第8話 夫であった侯爵は語る(4)

「両親が揃った家庭に育つのが正しいことだと思うのです」

「彼女の環境は決して双子が育つのに良くない。できるだけ早く真っ当な環境に置くべき」

「そもそも父親の名を言えない辺り、子供に良い影響を与えない」


 一つ一つはまあ判らなくはない主張だった。

 ただ気付いているだろうか? 

 マゼンタは自分自身、「両親が揃った家庭」に育っているのだ。

 それでいて、その母親との関係を上手く扱うことができないまま大人になっている。

 両親が揃っていたところで、そこにある感情が歪んでいるならば、いっそ無い方がいいことがあると私は思う。

 それに、今のこの時点では可愛いだけの子供であれ、エレーナの血を引く以上、ただの、マゼンタが望むような子供らしい子供、きちんとしたお手本にある様な成長をしていくとは思えない。


 エレーナの周囲の彼等は、私からしてみても決して普通ではない。

 が、エレーナととても相性が良い。

 彼等の絵を見、彫刻を見、ピアノや弦楽器の演奏を聴いて育つことがそんなに悪いこととは思えない。

 だがマゼンタはこの件については譲らなかった。


「お母様、お兄様」


 ある日エレーナは困ったように私と母に相談に来た。


「どうしたの? 双子ちゃんも……」

「お義姉様がお出かけということで、ちょっと」

「マゼンタがどうかしたのか?」

「ちょっとというか……」


 ふう、と妹にしては珍しく困った表情になった。


「兄さん、義姉さんはこの子達を欲しがってるって聞きましたけど」

「ああ、無理だとは言ってあるんだが」

「だけど」


 双子に何やらエレーナはうながした。


「あのね、おばちゃんがよくいうの。ほんとうのおかあさんはおばちゃんで、ママは綺麗なおばちゃんなんだからね、って言うの」

「おばちゃんはおばちゃんだよね、なんでそういうこというの?」


 母はぎょっとした顔になった。私もやってしまったか、という気持ちになった。


「……それは、ちょっとまずいわね……」

「ずいぶん繰り返すから、よっぽど可愛いのだろうと思っていたんだが……」

「お義姉さん、子供が欲しいのではないの? ちょっと歳がいってしまっているかもしれないけど、無理ではないでしょう?」

「いや、別に欲しくはないと言っていたんだ。むしろあまり好きではないと言っていた。……なんだが、何だろな、この子達に妙に懐いていてな……」

「この子達『に』」懐いている、兄さんにはそう思える? やっばり」

「ああ。どう刷り込もうとしたところで、そんなこと今さら無理だし、この子等にとってはお前が母親だ。お前の作業中は他の連中が遊んでくれているし、乳母もいるし、ちゃんとお前の生活はずっとちゃんとできているんだろ」

「ええ、私もそのつもりで色々やってるのよ。それに、この子達の父親も、できるだけのびのび育ててくれればいい、と言っているし。そもそも侯爵家を継ぐ子供にはできないというのに」


 そう、この点を言えない辺りが、おそらくは一番マゼンタに引っかかっていたのだろう。


「マゼンタはどうしても両親の揃った家庭で育てるべきだ、と言ってるんです」

「それこそ貴族の家庭では揃っていないことなんてよくあることだわ」


 エレーナは特に自分のその相手が相手だけに、マゼンタの言うことが理解できない、とばかりに首を横に振った。


 それから幾つかのことが続いたし、他から養子を取るとかどうか、という話を持ち掛けたが、「あの子達が欲しいんだ」の一点張りだった。

 そして時間があれば離れへ出かけて子供達に会おう会おうとするし、ついにはこちらが隠しているエレーナの相手、子供達の父親のことを調べようとしだした。

 それはまずい。

 まずすぎる。


「何で駄目なんですか? 私この件については間違っていないと思います。子供は頼れる父親と優しい母親が揃っていてこそだと」


 その時私はしみじみとマゼンタが自分のされなかった家族の姿を当てはめたいのだ、と気付いた。


「……君は両親揃った家族が子供達に必要だと言うんだね。では駄目だ。私は君と別れたい。そうすれば、君はあの子達を引き取れたとしても、きちんとした家庭にはならないよね」


 唖然とした彼女を、そのままかつてエレーナが子供達を産んだ別邸まで連れていった。

 本宅とも王都とも遠いこの家で好きに暮らせばいい、と。


「お別れなのですか」

「君がいつまでもそういう考えである以上、結婚生活を続けることはできないんだ。私は君のことを大切にしてきたつもりだよ」

「私も貴方のことをとても、大切な方と思ってます」

「でも、私がどれだけ言っても、もしあの子達の父親の正体自体が知られては困るものだとしても、その可能性に気付かなかったんだよね」

「……」

「君は聡明なひとだけど、家族のことに関してだけは頭のネジが飛んでしまう。しばらくはゆっくり自分で考えてごらん」


 呆然とした彼女の姿は辛かった。

 だが彼女が想像できないことに関して、強固に主張し続けることは無駄なのだ。

 彼女はきっと、自分が得られなかった「完璧な家族」を今度は自分を母親役において理想的な子供を置いて体験したかったのかもしれない。

 だがそれは叶わない。そして下手なことをされたなら、侯爵家にとって困るのだ。

 冷たいだろうか? 

 だが私は侯爵なのだ。それは変えられない。

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