第023話 女王の頼みごと
「俺はアイギスという。その、優しき人っていうのはどういう意味だ?」
俺も名乗りかえし、意味が分からなかった部分を聞き返す。
「ふふふふっ。私を虫たちから助けてくれたではありませんか」
「そういうことか。でもソフィの話を聞くかぎり、俺が助けなくてもシルならどうにかできたんだろ?」
シルの言葉の意味を理解した俺は、肩を竦めて聞き返した。
「そうですね。ただ、迷いの霧に惑わされない存在が居ると思ってはいなかったので、少し試させていただきました」
なるほどな。そういう意図があったのか。
ここに連れて来られたということは認められたということなんだろうけど、俺に何の用事があるのだろうか。
「それで?」
俺は用件を尋ねた。
「あなたはこの深淵の森で、私を見捨てることなく助けてくださいました。だから、あなたがとても誠実な方だと判断し、こちらに招待させていただいたのです。できれば私の願いを叶えていただけないでしょうか?」
なるほど。試すというのは自分の願いを託すに値するかどうかを見定めるためだったという訳か。ただ、俺に出来ることは守ることだけだ。それ以外の事は叶えようがない。
「えっと、後ろの大樹の様子から察するに弱った体を癒してほしいってことか?そういうことには役に立てそうにないんだが」
俺は後ろの大樹が枯れているので、推測で話を進める。
「いえ、違います。頼みはそれに関係しているのですが、私の今の身体の寿命が尽きようとしているのです」
「え!?死ぬのか!?」
俺は否定から続けられた言葉に驚愕する。
「滅するという訳ではありません。後ろの大樹のように、私が依代にしている身体の寿命が尽きると、一つの種を残して休眠状態に入ります。その後、その種の成長と共に、長い年月をかけて再び記憶を引き継いだ状態で新しい私に生まれ変わるのです」
「なんだか難しいが、とりあえず暫くしたら新しい体になってまた元気になるってことか?」
「概ねそういう認識で構いません」
言っていることが少々難しかったが、どうやら俺の認識は間違っていないらしい。
「そうか」
「そこで、あなたのように優しく、私を見捨てずに育ててくれそうな人に私の種を託したいのです」
それが頼みって訳か……。でもそれって滅茶苦茶大役だよな……。
「そんなこと言われてもなぁ。俺、木なんて育てたことないぞ?」
俺はあまりに重要な依頼に困惑しながら懸念を話す。
「大丈夫です。土と毎日水さえ与えてくれれば問題なく成長します」
「でも、俺が住んでる場所ってすぐ隣のなんもない平地だぞ」
シルはそう言うが、今は作物が育つかも分からない土地に住んでいることを言わないわけにはいかない。耕せるようになったとは言え、土が植物の成長に適しているかは分からないからな。
「え!?無の大地に住んでいるのですか!?」
「ん?ああ」
案の定、シルは予想していなかったようで俺の言葉に物凄く驚いた。名前は知らないが、確かにそれっぽいので俺は頷く。
「あ、あそこには何もなかったと思うですが、本当ですか?」
シルはまだ信じられないらしく、今度はソフィに顔を向ける。
最上級精霊さえも住んでいるとは思えない場所を俺に売るとは、あの不動産屋はとんでもない奴だな。
俺は心の中で悔しさと怒りが再燃した。
「ああ。こやつは確かにあそこに住んでおるぞ。今日はこの森に食料を取りにきたのだ。それと、今はもうあそこは無の大地とは言えん」
そんな俺の気持ちなど知らぬとばかりにソフィが答える。
「と、いうと?」
ソフィの言っている意味が分からないようで、シルはソフィに聞き返した。
「現在の無の大地には水が湧いていて、あの地盤が割れ、隠れていた肥沃な土が露呈している」
「ま、まさか不変の地盤が割れたというのですか?」
「そうだ」
ソフィの返事のシルがさらに驚愕し、ソフィがシルの質問に頷く。
「そ、そんなことがありえるというの……」
「まぁなんだ、とにかく無の大地でもお主の種を植え、生育することはできよう」
「なるほど……わかりました」
呆然とするシルだが、ソフィが本題に話を戻すと、シルは少し目を瞑って考えた後、返事をした。
そんなにあのちょっと固いだけの地盤が割れたのがおかしなことでもないと思うけどな。
「それで、俺はそんな場所に住んでいる訳だが、本当に俺でいいのか?」
シルの中で何かを納得できたらしいので、俺は改めて尋ねる。
「これも何かの縁でしょう。迷いの霧が効かず、状態異常にもならないあなたが、私を助け、ここまでやってきて、その上、隣の何もないはずの土地に、新しい息吹を齎しているというのは運命を感じざるを得ません。どうかお願いできないでしょうか?」
「そうか、俺は別に構わないぞ」
そこまで言われては俺に断ることはできない。
「本当ですか!?きっと後悔はさせません。私の新しい身体は、必ずあなたに役立つはずです。身体は植えた人の願いに応じてその姿を変えるので……。それでは、お願いできますか?」
嬉しそうに笑い、目を瞑って自分の手を胸にかき抱いてから、シルは再び俺に願う。
「ああ、分かった。任せておけ」
「それでは私の体をよろしくお願いしますね……」
俺が頷いたのを見たシルは、最後の言葉を述べると、後ろにあった大樹と共に燐光を放ちながら消えてしまった。
そして、目線よりも少し上から淡い光を放つ種らしき物が現れ、俺の許にゆっくりと落ちてくる。俺はその種を落とさないように手をおわん型にして優しく受け止めた。
ソフィに預けるのも、背嚢に入れるのも違うと思い、俺は懐のポケットに種をしまい込んだ。
「はぁ……まさか最上級精霊に認められるとはな……。こんなこともあるのものか」
種を受け取った俺を見ながらソフィがポツリとつぶやく。
「そんなに珍しいことなのか?」
「当然であろう。木の精霊と言えば、人間が認められることはまずない。森人族や妖精族といった森にゆかりのある種族が選ばれることが普通であるからな。それにその種族たちでさえ、千年に一度選ばれるかどうかだ」
「それは人間には到底考えの及ばないスケールだな……。まぁ選ばれたからには大事に育ててやらないとな」
「そうだな」
まさかそれほどまでに選ばれないものだとは思わなかった。でも託されたからにはきちんと世話をしたいと思う。
俺達が拠点に帰るために再び森に足を踏み入れようとすると、森の木々がまるで道を作るようにアーチを描いた。ソフィによると霧も消えているらしい。
「これはどういうことだ?」
「お主がシルに認められたからだろう」
「なるほどな」
この森に住む精霊にとっても一番大事な存在だからということか。
「これは帰りは真っすぐ帰れそうだ」
「ああ」
霧に惑わされなくても森の中では方角が分からなくなることもあるからな。こうやって案内してくれるならありがたい話だ。
俺達はあっという間に森を抜け、気づけば外は真っ暗な夜になっていた。
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