宿泊費がありません!
「困った……」
ファルが机を前に困っている俺を冷たい目で眺めている。
「言いましたよね? 昨日、『飲むのは自由だけど奢るのはやめておいて』と言いましたよね?」
そう、依頼の成功で金が入って気が大きくなり、ついついギルドにいる連中に一杯奢ると宣言してしまった。それだけならまだ、ギルド内にいた十人くらいに奢るだけですんだ。しかし噂を聞いて人が集まってきて……そこから先はよくある話だ。
「ファル……お金とか持ってたりは……」
「無いです、というかそんなお金の使い方をする人に貸すお金は無いです」
辛辣な一言に俺は困り果てた。依頼……受けるかなあ……
黒のドレスを着た相棒にどう切り出したものかと悩んでから切り出す。
「なあ……依頼をこなしてお金を……」
「しょうがないですねえ……分かりましたよ、ギルドに行きますか」
俺の失態を許してくれるというわけだ。幸い借金もしていないし、宿賃くらいは残っている。七日間くらいは泊まれるのでそれまでに依頼をこなす必要がある
「ところでラック、貴方って結構なビビりのような気がするんですけど、あんまり報酬のいい依頼を受けませんよね」
失礼なことを言ってくるやつだ。俺はただ単に自分の力を知っているだけだ。無謀なことはしない、安全に生きていきたいだけだ。最前線で殺し合うような戦い方は苦手なんだ。
「とりあえず朝食にしようか」
「そうですね」
食堂に向かうとオヤジさんが気もそぞろにピザを焼いている。いつもみたいに威勢よく俺たちに挨拶もせず、ピザ釜をじっと見ている。集中しているわけでもなく、心ここにあらずと言ったほうが合っているような雰囲気だ。
「おはようございます」
「……」
「ピザは焼けました? 私はお腹が減っているんですけど」
「あ! ああ、二人ともわりいな」
そう言って焼けたピザを俺たちの着いた席に置いた。
「どうかしたんですか? 珍しいですね、なんだか元気がないようですけど」
オヤジさんは気が乗らないようだがポツポツと話し始めた。
「実はな、ここのところ小麦が高くってな……値上げをしなきゃならんかもしれん」
「小麦ですか」
「ああ、あんたらは『麦死病』って知ってるか?」
「ええ、すごい勢いで感染していって麦畑を全滅させるってやつですよね?」
「ああ、それがこの町で発生したんだ」
「ふーん」
ファルは露骨に興味が無さそうにしている。しかし俺にとっては重要な問題だ。宿賃の値上げというのは財布に響く。しかも市場全体で値が上がっているのならどこかに移っても同じ事だろう。
「そうなんですか……しかし麦死病はそんなに大規模に広がらないのでは?」
この病気はあまりにも感染力が強く、枯死してしまう勢いが激しいので病気が広がる前に感染できる麦が無くなって自滅してしまう病気だ。それ故発見された場所で麦を刈り取ればそれ以上広がることは少ない。
「そうなんだがな……今回はどうも病気をばらまいている魔物がいるらしいんだ……」
「ああ、なんでしたっけ? 羽虫がこの病気を広げてるって説もありましたね」
「ああ、真っ黒な蛾が大発生してな……駆除しようにも数が多すぎてどうにもならねえんだよ……卵を地面の下に産み付けるから卵から駆除するなら地面を耕してひっくり返すしかねえ、ただそんなことをすれば……」
「取れる麦も全滅する……ということですか」
オヤジさんは苦々しそうに舌打ちをして頷く。
「ああ、なんにせよ今年の麦は全体的にヤバいんだ。領主はもう税金を下げるように動いているらしい。税を下げる代わりに物資の配給はしないぞってことらしい」
税金を少なくして度量の大きさを見せつつ、配給をせず懐の痛みを最小限にしようとしている。領主も結構したたかだ。
「あのー……麦死病でしたっけ? アレって確か麦の穂が真っ黒になるやつですよね?」
ファルが横から口を出してきた。世間を知らないらしいファルからすれば俺たちの会話は分からないものなのかもしれない。
「ああ、そうだ。穂が黒ずんで次第に枯れていく、感染力の問題もあるがここまで問題になったことは無いんだがな」
「私、それを何とか出来ますよ? というかこっちじゃあの病気そんなに問題なんですか?」
俺たちは二人して驚いた。麦死病への対策は感染前に麦を刈り取るくらいしか方法が無いはずだ。
「嬢ちゃん、それはホントか?」
「ええ、昔は食事が真っ黒な麦ばかりだったので美味しく食べるのにそれを治す方法を覚えたんですよ」
麦死病に感染した麦も枯れる前なら食べることは出来る、碾いても真っ黒な粉になって美味しくないという残念なことがあるのだが……
そんなことを考えているとオヤジさんがファルに頭を九十度に下げた。
「頼む嬢ちゃん! この病気をなんとかしてくれ! 解決してくれたら宿賃を一月無料にする!」
「ラック、構いませんかね?」
「出来るならやってもいいけど……そこまで言うなら本当に解決できるんだよな?」
「ええ、不味いものを美味しく食べる方法の研究は結構しましたからね」
そう宣言するファル。そんなことが出来るなら結構な報酬がもらえるだろうに……
「じゃあ麦畑の場所を教えてくれますか?」
「ああ、町の南のはずれのほうだ。今は取り込み中だが、本当に麦を治せるのなら問題無く入れると思うぞ」
「よし! ラック、いきますよ!」
ピザの残りを口に詰め込んで宿から出て行くファルを俺は追いかけた。
道中でファルと話をする。
「本当にそんなことが出来るのか? アレの治療法はずっと検証されている難問だぞ?」
「私を嘘つき扱いしないでもらえます? 真っ黒なパンを食べ続けてそれを白パンに変える方法を考えてたんですよ」
「苦労したんだな……」
黒パンと呼ばれる茶色いパンでは無く真っ黒なパンと言うことはおそらく投げ売りされている麦死病で刈り取った小麦粉を使ったものだろう。アレは貧民街に支給されることもあるが非常に不味いため人気が無い。
そうして愚痴っているのを聞きながら麦畑に着いた。
「お前さん方は誰だ? ここには盗むような麦は無いぞ」
衛生管理者がげんなりした様子でそう言う。麦死病は人間に感染したりはしないがドサクサに紛れてこそ泥をしようとする奴を追い払っているようだ。
「私が麦死病を治療しに来たんですけど」
「ははっ……お嬢さん、冗談はもう少し信じられることを言った方がいいぞ。それとここらはみんな気が立っているから滅多なことを言うと殴られるぞ」
「はぁ……じゃあ一本黒くなった麦の穂を持ってきてくれますか? 証明してみせますよ」
管理者たちも俺たちの相手を続けるより、枯れかけの麦一本で追い払えるならと考えたのだろう。臨時の詰め所から黒くなったので刈り取られた麦を一本持ってきた。
「ほら、これを治してみてくれたら信じるからやってみてくれ」
投げやりにそう言う。実際こういうときにペテンを働く人間も多いので俺たちを追い払いたいようだ。
「ではこれで……」
『プラントヒール』
麦が光に包まれて黒くなっていた場所が元通りになっていく。半信半疑だった管理者も目を丸くしてみている。少しして完全に元気な麦になった穂を見せてファルは言った。
「さて、治療するので畑に入れてくれませんかね?」
「あ、ああ! こちらへ来てくれ!」
急いで俺たちを案内する。案内しながら治療した麦にどこかトリックがあるのじゃないかとまじまじと見て何の痕跡も無いのを確認していた。
一面が真っ黒になった畑の中央に立ってファルは治癒魔法を使う。
『プラント・エリアヒール」
勢いよくファルを中心に光が広がっていき、一面の黒を元通りの自然な小麦の色に塗り替えていく。光が広がりきったら辺り一面の麦畑に戻っていた。そこに真っ白な蝶が飛んでいた。
「あ……ああ……!! すごい! すごいよ嬢ちゃん!! 虫がいいようだが他の場所もやってくれないか?」
「ええ、約束ですからね、構いませんよ」
そして辺り一面が普通の麦畑に戻ってくれた。真っ黒なときは気がつかなかったが白い蝶が何故かたくさん沸いてきた。
「ありがとう……本当にありがとう……!」
感謝はされた、俺たちに感謝状を一筆書いてもらってオヤジさんへの証拠として持ち帰ることにした。帰途についたところでファルに質問した。
「なあ、なんかやけに白い蝶がいたんだが、魔法で出したのか?」
ファルは微笑んで答える。
「アレは麦死病をまいていた蛾ですよ、蛾が病気をまき散らすのは本当ですが、アレは蛾が麦死病に感染してそれが麦にうつるんですよ。あの病気は蝶自体に害は無いですから、広まっちゃうんでしょうね」
「そうなのか……」
麦死病がどこから発生して移動していくのかは謎だったがそれを簡単にファルが解決してもらった。俺たちは堂々と『烏の宿』に戻って感謝状を主人に見せると驚いた顔をして俺たちに笑いかけた。
「いやあ! うちがこの町の危機を解決した人を泊めてるとなるといい宣伝だな、ハハハ!!」
「ちゃんと宿賃を一月お願いしますよ?」
「おう! 男に二言はない! 安心しろ!」
そうして俺たちは当面の間宿賃に困ることはなくなり、しばらく呑気な生活が出来そうだった。
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