1章 02話 プロローグ02(忌まわしい過去)

「おい、早く離れろよ篠染の劣化コピー。

 お前の2番煎じが田淵さんにも移るんだよ」


僕の上に田崎さんがちょこっと座っている時点で次に起こることは

何となく予言できていた。

田崎さんはクラスの男子がときめくショートカット3人衆に

選ばれるぐらいの美少女だ。

だから当然のように男の嫉妬が無意識でも集まるわけで。


「……ごめん」


決して男子Aの顔が怖いからって謝っているんじゃない。

先に田崎さんが謝ってくれたから僕も頭を下げないと失礼に

あたるかなって思ってだな?


「ごめんで済んだら警察要らないんだよっ!」


また急に怒鳴り声を放って、男子Aは戸惑っている田崎さんを

僕から強引に突き飛ばす。

そしてその勢いそのままにコンボを決めて倒れている僕に馬乗りにまたがって、


「こんないやらしいヤツは俺が退治してやる」


そう正義感剥き出しで拳を握りしめ、僕の顔面目がけて殴ってくる男子A。

ボカボカって響く肌と肌がぶつかる鈍い音。

戦意喪失に追い込むための人間サンドバック。

マウスピースも持たない僕の口の中は生臭い鉄の血の味が拡がっていく。


「こいつめっ! こいつめっ!」


いやらしいのは君の方じゃないか?

いくらぺったんこだからってどさくさに紛れて田崎さんの胸を触れるなんて。


「わたしの方が悪いのにやり過ぎだよ。尾桐くん」


そうか? いやらしい君は尾桐っていうのか?

そんな名前クラスメイトにいたっけ?

僕は学校であった嬉しいことも悪いことも含め全てを

1日経ったら忘れるようにしている。

その方が楽になるから。苦しまなくてすむから。

でも田崎さんのことだけは覚えている。

この思いが好きってことなのか? 幼稚園の時から田崎さんを知っているから。

いやただの親しみある人気者への憧れかもしれないけど。


「このぐらい体で覚えさせないとこの前みたいに

 田坂さんの水着が盗まれるんだよ」


「もうそのことは言わないでよ~、超恥ずかしかったんだからっ」


僕じゃない、決して僕じゃない。


「……それに先生が外部の犯行だって」


「賢い田崎さんなら分かるだろ?

 先生は自分のクラスに変態がいると出世に響くからおおやけにしないって。

 否定したかったら、そのお飾りの右手で俺に殴り返して見ろよ」


先生が保身に走る気持ちは僕も同類だ。

だからこうしてコソコソとクラスの日の目を浴びず影となり

傍観者に徹していたのに。


「それはそうだけど……」


「それにこいつはなぁー小学生の時に給食費を盗んだ疑惑もあるから

 もう逃げられないんだよっ」


その日は蒸し暑い天気で僕の大好きなもふ球クエストⅡの発売日だった。

持病かよく分からないがご都合良く体調を崩す特殊体質だったため

僕は学校を午前中休んで欲望に導かるままにゲームショップに向う。

食事を我慢してかき集めたお金で買ったスパイスも効いて夢中に

遊んだ記憶しかない。

ネットでもまだアップされていない情報を自慢してクラスの人気者に

なろうとしていたのに。

両親に妹とずる休みがばれるのを恐れて昼から学校に

元気よく登校したのが運の尽き。

完全に学校を休むべきだったんだ。

そして引きこもりになれば楽しい記憶で止まったんだ。


「もう、よさないか? ヒトを疑うことも暴力も振るうことも」


「……篠染」


「優介くん」


あれだけ親の敵のように僕を殴っていた尾桐の拳が止まる。

涙ぐんでいた田崎さんの瞳がキラキラに輝いていくのが分かる。

惨めだ。あれだけ憎んできた篠染優介に助けられるなんて

……何て悪夢なんだ。

そう夢なら夢で終わらせて欲しい。

もう他人の顔を伺うリアルはたくさんなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る