第13話
銀色の光が交錯した。
鋭い金属のぶつかり合う音は、出口の見えない通路の中で絶え間なくこだまする。
数十本のも巨大な柱が、美しく壁画の施された天井を支える、馬鹿馬鹿しいほどに華麗で草原な廊下。身の丈10メートルの巨人でも、屈まずに歩けそうなそこは、今、娑加羅の力で空間を捻じ曲げられ、出口のない孤独な戦場と化していた。
「くそっ、出口なんかねえじゃねーか!騙された!!」
立て続けに数合、剣を交わした後、聖は素早い動きで柱の影を移動し、摩那斯の目を掠めて一旦身を隠した。通路へ入ってまだほんの数分しか経っていないのに、その肩は荒い呼吸のため激しく上下し、顔にはびっしりと汗の玉が浮かび上がっている。
聖獣である聖を、これほど疲労させる剣技の持ち主、それが竜王摩那斯であった。
「ちゃんと聞いてなかったのね?白虎」
「でえっ!?」
間近で声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間、聖の隠れていた柱が、彼の頭上数センチの所でまっぷたつに分断された。
「私達を倒さないと通れない…娑加羅はそう言ったはずよ?」
切断された柱が横滑りに倒れ、轟音と共に大量の土砂を舞い上げる。
寸前で柱の影から飛び出した聖だったが、土砂に視界をほぼ塞がれ、瞬間的に摩那斯の姿を見失ってしまった。
「………ちっ!!」
「こっちだ!白虎!!」
摩那斯の姿は、すぐ真上にあった。それも、避けられぬほど近くに。
「雷光、鳳爆剣!」
降り下ろした片刃の剣が、彼女の気合の声に導かれ、赤く鋭い光を発した。それはまるで、紅の鳥が羽を広げる姿のようで、恐ろしくも美しい光景だった。
第一の通路に新たな爆発と爆炎が起こったのは、それから数秒後のことだった。
2人の神霊力は、ほぼ匹敵していた。まるで又従兄のような容姿と同じで、武器や戦い方までそっくり似通っていたのだ。
「あははは!俺たち良く似てるなぁ!ひょっとして血を分けた兄弟なんじゃないの?」
「馬鹿やろっ、んな訳あっか!!」
「いやあ…実は俺、生き別れの兄が居るはずなんよ…」
「んだと!?」
「なーんて、嘘に決まってんだろ!」
和脩吉は両手に持った二振りの短剣をクロスさせて、大輔が放った長刀での打ち込みを受け流した。すかさず左の短剣で突こうとする大輔だったが、今度は和脩吉の対応の方が早かった。
彼は長刀を受けた姿勢のまま、突き出された大輔の短剣を右側の肘と膝で挟み込み、そのままの勢いで叩き折ってしまったのである。
「……なっ!?」
「ははっ、ちと力入れすぎちゃったかな」
驚愕の表情で刀を引くと、大輔は和脩吉から距離を置いた。
和脩吉の両手は防御のため確かに両方とも塞がれていたはずなのに、いつの間に片方攻撃に転じたのだろう。
「おー……イテ」
見れば和脩吉の左手が、二振りの短剣を十字に交差させたまま掴んでいた。それに気付いた大輔は、素早くことの次第を理解した。
「器用な奴だな……」
そう、彼は大輔が左手による攻撃に意識を取られ、右の長刀へ込める力がほんのわずか緩んだ隙を狙って、目にもとまらぬ速度で短剣を持ち替えていたのだ。
「まだまだ修行不足だなぁ、朱雀?」
「やかましい!言われなくても思い知ってるわ」
『押す』と『突く』という行為を、両手で同時に行うのがいかに難しいとはいえ、何とも情けない始末であった。そう、自らの未熟さを大輔が罵っていると、
「こりゃ、お互い左手は使えねえなあ…ね、朱雀」
ひどく楽し気な様子で和脩吉は言い、左手用の短剣を一振り投げ捨てた。
「そうだな……」
そうして、大輔もまた自嘲の笑みを浮かべると、折れた短刀を無造作に投げ捨てたのである。
最初、見るも鮮やかで美しかった廊下は、今や無残な瓦礫の山と化してもはや跡形もない。
空間は完全に閉じられているから、壁や天井がなくなっても脱出口は見当たらないが、それにしても凄まじいばかりの破壊力であった。
難陀竜王。
彼のその鍛え上げられた強靭な身体と、幅広の長大な剣とは、斬りつけるよりむしろ、殴ったり、叩きつけたりするためにこそあるのだ。
「どうした?玄武殿…逃げてばかりとは、らしくもない」
「…………ッ!」
透の持つ剣『黒曜』は、刃渡りの長さでは難陀のの剣に勝るものの、幅の広さと厚みにおいては到底及ばなかった。難陀の膂力と剣技に正面から挑めば、黒曜がいかに天の神剣であっても、全く無傷という訳にはいかないだろう。
「厄介なことだ……」
剣を惜しむつもりはなかったが、こんなところで大切な武器を失うつもりもない。そんな心のわずかな葛藤が、透の攻撃を躊躇わせていた。
「そろそろ本気でかかってきちゃどうだい、玄武殿!こんなことでは、飛竜様を救えぬぞ!」
不愉快そうに豪胆な口元を歪めて、難陀が一歩前進する。その片手に掴んだ棍棒のごとき長剣が、ゆらゆらと虹色の光を放射していた。
「飛竜を救う…だと?どういう意味だ、それは!?」
「……知りたきゃ、かかってきな!!」
難陀が両手で柄を握り込み、巨大な剣を正面に構えた。
それとほぼ同時に、透は黒曜を廊下の床に突き立てていた。
「では、遠慮しない。行くぞ」
そう言った時、すでに徹の目から迷いは失せていた。難陀が飛竜の名を口にした途端、混迷するすべての思考が脳裏から一掃されたのである。
「いよいよ本領発揮だな!大地の神獣、玄武!!」
凄まじい地鳴りが、閉じられた空間を激しく揺るがしていた。
「どりゃああああ!!!!」
難陀が巨大な剣を振って、透に攻撃を仕掛けてきた。
これが脳無しの敵であれば、意味もなく大振りに振り回す剣の間を縫って、反撃することも可能だろうが、まるで自らの腕の延長のごとく剣を操る難陀が相手では、それすらも不可能であった。
残る手段は、ただひとつ。
透は大地の気を一点に集中し、それを剣の刃に乗せた。研ぎ澄まされた精神力が、剣の切れ味を数百倍に跳ね上げる。
次の瞬間、地から解き放たれた黒曜は、目には見えぬオーラを発していた。
「ふっ……!!」
透の黒い目が、短い気合とともに、鋭い光を放つ。
黒き刃と難陀の豪剣が、金色の火花を散らしてぶつかり合い、金属の擦れあう凄まじい音が、聴域のすべてを支配した。
永遠のような一瞬。
「うおっ!?」
信じられないことが起こった。
難陀は目の前の軌跡に、その目を大きく見開き驚愕する。
刃と刃が触れ合ったかと思った、次の瞬間──透の剣は難陀の剣を、紙を切るがごとく簡単に、切断してしまったのだ。
「なんと………ッ」
切り落とされた剣が、闇と化した地面に跳ねる。
「……たいしたもんだ」
自らの持つ剣の切断面を見ながら、難陀は透の超絶剣技に感嘆する。
かつて通路に見えていた空間に、悠然と立つ透。
その左手に捧げ持つ剣には、刃こぼれ一つない。
「かなわんな…剣を折られたこともねえのに、まさか切られるとは…」
「まだやるか?」
難陀は中途で切断されたとはいえ、未だ鈍器としての威力は十分に残された剣を、惜しげもなくひょいと投げ捨てた。
「負け、負け。素直に認めよう。娑加羅の言う通り、確かにアンタなら、邪なる者に支配された飛竜様をお救い出来るやも知れん」
「……話してもらおう。すべてを」
剣を片手に下げたまま透が言うと、難陀は最初からそのつもりと言わぬばかりに口を開いた。そして、暗い闇の中で、彼の笑い声が、豪快に響き渡ったのである。
通路に入ってから、どれくらい時が過ぎただろう。
相変わらず娑加羅は、腰に下げた剣に触れようとはしなかった。結界内である通路へ入る前と同じ、呑気と言って良いほど穏やかな表情を浮かべたまま、冴月むの瞳をじっと見つめている。
「……戦わなくてよいのですか」
言いながら冴月は身構えた。しかし、その件を持つ手はそれとわからぬほど細かに震え、娑加羅を見詰める青銀の瞳は、例えようもない悲しみと苦しみで満たされていた。
「これはすべて…飛竜様のご意志なのでしょう?紫龍に命じたと同じに…貴方も!!」
紫龍の告白によって判明した事実を、はっきりとそう口にしながらも、冴月の心はなお『信じたくない』という思いで揺れていた
ずっと、ずっと信じていたのだ。
あの易しさに触れた瞳と、微笑みと、その心を。
自らの命を、竜珠を、ためらいもなく預けてしまえるほどに。
「ええ。確かに飛竜様は私に、竜王の生き残り全員を連れて、四聖獣を討伐せよと、ご命令くださいました」
──ああ、やはり。
真実だったのだ。何もかもすべて。ずっと、ずっと信じてきたのに。
もはや認めるしかない。飛竜は死んだ。
自分の知るかつての飛竜は、遠い昔、死んでしまったのだ。
そう、冴月は絶望にも似た思いで、この辛い現実を受け入れようとした。だが、
「しかし紫龍への命令は違います。あれを我らに命じたのはメーガナーダ。そして彼女は自ら、あの役目を引き受けたのです」
「え………」
「真竜族の、いいえ、飛竜様のために。『自分にやらせてくれ』…と、そう言った時の彼女の瞳は、まるで、前世の彼女と同じでしたよ」
「………紫龍が…どうして」
「六千年前、紫龍に罰を与えたのは、外ならぬ彼女自身ということです」
「…………っ!?」
娑加羅は憐れむような表情を浮かべ、冴月の知らぬ真実を次々と告げた。
「飛竜様は彼女を責めはしませんでした。もちろん、飛竜様がそうお決めになった以上、我々もそれに従わざるを得ません。……どういうことだか、おわかりですね?青龍」
驚きを隠せぬ表情で見返す冴月に、娑加羅は微かな笑みを浮かべた瞳で応えた。
「でも、それじゃ、なぜ今は私達を…!?」
「今の飛竜様は、残念ながら、貴女や私達の知る飛竜様ではないから、です」
「??……そ、それはいったい…」
穏やかだった娑加羅の顔に、初めて苦悩の色が現われた。
それまでの呑気さも嘘のように影を潜め、その胸中に抱える苦悩の深さゆえか、彼はたった数秒で、何千歳も年を取ったかのように見える。
「それをお話しする前に、私は貴女にひとつ、話しておかなくてはならないことがあります」
「お話……ですか?」
見当もつかずに首を傾げる冴月に、娑加羅はゆっくり頷いてみせる。
学者めいた彼の端正な顔には、苦いような笑みが滲み出ていた。
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