第5話 夫であった侯爵は語る(1)
私、ダグ・セブンスが妻であったあれと出会ったのは、まだあれが母の実家である子爵家の家庭教師をしていた時だった。
決して美人という訳ではないが、決して勉強や作法を学ぶのが好きではない従姉妹達に対して、実に根気よく接していた姿が好ましかったのだ。
私は当時まだ侯爵ではなかった。結婚後しばらくして、私達の様子に安心した両親が引退を決めたことで継いだようなものである。
その頃もまだ子供は居なかったが、父方の親戚に男子は多かったので、いざとなったら出来の良いのを養子にすればいい、という考えは今と変わっていない。
というより、そもそもこの家自体がそうやって跡取りを繋いできたのだ。
それは実子がどうにもならない出来であった時にも適用された。
私はそれを知っていたこともあり、跡取りとしての息子としては一人きりであっても一生懸命勉学も、身体を鍛えることも努力した。
外見、風采に関してだけはどうにもならなかったが、そこはもう諦めていた。
元々異性にもてようという気持ちもそう強くはなかったのも良かった。
私は淡々と、自分の役割を子供の頃からこなしてきた。そしてそれに満足していた。
とは言え、年頃ともなると、嫁取りの話が出てくる。
……はずなのだが、ともかく私には来手がなかった。
一応釣書はばらまいていた、と母は言っていた。だが相手にしてくれる令嬢がいないとのことだった。
「どういうことでしょうねえ」
母は困った顔をしていたが、私はよく判っていた。
自分は決して絵姿から会ってみたいと思われる姿でない。
父方の従兄弟達は、嫁を取るなり婿に行くなり、次々とその辺りは成立していった様だった。
家格はそう変わらないなら、やはり見栄えの良い方が売れるのだな、と父の商売を見ていたことからやはり淡々と考えていた。
まあいざとなったら独身でも構わない、とまでその頃の私は思っていた。
そんな折りの彼女との出会いである。
*
この家に出入りする様になったのは、母方の伯父が上手く動けない時期があったからだった。
馬車の事故だった。
背中を強く打ったとのことで、なかなかベッドから起き上がれない日々が続いていた。
そんな訳で、この時期、母の実家の子爵家は困っていたのだ。
先の子爵であった祖父が亡くなり、相次いで祖母も。
そして伯父には他に男兄弟が居なかったことも大きい。
そこで妹の息子である私が手伝いに来たという次第だった。
私はこの時既にある程度、父の領地や商売の一部について任されてもいた。
ある程度の経営の実績があった。
そこで父は私を向かわせたのだった。
「いや、あいつが倒れたなら俺が見てやりたいのだがな」
もともと伯父とは青年時代から仲が良かったという父は、できれば自身で何とかしてやりたかったらしい。
だがうちは領地も広く、また商売もある程度以上手を広げ成功していたことから、父にはその余裕が無かった。
「本当に、貴方のような跡取りを持って幸せね」
伯母は作業の間に間に私を話し相手にしたがった。
夫が病床にある状態だ。
話し相手を外の友達に求めることに、多少の遠慮があったのだろう。
身内である私なら良いだろう、とこれでもかとばかりに「地面に掘った穴」宜しく、あれこれと喋り倒した。
私は自分自身からの話題は特になかったので、彼女の話をひたすら聞いていた。
聞くのは得意だ。
どうでもいいところは聞き流し、重要なところではきちんと相づちや意見も言う。
だが基本的に否定はしない。
「女の会話というものはそういうものなんだよ」
父は常々そう言っていた。母のいる前だったが。
そんな母は母でこう言っていた。
「女性のお喋りは話すこと自体が目的なのですからね」
と。
そして私はその時、伯母でそれを実感できていたところだった。
そんな会話の合間に、彼女の存在があった。
若い、ほっそりとした地味な女性が従姉妹達と共に庭に出てきた時だった。
私の視線が彼女に向かったことを、伯母が見逃すはずはなかった。
その興味津々の視線に、私は問わざるを得なかった。
「あの女性は家庭教師なのですか」
「そう。――家をご存じ?」
私は否定した。
少なくとも実業の話の中では耳にしない名だったのだ。
「何と言うかねえ、可哀想な娘なんだよ。あれでも子爵令嬢なんだよ。だから教養は充分。だが何と言ってもお金が無い。住み込みで職を探して、うちが三軒目だということだよ」
「子爵家が没落とは、なかなか凄いですね」
「そう、そこなんだよ」
伯母の目がらんらんと輝いた。新たな話題に食いついた、とばかりに。
「子爵ってことは、それでも世襲が認められている貴族だろう? 何でも二代前までは、結構な羽振りの家だったらしいよ」
「それがまた何故」
「さあそこだ」
伯母は口元を大きく釣り上げた。楽しそうだった。
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