いうちにソフィに服を買ってやらないと身が持たないな……。
そのためにも早く販売できる農作物を作ろう。
俺は自分の精神の安寧のため、一刻も早く農作物を作る決意をした。
「も、もし体に支障がないなら手伝ってくれよ」
上に居られると先程見えてしまった下半身の光景が頭をよぎって気が気じゃないので、地盤をすでに切り出した空間に俺と一緒に入ってもらい、俺と同じように地盤を切ってくれるように頼んでみる。
「いや、それは出来ぬ」
それはハッキリとした否定。
「ん?やっぱり体の調子が悪いのか?」
「そうではない。我ではその地盤に傷一つ付けることができぬのだ」
俺は心配になって聞き返したら、信じられない返事が返ってきた。
「まっさかぁ!!ち、ちょっと硬いだけだぞ?う、嘘だよな?」
「本当だ」
俺は殊更に笑顔を作りながらソフィを見て答えようと振り返ってしまい、再び見てはいけないものが視界にはいってしまったので、すぐに顔を戻してぼそぼそと答える返事をするが、ソフィの声は真剣そのものだった。
え?……冗談じゃないの?
「本当の本当に?」
「そうだ」
俺が目の前に視線を戻して再び尋ねたが、その答えは変わらなかった。
「それってやっぱりドラゴンの力が弱いってことじゃ?」
「そんなわけあるか!?何度も言うが、おかしいのは、お・ぬ・し・の・か・ら・だ・だ!!」
俺の疑問に、ソフィは目の前に飛び降りてきて、俺に詰め寄って何度も指で俺の体をツンツンと指しながら、凄い剣幕で否定する。
俺はその剣幕に彼女が詰め寄ってくるのと同じだけ徐々に後ずさるしかなかった。
「はぁ……いいか?この土地はもう何万年も前から、お主が地盤を割るまで何もない真っ平な土地だったのだ、お前が来た時と同じようにな。なぜならこの土地は神同士が戦った余波を受けて誰の攻撃も一切受け付けない不変の地盤になったからだ。その地盤をお主は割った。つまりお主は世界で誰も割れない地盤を割ったのだ。これがどれ程可笑しなことか分かるだろう?」
「いやまさか……そんなはずないだろう?」
ソフィが疲れた表情でため息を吐き、さらに詳しく説明してくれたが、俺にはどうしても信じることが出来なかった。
この表面のちょっと固い地盤が誰も割れない土地!?神々の戦いの余波!?
バカな、そんなことがあるわけないだろう。
こんな守るしか能がない俺が、そんなことできるわけないじゃないか。
「そのまさかなのだ。だから我はここに水が湧いたのを見てひどく驚いた」
「確かに滅茶苦茶驚いていたな」
ソフィの言う通り、彼女はこの土地から水が噴き出しているのを見てとんでもなく驚愕していた。
その表情が嘘だったとは思えない。
「一つ実験をしてやろう」
「何?」
ソフィが突然そんなことを言った。
「これは、オリハルコンと呼ばれる物質だ。この地盤を除き、特殊な製法を用いなければ一切加工できない、この世で一番硬い物質だと言われておる。これでお主を本気で殴ってやろう」
どうやら俺が余りにも受け入れようとしないせいか、ソフィは剣のように真っ直ぐに伸びた物質を取り出して、一つの提案を始める。
オリハルコンと言えば、アルバが滅茶苦茶欲しがっていた最高級品の剣の素材だ。それがとんでもない素材であることは俺でも分かる。
「分かった。やってみてくれ」
「うむ」
それで俺が普通だと証明できるのなら安いものだと返事をすると、ソフィは鷹揚に頷いた。
「いくぞ?」
「ああ」
ソフィが構えて合図を出すと、俺は念のため防御する。
「ふっ」
そして次の瞬間、ソフィが思い切りふったオリハルコンが俺の脇腹にぶち当たった。
―バキィッ
何かがへし折れるような凄まじい音が辺りに木霊する。
「どうだ?これで分かったであろう?」
「あ、ああ……そうだな……」
ソフィが満足げに呟き、俺は呆然となる。なぜなら、へし折れたのは俺ではなく、オリハルコンの棒だったからだ。
「お主の体は世界で最も硬い物質であるオリハルコンよりも硬いのだ。そしてその硬さは留まることを知らず、この地盤さえも切り裂けるほどの硬さと強度、そして力を誇っている」
「まさか……俺の体がそんなに硬いとはな……」
ソフィは改めて俺の体の硬さを説明するが、俺は未だに信じきれないまま、視線を落として自分の両手を見つめる。
「そうであろうそうであろう?これで我の言うことを信じてくれたか?」
「ああ、そうだな」
「うむ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらすり寄ってきて、俺を見上げてくるソフィ。俺が彼女の言葉に同意すると、彼女は満足げな表情で首を縦に振った。
まだ実感は沸かないし、オリハルコンが本物かどうかも判別できないので、ソフィの言葉を全て鵜呑みにしたわけではないが、俺は自分の体がそこそこ頑丈であることを理解する。
「あぁああああああああああ!?しまった!?アイギスの体の硬さの事は暫く黙っていようと思ったのに思わず言ってしまった!?」
ただ、満足感に浸っていたソフィの表情が徐々に変化し、あるところで爆発した。
「……なんのことだ?」
俺は聞き捨てならない言葉が聞こえたので、睨み付けながら問い詰める。
「い、いや、なんでもない。決して言わない方が面白いことになりそうだから黙っていようと思ったわけではないのだ……」
「ほう……?」
ソフィが俺から眼を逸らして慌てふためいた様子で返事をした。
なかなか興味深いことを言う。
「あっ!!」
「どうやらお仕置きする必要あるようだな」
再び「しまった!!」という顔になるソフィ。俺は体の前でポキポキと指の節を鳴らしながら彼女に近づいていく。
「ひぇ、待て!!待つのだ!?」
「問答無用!!」
ソフィは地盤に背を貼り付けてガクガクと震え、怯えた表情を見せたが、俺は無視して頭を両こぶしで挟み込む。
「んぎゃぁあああああああああああああ!?」
そしてそのままグリグリと拳を捻るようにねじ込んだら、ソフィの絶叫が辺りに木霊するのであった。
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