疑心暗鬼の囚人たち

「い、いやあ――っ!! もうやめてぇ!」

 

『売れ残り』が大声で叫んだ。


「ふっ……、これくらいで十分伝わっただろう、その殺人犯の特異さが。そろそろ終いにしようか」


 スピーカーからの声は、最後にこう締めくくった。


「せいぜい頑張ってくれたまえ諸君。出所後にこの事実を他人にもらしても罪には問われることは決してないと保証しよう。だって、そんな荒唐無稽で素っ頓狂な話をだれが信じると言うんだ? ははははははっ……」


 しばらく部屋の中は静寂が支配した。


 こういう場では、往々にリーダー格の奴が出てくるものだ。


『ピアス』が口火を切った。


「要は、この部屋にいる、その残忍な死刑囚を探し出して殺せばいいんだろ?」


「俺は見ての通りヤクザだ」

 

 腕をめくると、そこには極彩色のタトゥーが彫られた太い腕を、他の受刑者に見せびらかすようにして振ってみせた。


拳銃チャカの扱いにも慣れてる。実際に拳銃チャカを使って、対抗組織の幹部のどたまを撃ち抜いたこともあるぜ。刑の執行役は任せとけや」

 

 そう啖呵を切るように『ピアス』が場を仕切る。


「でもよ。今聞いた話が本当なら、その死刑囚とやらは男ってことにならないか?」


 と、『ピアス』が、ガラの悪そうな見た目に反し、もっともらしいこを吐く。


「だとしたら、一人除外されるよな」


 みんなの視線が、『売れ残り』に集まる。


「でも、そいつが女だと決めつけていいものか」


 ピアスの疑問に答えたのは『死神』だった。


「私は女よ! 」


「いやいや、犯行が発覚した後に、性転換手術をしてちんぽこと金玉を切除したのかもしれないし。その胸の膨らみも偽物かもしれないぜ、うへへへっ……」


 『死神』が、そのアダ名に恥じない薄気味悪い笑みを浮かべて笑った。


 すると、今度は『ひょっとこ』がすぐ隣で寝そべる『ピエロ』に向かて話しかける。


「オマエ、怪しいな」


 ガタイのいいいかにも凶悪犯然とした大男の『ピエロ』が疑われるが、本人は即座に否定する。


「俺はこう見えて気は小さいんだ。確かに殺人を犯して服役中だが、あそこまでの残忍な犯行はさすがに俺にはできねえ」


 死刑囚探しに行き詰まる受刑者たち。


「胸糞わりい話だよな。だがよー、どうやってその凶悪な死刑囚を炙り出せってんだ?」

 

 苛立ちを隠せない、リーダー格の『ピアス』が呟く。


「あんたはどうなんだ? 一見インテリっぽく見えるけど、とても凶悪犯罪に手を染めるようには見えないが、どんな犯罪をやらかしてこの刑務所にぶち込まれだんだい?」


 『ピアス』が『私』に目をつけた。


「私は大学――とは言っても贔屓目に見て二流大学ってとこだが――そこで教鞭をとっていた助教で、専門は犯罪心理学だ。大学では教壇にも立つことが週に何度かあった。自分の恥を晒すようでみっともなが、教え子に手を出したツケが回ってきたっていうわけだ。可愛い女子大生ばかりを狙って、当初は同意の上のセックスだったんだが、レイプされたと訴える学生が訴え出て……。それを苦に自殺する子もいてね。まあ、自業自得と言おうか、オイタがすぎたってことかな?」


「あはあ~ん。大学教授ってやっぱモテるんだ~。羨ましいぜ」


『ピアス』が、心から羨ましそうに言った。

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