旅支度!
『ファル、この町を出るぞ」
朝、俺より早く起きたファルが怪訝そうな顔をしている。
「出る、この町をですか?」
「そうだ、一カ所に長居して俺のスキルに文句がつくのは避けたい」
「ねえラック……」
「なんだ?」
「私が戦った方が早いような気がするんですか……確かに召喚は出来ませんけど、普通に私の方が魔法に強くないですか?」
「お前言って良いことと悪いことがあるぞ!?」
俺はファルの絶望的な正論に気が滅入る。確かにコイツは強い、しかし俺の方は相変わらずだ。
「ラックも召喚魔法以外を覚えたらどうです?」
「生まれつきのものだからなあ……他の魔法を覚えたところで専業には勝てないな」
この世界の摂理、生まれたときに全てが決まってしまう。俺はそこでアウトサイダーとなってしまった。冒険者の大半はそんなものだろう。それでもまあそこそこやっていけるので問題に思った事もない。結局、召喚士として生まれたら、いくら使えると言っても、白魔道士や黒魔道士には絶対に勝てないのだ。
「難儀なスキルですね……」
「専門の方が強いのは古今東西同じ事だよ。俺じゃどうやっても届かないんだ」
「でも町を出なくても……」
「俺は目立ちたくないんだ。パーティを組もうなんて言うやつが出てきてみろ、俺のランダム召喚が役立たずなのがその町全体に噂として広がるぞ」
「そうですか……ギルドに挨拶しておきますか?」
「要らんよ、ギルドなんて人の入れ替わりは日常だからな」
ギルド、採集はともかく、討伐や護衛依頼では普通に人が死ぬ。そんなことを数えていたらキリがないので、一定期間顔を出さなければそのギルドから登録を抹消される。必要になればまた訪て再登録も可能になっている。
「そんなものですか……」
「ああ、ギルドなんて死人が出る職場トップだぞ」
「嫌なトップですね……」
まだ冒険者家業に離れていないらしい。さっさと諦めて日陰者として生きていく覚悟をして欲しいものだ。
「私が延々戦い続ければラックに噂は立たないと思いますよ?」
「人を勝手にヒモにしないでくれ」
まるで俺がクズみたいじゃないか!? 言って良いことと悪いことがあると思うぞ……
「でももう少し町を見物してでも……」
「次の町への馬車代がかかるんだよ。今のうちに出ておけば何一つ情報は残らない」
「言ってて悲しくならないですか?」
俺の心にチクチク言葉を飛ばしてくるファルの手を引き、馬車の時刻表を見ると明日朝次の町への馬車が出ることになっていた。それに乗っていくとするか……
「もう出て行っちゃうんですね……」
「ああ、明日の朝だ」
「ラックは流れ者をやるのが趣味なんですか?」
「趣味じゃねえよ! 悪評が立つ前に逃げてるだけなの!」
俺は明日の朝、出発することを決めると、宿に町を出て行く旨を告げた。
「なんだい、あんたらもうでていくのかね?」
「ええ、一つの町にいるとトラブルに巻き込まれることばかりなので」
「そうかい、今日の夕食は楽しみにしておいてくれ」
そして必要な伝達をすると少し暇が出来た。ギルドに出向くのは、明日出ていくことを考えると嫌味かもしれない。
「ねえねえラック、こんなあっさり出ていっていいの?」
「冒険者は今日いたからと言って明日もいるとは限らない人種だからな。みんな気にしないよ」
俺が死んだら誰か悲しむだろうか? 両親に家から追い出され、パーティメンバーからハズレ扱いされ……きっと俺が死んでも世界は何も変わらないのだろう。そう考えると気が重くなる。
「ラック……私はラックがいると嬉しいよ?」
とくんと心臓が跳ねた。その感情を何と呼ぶのかは分からないが、なぜか心地の良さに包まれる。
「じゃあ夕食まで寝るか」
「そうですね」
俺たちは部屋に戻って寝ようとした。しかしその時には町が活気良く稼働しており、俺はぼんやりと窓の外を眺める。『あり得たかもしれない生き方』そんなものを未だに引きずっているかと思うと自分のことを笑いたくなってしまう。
ぽん
窓から眺めていたので背後に気を使っていなかった。突然ファルが抱きついてきたのだ。
「ねえラック、私は貴方に召喚してもらったことを誰より感謝しているんですよ? ラックからみんなが離れていっても私がいますよ?」
その声を聞いて吹っ切れた。
「そろそろ夕食の時間だな」
「いきましょうか」
食堂に着くと鳥の丸焼きや、魚、ほかにも肉を使った見たこともない料理が並んでいて、もちろんスープもあった。
「いいんですか? こんなにたくさん」
「細かいことを気にするな! お前さんはこの町の面倒事をいくつも片付けてくれたじゃねえか! むしろ安いくらいだよ」
俺がそれほどすごいことをしたのかは少し謎だが、否定することもないので食事に手を付けた。
ここまで肉が大量に使われている料理を食べるのは記憶の限り無かった。その日を生きる金と、次の町への馬車代、その二つで大半を使用するために食事で贅沢など出来ない暮らしをしていた。
「美味しいですね」
「美味いな」
オヤジさんは俺たちの様子を見て笑う。
「はっはっは! 二人とも言い食いっぷりじゃねえか!」
その言葉もそぞろに、俺は食事を進めていき、鳥の丸焼きが骨ばかりになったところで食事を終えた。
「美味かったかね?」
「ええ、最高でした」
「私もここまで美味しいのは初めてですね」
「じゃあ明日も顔くらい出してくれよ? せっかくの英雄様の出発なんだからな!」
英雄にまでランクが上がってしまい、俺の実力の無さを披露するのはみっともないのでやめておこうと決めた。
「ええ、明日朝発つので、その時に挨拶させてもらいますよ」
「そうかい、早起きしねえとな!」
そう言ってガハハと笑うオヤジさん、そして俺たちは部屋に戻った。
「さて、あとは明日の朝だな。ちゃんと寝ておけよ?」
「私は寝ようと思えば横になって数秒で眠れますよ?」
「それはすごい、役にはたたんがな」
そんなやりとりをしながら二人で隣同士のベッドで眠りについた。
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