第17話

「貴様らを殺すなど簡単なことだが、まずその前に聞かせておきたい話がある」

 ラーヴァーナはいやらしい笑みを浮かべて、神殿内に足を踏み入れてきた透らに話しかけた。

「てめえの御託なんざ聞きたかねえよ。どーせ命乞いに決まってるからな!」

「ほう?威勢のいいことだ。しかし、本当に聞かなくともよいのか?貴様らが最も疑問に思っていことに、答えをくれてやろうと言っているのだぞ?」

 羅刹王の意味深な言葉に、真っ先に反応を示したのは、やはり『玄武』透であった。

 彼はさらに反論しようとする聖や大輔を、全身から発する気迫だけで黙らせると、静かにラーヴァーナの次の言葉を待った。

「ふふん。やはり興味があるか。でもあろう。何故ならこれから話すことは、貴様らにも関りがあることなのだからな」

「貴様に会ったら、無理にでも聞き出そうと思っていた。自ら話すというなら、手間が省ける」

 透の切れ長の黒い目が、獣のようなラーヴァーナの顔を直視する。見えない火花が、二人の間に激しく散っていた。


「わしが戦いを始めたのは、神の言葉を聞いたからだ」

 記憶を呼び覚ますような遠い目をして、ラーヴァーナは語り始めた。

「当時わしは、まだこの王城に羅刹族の長として仕えておった。ここな飛竜を我が主としてな。そして世界はまだ平和で、平穏で、地上の楽園と呼ばれていた。緑と水と自然の豊かな、命溢れる美しい世界だった」

「……………」

「恨めしげな顔をしおる。その楽園を破壊したわしが、今さら何を…とでも言いたいのであろうが…まあ無理もない。だがよく聞け。これは最初から仕組まれていた事態なのだ。神の計画は、こうなるよう初めから仕組まれておったのだ!」

「神の計画……だと?」

 かすかな動揺が、透の顔によぎる。

「そうだ。神霊界を種子として残すための、神らしい尊大で身勝手な計画だ」

 吐き捨てるような口調で、ラーヴァーナは言い切った。その厳つい顔は激しい憎悪に歪んではいたが、狂暴で冷酷な羅刹の王が初めて見せた、人がましい表情でもあった。

「何か覚えがありそうだな…玄武。だが、まあ聞くが良い。神霊界と人界を創造せした神は、どんな目的で世界を造ったと思う?その進化を観察するためだ。人や、獣や、草花…世界に生まれた生物すべての進化を、完全なる生命の誕生を見届けるためだ」

「神の最終目的は、自然と調和できる種を造ること。完璧な食物連鎖の輪を完成させること。だが、人間も、我ら神人も、未だそこへは達しておらぬ。残念なことに神霊界も、人界も、ある程度の進化を終えると、そこで安定してしまったからな」

「安定した世界では、新たな進化は望めぬ。そのままではおそらく、理想へ達することなど永久に出来ぬであろう。そこで神は考えたのだ。それならば世界の一つを滅亡させ、残ったひとつのための贄としよう…とな」

「…………ッ」

「つまりあの六千年前の戦いは、神霊界の人という人をふるいにかけて淘汰し、生き残る強さを持った種族を種として保存するための、神の壮大な収穫の儀式だったのだ。そう……ただ、人界の人という種を進化させるためだけに…それが神の計画だった、という訳だ」

 ラーヴァーナはここでちらりと、隣に立つ飛竜の表情を盗み見た。だが、飛竜の美しい顔には、何の変化も見られない。相変わらず冷たい微笑を浮かべ、立ち尽くす四人の姿を凝視するのみ、だ。

「これでわかったであろう?わしら羅刹が戦争を起こしたことも、六千の長きにわたって封印を受けたことも、羅刹が人界へ進撃したことでさえも、すべて予定されていたことなのだと。

 我々は神の意志に従ったまで。貴様らなどに粛清されるいわれはない。むしろ神の意志を無視する貴様等こそ、この世界にとって悪なのだ」

 羅刹の王ラーヴァーナは、長い長い話を終えると口を閉ざした。

「そんな馬鹿な…俺達が悪だなんて」

 明かされた真実に大きなショックを受けたのは、自らの神を信じて疑いもしなかった大輔である。元から神に対して疑念を抱いていた透や、絶対的な善悪など存在しないと割り切っていた聖などは、それほど大きなショックを感じていなかった。

 なかでも特に冴月などは、最も近い神として崇拝していたのが、世界の創造神たる神などではなく、眼前に立つ真竜の王飛竜であったから、欺かれたという衝撃すらなかった。ただ、ことが神霊界の滅亡に関することであったから、そちらに対するショックは誰よりも大きかったのだが。

「羅刹が戦争を起こして、関係のない人界まで襲おうとしたから、俺たちが遣わされてきたんじゃねえのか?悪いのは全部羅刹で、神はそれを罰しようと…」

「しっかりしねえか、大輔。狼狽えやがってみっともねえ」

「聖……だって!?」

「こいつが真実ばかりを話してるとは限らねえだろ」

 はっきりとそうきめつけた聖は、しろがねの切っ先をラーヴァーナに向けた。鋭い指摘ではあったが、ラーヴァーナは不敵な笑みを浮かべたまま聖を見返している。

「すべて真実さ…わしがこの話を、どこで聞いたと思っている?わしはな、この飛竜が神と対話しておるのを盗み聞きしたのよ。そう、こやつは神の無慈悲な計画を、誰より早く知っていたのさ。嘘だと疑うなら、こやつに聞いてみるが良い」

「嘘!?飛竜様が、そんな…ご存じだったのですか!?本当に!?」

 狼狽して問い掛ける冴月の声へ、飛竜はさらに昏い微笑で応えた。顔の表面に張り付いたようなその笑みは、言葉がなくともそれが事実であると物語っていた。

「そ……そんな…ッ」

「さて……話すこともなくなったことだし…後始末は任せるぞ、飛竜。彼奴らの首が跳ね跳び、血飛沫を上げるさまをわしに見せてくれ」

「ええ。仰せのままに」

 壇上の二人が交わした言葉の意味を察して、透を始めとする四人はギョッとして身構える。

「四聖獣よ。今度は真竜の王たる、この私がお相手しよう」

 飛竜の使う一人称が、『僕』から『私』に変わっていた。と、同時に、その表情からも子供らしさが消えうせ、悪魔的な微笑をたたえた大人の顔が浮かび上がる。非人間的さを増した飛竜の姿が、妖気すら感じさせる凄惨な美を、四聖獣たちの目に見せつけていた。

「ちっ…こりゃ、いっちょう、ぶん殴って大人しくさせるっきゃねえか」

「する余裕があれば、な」

 この会話の隙に壇上の飛竜は、音もなく床の上に舞い降りていた。戦闘態勢をとる四人。けれど飛竜の白く小さな手には、何も握られてはいなかった。それなのに──

「気を付けろ!来るぞ!!」

 透に注意を促されて、聖ら三人の視線が飛竜の動きを捉えた、その直後。

「うわあ!?」

「きゃあ!!」

 身構えていたにも関わらず、気が付くと四人は、全員壁に容赦なく叩きつけられていた。背中を激しくぶつけたおかげで、一瞬、息が止まってしまう。背中を走る鈍痛に、端正な顔を歪めながら、それでも透は、静かに佇む飛竜を凝視した。

「な…なんだ!?」

 あまりに突然すぎて、何が起こったのか理解できない。聖は飛ばされる刹那に、飛竜が片手を振ったところを目にしたが、神霊力を行使したようには見えなかったのだ。神霊力を行使したとわかる特殊な光も、力の波動も、何も感じなかったがゆえに。

「いったい何が……これが飛竜の力なのか?」

 戸惑いを隠せない四人の前で、再び飛竜の手が揺らめいた。今度はその手の中に、目も眩まんばかりの光球が生まれ、凄まじい無音の圧力が四聖獣に襲い掛かった。

「くっ!?」

 今度は四人とも、神霊力で身体の周りを覆い、圧倒する力の奔流に耐えた。しかし、それでもその力量には差が有り過ぎる。彼らの障壁が破られるのも、時間の問題のように思われた。

「あっ…ああ!!」

「冴月!!」

 まず一番身体が小さく、さらについ先日覚醒したばかりで、神霊力の練度が足りない冴月が限界を迎えてしまった。苦し気な彼女の悲鳴に気付いて、透が助けようと手を伸ばしたが、一瞬の差で間に合わなかった。

「きゃああ!!」

「冴月ッ!」

「馬鹿っ、大輔!気を逸らすな!」

 猛烈な勢いで吹き飛ばされた冴月は、壁をぶち破って室の外まで転げ出した。そんな彼女を助けようとした大輔もまた、同じように外へ弾き出されてしまう。

「ちっ!」

 透は防御に回していた力を総動員し、いちかばちかで攻撃へ転じた。攻め寄る力の流れを泳ぐようにして、飛竜の側まで素早く駆け寄ると、刃を返した黒曜で鋭く叩きつける。しかし、黒曜の黒光りする刀身は、飛竜の華奢な体躯まで届かなかった。

 何もないと見えたのに、そこに存在する、見えない障壁に阻まれたのである。

「さすが玄武だ。これに耐えるとはね。では、こちらも武器を出させてもらおう」

「なにっ!?」

 にやりと笑った飛竜は、言うなり両手を自らの腹部に当てた。

「うわっ!!」

 先刻までのものより数倍激しい光が、透と聖の視界を容赦なく奪った。そして透は確かに見た。波打つ光の中心である飛竜の腹部から、美しい長刀が生まれ出でてくるのを。


 それは、戦うための武器とは思えぬほど、美しくて優美な長刀であった。


 柄や刀身には、洗練された装飾が施され、幅の細い刃は透明なクリスタルで造られている。あまりにも優美で、華奢で、墓無げな美しい刀。しかし、これでは斬ることはおろか、叩きつけることすら出来そうになかった。


 おそらく武器というよりは、祭事用の神具ではないたろうか。

そんな厳かささえ感じさせる、眩い神秘的な刀であったのだ。


「私がこれを握るのは…数億年ぶりだよ」

「……それが、どーしたよ!!」

 飄然とした態度の飛竜とは対照的に、聖はかなり疲れた様子を見せていた。無理もないことだ。八大竜王との死闘から間もないのに、飛竜という化け物の攻撃を二度も受けたのだ。飛竜からの攻撃を防御するのに、残されていた神霊力をほとんど使いきったのだろう。

「くそっ!!体が鉛みてぇに重てえ…!」

「へえ。もうダウンかい?私を殺して『救って』みせるとか言ってなかったっけ?全然駄目じゃないか…休んでいいよ、白虎。永遠にね……」

 言うが早いか目にもとまらぬ速さで、飛竜は白虎の目前に接近してのけた。そして、彼の持つ透明な刀が、太刀筋も見せずにひらめいた瞬間。

「うあっ!!」

 あっけないほど簡単に、聖は飛竜に切り倒されていた。左肩から斜めに斬り下ろされた傷口から、赤い血液が勢いよく飛沫を上げる。

「聖!!!」

 先の戦いでかなり力を消耗したとはいえ、天の御使いである四聖獣が、これほど簡単に倒されてしまうなど、本来有り得ないことであった。何故なら彼ら四人は、神霊界を封印するために必要な、強大な力を天の神に与えられていたのだから。

「……龍二、お前は、いったい…」

「まだ、刃を返してるね。それに君は、本来の力を封じてる。そんなことでは私を殺すことなどできないよ玄武。さあ……開放するがいい。この世で唯一の…」

「お前は俺が助ける!守ると誓った!今度こそ絶対にだ!!」

 透は刃を返したままの黒曜で、飛竜の刀の間合いに入った。透明な刃が、黒い刃を受け止める。剣の技量で比較するなら、透の方が遥かに勝っていた。だが、個々の持つ神霊力はあまりにも差が有り過ぎる。飛竜に神霊力を使う暇を与えれば、今の透に勝ち目などなかった。

「誓いのために死ぬと?いいだろう、死ぬがいい」

「うおおおおおっっ!」

 閃光が透を跳ね飛ばした。圧倒的な力と風圧を伴う光。

 ガードする間もなく、透は壁に叩きつけられた。骨が折れ、内臓が軋む。透は込み上げる悪寒に、たまらず血を吐いた。油断していたわけではない。だが、透が考えていたよりもずっと、飛竜の神霊力の行使早かったのだ。

「ぐふっ……!!」

 さらに襲い来る神霊力の塊を、とっさに張った障壁で回避する。だが、すべてを無効にすることはかなわず、透はかなりのダメージを負ってしまっていた。

「しぶといね。さすが四霊の一。だけどもう立てないだろ」

 確かに飛竜の言う通りであった。たった一瞬の攻防で、聖獣としての透の戦闘力は、ほぼ奪い取られてしまっていたのだ。もはや立ち上がる気力も残らぬほどに。だが、それでも──

「……俺は守ると言った…そう誓った弟を…龍二を、死なせてしまった」

「なに?」

 よろけながらも透は、飛竜の前で立ち上がった。床面に突き立てた黒曜を支えに、傷だらけの身体を、残るすべての気力で持ち上げる。

「弟との死に顔を…見詰めながら、俺は…取り戻せないと…二度と、取り戻すことはできないと…後悔してもしきれないほど、俺は…俺は!!」

「……………」

 透はゆっくりと前進し始めた。気圧されたように、飛竜が一歩後ずさる。その背後で、かつて壁であった瓦礫の中から、血塗れの大輔が顔を出した。その目が二人の姿を捉え、恐怖と驚愕に見開かれる。

「ここで諦めたら…俺は、もう永遠に弟を…お前との誓いを、守れなくなってしまう!!!」

「駄目だ、透…ッ、もうそいつは、龍二じゃない!」

 掠れた声を振り絞って、大輔が叫ぶ。瀕死の聖も、冴月も、動かぬ体に焦れながら、目の前の状況を見守ることしかできなかった。そんな彼らの叫びも、飛竜の振り上げる刀の輝きも、今の透には気にならない。


 彼の瞳に映るのは、泣いている小さな弟の姿だけだった。


「俺は取り戻す!龍二、お前を!!」

「死ね!玄武!」

「透ううううッッ!」

 飛竜の透き通った刀が、満足に動けない透の頭めがけて振り下ろされた──その時!

「なにっ!?」

 どこかからか発せられた黄金の光が、この場すべてを包み込んだ。

 まともに目も開けられぬほどの強い輝き。

 飛竜の使う神霊力とも違う、だが、どこか似たものを感じさせる光。

 それはその場にいた全員を、優しく温かい力で包んでいた。

「あれは……!?」

 そんな中で、ひとり大輔は見た。

 自分に降り注ぐ金の光が、透の胸元から溢れ出している様を。

 そしてそれが飛竜の身体に、吸い込まれていく瞬間を。


 爆発的な光の奔流は、一瞬で終わりを告げた。


 それと共に立ち上がりかけていた大輔が、聖が、冴月が、次々と力を失って倒れ込む。

 そして最後まで残っていた透が、前のめりとなって床へ倒れると、辺りに静寂が戻ってきた。

「あっけないものだ。さすがだな、飛竜」

「……………」

 羅刹が壇上から声をかけたが、飛竜は動かなかった。いや、動けなかった。

「どうした、飛竜。止めを刺さぬか」

 ラーヴァーナの巨体が、のそりと動いた。

 室内で切り倒された二人と、外へ弾き出された二人とは、そのどちらも身動ぎひとつしない。もはやとどめを刺すまでもなく、息絶えてしまったかとさえ思われた。

「どけ。このわし自ら、とどめを刺してくれる」

 凍り付いた石造のように動かぬ飛竜の横を、ラーヴァーナは大剣を片手に下げたまま大股に通り過ぎる。そして彼の足はまず最初に、うつ伏せで倒れた透の前で立ち止まった。

「六千年もの封印、ご苦労なことだったな。だがこれで、そのすべてが無に帰すのだ」

 ラーヴァーナは勝ち誇った笑みを浮かべて、その手に持つ大剣を振り上げた。そうして渾身の力を込めて、剣先を透の頭に打ち下ろそうとした。


 決定的に思えた勝利が覆されたのは、その次の瞬間であった。


「なにっ!?」

 思わぬ反撃を、思わぬ人物から受けて、ラーヴァーナはたじろいだ。

 ひゅんっと風が鳴った。

 ラーヴァーナの胸元の服が、まっすぐ一文字に切り裂かれる。

「ぐああああああああっ!!」

 噴出する大量の緑血が、それが致命傷であることを物語っていた。

「きっ、貴様!?まさか!?」

 最後まで言葉を発することなく、地響きを立ててラーヴァーナは倒れた。それは、羅刹の狂王ラーヴァーナの、あっけないほどの最後であった。

「な……なにが、いったい」

 瓦礫の中からよろよろと立ち上がる冴月。ふと見るとすぐ隣に、大輔が立っていた。彼は不思議そうに己の身体を見下ろし、手や足をしきりと動かせてみている。そこでようやく冴月も気が付いた。

「傷が……?」

「治ってる?あの光が…?」

 右手に下げた血刀から、涙のような雫が落ちていた。

 四人は身を起こすと、揃ってラーヴァーナを斬り伏せた影を見詰めた。

深く俯いたまま、身動ぎひとつしない少年の姿を。

「飛竜様……」

 羅刹の王ラーヴァーナを、一刀のもとに斬り倒した少年。

それは、真竜の王、飛竜であった。

「飛竜が……どうして」

「……………」

 飛竜は冴月の呼びかけにも、大輔の疑問の声にも、まったく反応を示さない。

 誰もが硬直したように動けなかった。

 飛竜が元の優しい彼ならば、何も問題はない。

 けれどもし違っていたら?

 羅刹王を倒したその刀で、再び襲い掛かってきたら?

 その想いが恐怖となって彼らを縛り、遠巻きにしたまま動けなくしていたのだ。

「………透!?」

 最初に動いたのは透だった。

 透は何事もなかった歩調で、飛竜に歩み寄っていく。見ればとっくに剣も鞘に納まっていた。しかもその表情には、微笑みこそあれ、警戒した様子がまるでなかったのである。

「透っ、気を付け……」

「もう大丈夫だ。怖いことはない」

 反射的に身構える聖たちをよそに、透は無造作に飛竜の側へ立った。そして、どこまでも優しい笑顔で、低い位置にある飛竜の頭を撫でながら囁きかける。

「兄ちゃんがいるだろう?…龍二」

 透がその名を、口にした途端、

「……に、兄ちゃん……ッ」

 釣られたように顔を上げた飛竜は──いや、透の弟、龍二は泣きながら彼にしがみ付いた。

ぼろぼろと大粒の涙を零し、顔をくしゃくしゃに歪めながら。まるで怖い夢を見た、小さな子供のように。

「さあ…帰ろう。兄ちゃんと一緒に」

 カランッという軽い音と共に、龍二の手から刀が滑り落ちた。

「うわあああああああん!」

 耐え切れなくなった龍二が、大声をあげて泣きじゃくり始める。

 すっかり兄の顔に戻った透は、しょうがないなという表情で、優しく弟の肩を撫でさすった。

「良かったよー!!龍二が、元に戻って!!」

「ばあーか。なに泣いてんだよ、このタコ!!」

 触発されて一緒に泣き始めた大輔を、ここぞとばかりに聖がからかう。

「それにしてもなんだな。そっくり同じ顔とはいえ、あの姿であんな泣き方されると、調子狂うというか、違和感ありまくりというか、とにかく変な感じだぜ」

「………そうですね」

 涙を拭っていた冴月は、聖の冗談めかした感慨に、笑みを浮かべて同意した。その隣でもらい泣きしていた大輔が、今度は盛大に吹き出して笑い始めてしまう。

「ほら、笑われてるぞ、龍二」

「うう……あきにいの意地悪」

 むくれた顔でしゃくりあげる龍二に、今度は聖まで笑いのツボを刺激されたらしい。再び腹を抱えて笑い始めた大輔と一緒に、無遠慮な馬鹿笑いを神殿内に響かせた。

「まあ、なんで龍二が戻って来れたのかとか…聞きたいことは山のようにあるけど…とりあえず外に出ようぜ」

「そうそう。表の戦いもやめさせなきゃな」

 ますます膨れる龍二の顔を見て、そろそろまずいと思ったのか、聖と大輔は慌てて話題を逸らした。

「ああ、そうだな」

 あくまで真面目な顔の透に促され、一行はようやく外へ向かって歩き始める。

 穏やかで和んだ空気が、この場と彼らを包んでいた。

 誰もが戦いは終わったのだと、世界は平和になったのだと勘違いしていたのだ。


 そして気付かずにいた。

 闇よりもなお深い恨みの塊が、まだ確かに息衝いていることに。


 聖がその時ふと振り返ったのは、単なる偶然だった。

 だがそこで、彼は見てしまった。

 黒い巨大な影が、透の背後に迫っているのを。

「透ッッ、後ろだ!!!!」

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