召喚! ダークインプ

「やっぱり依頼を受けないとダメだな……」


 俺はそろそろ宿代の限界が来そうなのでつぶやいた。


「ラック、お金無いんですか?」


「ああ、食事代込みで銀貨二枚は確かにこの町では安いようだが、それにしても依頼を受けずに生活できるほどの貯蓄は無い」


「世知辛いですねえ……」


「諦めろ、人間らしい生活にはコストがかかるんだ」


 俺は苦々しくそう言った。何も悪いことをしていないとしても、誰かに迷惑をかけなくても、どんなことであれ生きていくのに金が必要だ。気が重いがギルドに行くかな……


「じゃあギルドへ行くぞ」


「はーい」


「まあその前に……」


「なんですかー?」


「朝食だ」


 人間が生きるために食事をするのは当然だが、どうせなら美味しいものをと思うのもまた人間だ。幸い昨日の夕食もこの宿でとったが『烏の宿』という名前からは想像がつかないほど料理が美味しかった。


「そうですね、食事代込みの支払いをしてますもんね」


 そして食堂に向かうとオヤジさんが席に着くよう促し、パンとゆで卵、ついでにベーコンを出してきた。まあ朝食ならこんなものだろうな。


 卵に塩を振ってパンをちぎりながら食べる。いつもの平均レベルの食事だったのだが、ファルはとても物珍しそうに食事を見て、俺の食べている方法を真似して食べていた。


 コイツは食糧事情があまり良くなかったのだろうか? 召喚者の子細を聞くのはあまり感心しない。俺はサモナーとして帰還魔法を使うときは召喚獣の要求するものだけを聞き、報酬を支払って帰ってもらっている。だから俺はその事について気にすることもなく食事を進めた。


「コーンスープです」


 席の横からあのオヤジの奥さんだろうか? 従業員かは不明だが俺たちのテーブルに小鍋を置いた。


「なんですかこれ?」


 ファルは俺に質問してきた。おいおい、さすがにコーンスープを知らないというのはあんまりじゃないか?


「トウモロコシのスープだよ。美味しいから俺は好きだな」


「なるほど、普通に飲むんですか?」


「ああ、それでもいいしこのカップに注いでこうやってパンを付けて食べるのが好みかな」


 俺はコーンスープに浸したパンをパクリと食べる。甘みが眠気を飛ばしてくれる。朝食に出るとは思っていなかったので予想外のサービスがありがたい。


おひしいおいしいです」


「口に入れたまま喋るのはお行儀が悪いぞ」


 意外と食については世の中を知らないらしい。常識程度の知識はあるようだが、あまり美味しい食事をしてこなかったのだろうか、なんだかやけにがっついている。


 スープにパンを付けて食べ、パンがなくなればスープをすすって満足げにしている。コイツはきっと酷く迫害されていたか、あるいは庶民の食事などしないお嬢様だったのだろう。前者の方が確率的には高い気がしたが、だとすればそれを言うべきではない。その程度の対人能力はある。


「いやあ、美味しいものね」


「そうだな、仕事前の飯としては上等なものだろう」


「お仕事ですよね、ギルドですか?」


「ああ、俺みたいな根無し草にはそういうところからしか仕事が来ないんだ」


 ファルは楽しそうにしている。ギルドが嫌いというわけでもなく、ただ単に珍しいものだから以上の事はない様子だ。


おひひいおいしいれすね」


「だから口の中にものを詰めるな」


 たぷんとスープを鍋からおかわりして、もう一杯をついだカップを飲み干す。


「さて、今回の依頼は何を狙ってるんですか? 討伐、採集、それとも警備?」


 俺はその言葉を聞いて重い口を開く。


「採集か討伐だ……警備は出来ない、俺のスキルが運任せだからな……自分の運に賭けるにしてもわざわざハズレの俺を警備で使って何かあったら不味いんだよ」


「そういえばラックのスキルは運任せでしたね」


「そこを忘れるなよ、ただ俺も超いい魔物を召喚できればかなり上級の魔物でも討伐できるんだぞ」


「はいはい、負け惜しみですね、自分の運を信じられるならいいんでしょうけどね、生憎私の実力の方が信用できますよ」


「はぁ……その話はまたあとだ。食べ終わったな? ギルドに行くぞ」


 ファルが食べ終わっているのを確認してから、俺は席を立ってファルを連れて宿を出る。


 ギルドへの道のりが二人というのは久しぶりだった。大抵ギルドで即席のパーティに入っては追い出されることを繰り返していたからな。一人ではないことは素晴らしいのではないかと思ってしまう。それが本当かどうかは俺が満足したかどうかが全てだろう。


 だからこの喜びのために、俺はコイツを守る義務があると思うんだ。


 ギルドにつくと依頼の張り出されているコルクボードの前に行く。割のいい依頼を探すが、採集は報酬が渋く、報酬のいいものは危険が高かった。


 俺はともかくファルは初心者だ。比較的楽な依頼からこなして成功体験を積ませるべきだろう。


「ラック! これがいいですよ!」


 そう言って指さす紙には『フレイムイーター討伐』と書かれていた。火を食べると言われるほど熱く燃えさかった身体をした化け物だ。俺のランダム召喚で成功する確率は五分五分だろうか、二人でかかるにしても少し分が悪いような気がする。


「これかあ……もうちょっと楽なの選べないか?」


「楽ですか? でもこの依頼報酬がいいですよ? それにフレイムイーターって下級精霊ですよね? 私は精霊魔法も使えますよ?」


「お前地味にすごいな」


 精霊魔法は非常に高コストだ。人間がたどり着くためにはかなりの年月がかかるようなものだ、そうでなければ才能に溢れた有能な人間なのだろう。


「フェアリーは魔力が強いからですよ、私の半分はその強い魔力を持っているんです」


 なるほど、ハーフフェアリーだからか、確かにフェアリーは物理攻撃にとんと弱い代わりに魔力を戦いに使う。しかし精霊魔法はやり過ぎのような気もするがな。


「詳細は……鉱山に出たフレイムイーターの討伐か、勝ち目はありそうだな」


 俺の召喚は完全に選択こそできないものの、ある程度予測がつく。強い魔獣を続けて召喚すると次が弱いものを召喚しがちかだと思っている。確率のマジックなのかもしれないが、俺は割と信用していた。まあこれを信頼したせいでピンチになったことも多いのだが……


 その依頼を剥いで受付に持って行く。受付のミーナと名乗った人に依頼票を渡す。


「フレイムイーター討伐ですか……依頼の危険性はご承知の上ですか?」


 ファルが食い気味にそれに返答する。


「それは当たり前ですよ、最悪でも死ぬだけでしょう?」


 この子は修羅の世界からやってきたんじゃないだろうか? 最悪でもって……普通それを恐怖して踏みとどまるものだろうに……コイツは欠片も迷うことなく選択した。


「では初めての方はこちらの同意書にサインをしてください」


 ファルが小声で俺に話しかける。


「そういうものなんですか? 登録時にそんなものなかったですけど……」


「そんなものだ、ギルドは登録こそ共有しているけど、何かあったときに責任を持つのがどこかハッキリさせないといけないんだ……」


 納得したようで、ファルがサインして、俺もいつも通りサインをする。認証魔法で中央から情報が届いて認証される。サインは綺麗に消えてあとに『承認済み』の文字に変わった。


「ではお二人とも死なないでくださいね! 頼みますよ! 割と真面目に死者が出ると責任に関わるんですよ?」


 自分勝手なようだが、みんな自分の出来ること以上の事はしない、そこで責任問題になっても迷惑なだけなのだろう。どのみちギルド事務なんて職業選択の幅が広くないのだからな。詰め腹を切らされるのは嫌だという意味だ。


「問題無いですよ、では鉱山は町から馬車で半日ですね? 馬車代は持ってくれるんですか?」


「それも含めた報酬の金額になっていますね。馬車代はかかりますが、それ以上に他のこの手の依頼より報酬が弾んでいます」


「ラックもそれで構いませんね?」


「ああ、全く問題無い」


 鉱山という立地も割と俺向きの依頼だ。鉱山には現在フレイムイーターが出没しており労働者が避難している。つまり俺のスキルである『ランダム召喚』を目撃する人間がいないということだ。


 こうして俺たちは貸し馬車を一つ借りて鉱山へと向かった。幸い普段鉱山に向けて走らせていた馬車がこの騒動で運休していたのでそれを借りて素早く向かうことが出来た……


「おうぇっぷ……」


 そう、コイツが馬車に弱いことをすっかり忘れていた。ゲロを必死に我慢しながら目的地までまっしぐらに走っていく。『止めようか?』とも言ったのだが、『苦しみが長引くだけです』と断られたので俺はひたすら早く目的地に着くことだけを考えて進めていった。


「ふぅ……結構大丈夫でしたね」


「嘘つけ馬車から三回はゲロを吐いてただろ」


「そんなものカウントしないでくれませんか? ラックがこの依頼の経緯についてその細かい情報を報告しなければそれを人が知ることもないんですよ?」


「はいはい、報告ではファルが鉱山のために馬車を急がせたって報告しとくよ」


 実際半日の所を三分の一日くらいで鉱山に着いた。このくらいの無理は利く馬のようだ。普段乗せている採掘者たちが多いので二人で走らせるのは初めてだったのかもしれない。馬に疲れた様子は見えなかった。


「さて、ここが入り口ですね、じゃあ入りましょうか」


「ちょっと待ってくれ、先にここで魔獣を召喚しておく」


「急ぎすぎでは?」


「土壇場でやると大抵ロクなことにならないんだよ……」


 どうでもいいときばかりオーバースペックな魔獣が出てくることが多いような気がする。気のせいなのかもしれないのだが……


『サモン』


 人間の半分ほどの魔方陣が出現してその中から小型の人の形に似た何かが出てきた。俺はまた人間の類かと警戒したが、出てきたものは人間とは似てもいなかった。


「マスター……オレ……ナニヲスル?」


 出てきたのは低級悪魔のダークインプだった。


「フレイムイーターと戦ってくれるか? 報酬は何がいい?」


「オレ……ヒカルモノ……スキ」


 ふむ、宝石系だろうか? しかしだ、相手にそれほど思考能力を感じられないときはケチるのが俺のスタイルだ。


「じゃあこれでどうだ?」


 オレはガラスの玉を一つ差し出す。さすがに気がつくかと思ったのだが、インプはそれを受け取って眺めて自分の口の中に放り込んだ。


「コレデイイ……オレ……タタカウ」


「よし、ファル、交渉成立だ。鉱山に入るぞ」


 こうして俺たちは坑道に通じる洞窟に入った。


「暗いですね」


「ちょっと待て、今たいまつを出すから……」


『シャイニング』


 あっという間に光が溢れて洞窟の中が昼間同様になる。それはいいのだが……


「なんで入り口にいるんだよ!」


 入るなりフレイムイーターとこんにちはした俺はたまらず逃げようとする。隣を見るとダークインプは魔力を浄化されて消滅しつつある。


「ファル! 頼むから加減してくれ! リキャストまで二十五秒だ! 稼げるか?」


「えい」


 ファルの放った冷気の塊が魔物にぶつかって熱を吸収していく。ただの冷気ではなく魔力で冷やし続けられるようになっているようだ。


「うごごご……」


 哀れにもフレイムイーターはその身体の炎を小さくしていき最後には消えていった。


「露払いは終わりですね。じゃあ本命の魔物を……ラック? なんでそんな顔をしているんですか?」


 俺はファルの頭を撫でながら言う。


「アレがフレイムイーターだ。お前がさっき倒したやつな。勝てるのは分かったから、頼むからチームワークを覚えてくれ」


「あのザコが?」


 俺は頷いて馬車に戻った。鉱山内の温度はすっかり平常に戻っていて入り口から熱気を放つようなこともない。下級とは言え精霊を一発で倒したファルが少し怖かった。


 町へ向かってギルドで報告したときは酷く驚かれた。時々出てきては死人を出しているような魔物を一日で受注から討伐までこなしたからだ。


 報酬の金貨十枚を嬉しそうにもらっているファルを眺めながら、俺はふと『これはこれで目立つんじゃないだろうか?』などと呑気に考えていた。


 そして当面の宿賃にはなるなと、宿無しになる恐れがなくなりホッとしたのだった。

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