1章 18話 外の世界

やってしまった。

ナディたちにイルバーナの近くに町や村があるか聞いておけば良かった。

どこを見ても薄暗い緑ばかりの変わらぬ景色ばっかりで同じに見えてしまう。

目を細めてフクロウになった気分になっても変わらず結果は同じで

特に変化はなかった。


「動き彷徨っても迷うだけだし、ここは明るくなるまでじっと

 我慢して待機かな? せっかく2本の松明があるんだ。

 効率よく使わせて貰うよ、ナディ、ココありがとな」


1本目の松明は予備に残すために土を被せてすぐ火を消して、

2本目の松明は燃えそうな枝、葉をかき集めて焚き火の元になって貰う

実に簡単な火起こし。


「この枯れ枝は使えそうだな?」


ナディたちも獣人たちが使う階段って言っていたから、

そのうち誰か来るだろうし。

辺りが明るくなるまで籠城するためにもナディたちから貰った光を

絶対に絶やすわけにはいけない。これは僕を護る命の灯火なんだ。


「フー、フー、いい感じで燃えてきたぞ」


パチパチと音を立てて静かに燃え始める焚き火。


「そうだ? 炎が安定しているうちに迷わないためにもマーキングしなきゃ」


地面に転がっていた小石を拾って、大木中央にバッテンの目印を刻む。


「しかし暇だな~。ここはゲームでも……

 ああ、そうだ。今はイケメンの体だったんだ」


スマホを取り出そうと服のポケットに手を突っ込んでも

そもそも元からポケットなど付いてなかったんだ。


「……仕方ない。時間潰しに食べ物を探しに行くか?」


水と食料は生命が生きるための基本アイテムである。

いくらあっても困りはしない。貯蓄は生きる希望にも繋がっていく。

僕はまだ火が付いている2本目の松明を片手に少しの冒険に出る。


「食べ物、食べ物っと。キノコは怖いから出来れば

 口にしたくはないんだけどな」


見るからに怪しげなカラフルなキノコをスルーして、

草木をかき分けて前に進む。


「……げ、スライム?」


松明の光に反応したのだろうか?  発見するなり、大きい緑色のスライムは

ぬるぬると速度をアップさせて近づいてくる。


「ちょうどザコのスライムを狩りまくってレベル99のカンストにしようと

 思っていたところなんだ。

 さしずめ火の付いた松明は別名火神の棍棒だよな?」


火神の棍棒を強く左手で握りしめると、


「えいゃぁぁーーーー!」


って叫びながらスライム目がけて叩きつける。

プルプルゼリーにスプーンを押し返すスライムの反発ボディに

負けそうになるが体重を思いっきりかけて大地に踏み止まりながら、


「ここで死ねるか? うりゃーー、とりゃーーー!」


血眼になってただ脳筋オーガになったつもりで力一杯に

火神の棍棒を振り回す。


「こいつ、やるな」


物の見事に叩いた火神の棍棒の火が消えて先端が

ドロドロに解けていたのはさすがにビックリだ。


「はぁ、はぁ。こんな恐ろしいモンスターを檜の棒を使って

 勇者は倒していたなんてあれは真っ赤なウソだよね??」


僕の攻撃にひるむことなく近づいてくるスライム。


「うりゃーーって、全然効いていないじゃんか? もしもし? あれ何か?

 スライムの目が赤く怪しく光っているんですけど……。

 ……怒っていますか? きっと怒っていますよね。

 殴ってしまってごめんなさい、叩いてしまってごめんなさいっ」


真っ黒な森の中を無我夢中でスライムに謝りながら逃げる。

木にマーキングすることもすっかり忘れ、ただまっしぐらに足を動かす。

きっと酸素を求めて肺が痛くなるのは運動不足の証明なのかな?

ゲームの中ではあんなに体を酷使しても息切れ1つも起こさなかったのに。

理想と現実が余りにも違いすぎる。……し、しまった。

草木に足が絡まってみたいで、バランスを崩し頭から大地に倒れ込む。


「くっ」


とっさに右腕を使おうと思ってもやっぱり痺れて動かない。

多少判断が遅れたが何とか左腕でカバーして、頭の直撃を回避。


「はぁ、はぁ、はぁ、スライムは振り切ったのか?」


四つんばいになりながら恐る恐る後ろを振り返ると、


「……げ、今度はオオカミ? く、また走らないと」


今度は角が生えたオオカミが唾液を垂らしてのそのそと近づいてくる。

途中で足を切ったんだろうか? 足が重くて前に進まない。


「動けよ、動けってっ僕の足」


グーで太ももを叩いてもまったく痛みを感じない。

アドレナリンマックスで脳が混乱しているのかな?

瞳に血だらけの足首が映る。


「痛い、痛いよう……」


足を見なければ良かった。怪我に気がつかなければ良かった。

きっとこの血の匂いで角が生えたオオカミも感づいたんだろうな。

そこに美味しいお肉がそこに転がっているって。

もう何もかも終わりだ。オオカミに抗うことも忘れて仰向けになる。


「ああ、この世界にも月があるのか? 綺麗だ」


日本から見た月も異次元を越えて来た異世界も

きっと空で繋がっているのかな?

……あの孤独で沙耶奈にバカにされる日々だけどまた日本に帰りたい。


「キャイーーーン、キャーーーーン」


明らかに勝利の遠吠えとは違うオオカミの悲鳴。


「……また僕は助かったのか?」


おどおど顔を戻すと角が生えたオオカミの首元そしてお腹には

複数の矢が刺さってていた。


「誰か知らないけど助けてく……ぐぁっーーー」


太ももに木の矢が刺ささっている。何だよこの理不尽な展開?


「……げほっふっ」


そしてまた時間差の矢が僕の体を貫く。

傷ついた角が生えたオオカミの背後には微かに

ゴブリンの群れが見えて来る。


「お、終わった」


これはスフレやナディたちを欺いた罰なんだ。

ロザリナ姫に命を助けられたと思ったら

次はゴブリンにまた命を助けられて。

そして気づいたらみんなに裏切られて殺される。

まさに偽勇者の死にはお似合いだよ。

こんなことなら異世界に転生しないで車にひき殺されて死ねればよかった。

一瞬でもアイドルにならなければよかった。勇者にならなければよかった。

そしたら誰も悲しませることなく、ひっそりと猫のように孤独で死ねたのに。


「……まだ諦めないで。意識を集中して生きたいって強く願って」


ああ、何でこんなわけの分からないこの異世界に

妹の沙耶奈の顔が見えてくるんだよ。

葬式? 異世界で死んだら魂は元いた世界に帰るのかな?

それだけで涙画出るほど嬉しいや。ありがとう、沙耶奈。

これまでの暴言も暴力も全て許すから。

最後にお兄ちゃんって呼んでくれよな。……さ・や・な。

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