第12話
「は…八大竜王……
「お久しぶりですね…青龍」
羅刹兵を難なく退けた四人の前に、新たに敵として立ちはだかったのは、八大竜王の一人にして真竜族最強の実力者、竜王『娑伽羅』であった。
娑伽羅は過去生の青龍が属していた近衛『五彩竜』の隊長であり、また、『彼』にとっては武術や剣術の師でもあった人物である。
真竜族最強、最高の剣士、そして、七人の竜王を従え、真竜王を護りし最強の盾。
そんな、穏やかな風貌からは想像もつかない実力の持ち主が、四聖獣の行く手を遮るように立ちふさがってきたのだ。──おそらくは、彼らと戦うために。
これは、玄武らにとって最悪の
「……娑伽羅竜王」
「玄武、白虎、朱雀、全員お揃いですね。今度は我々がお相手いたしましょう」
静かな彼の言葉が終わらぬうちに、娑伽羅の隣へ音もなく三つの人影が現れた。現世八大竜王たる、
「本当はあと一人いるんだが…どこでさぼっているのか見当つかなくてね。まあ、ちょうど人数も釣り合うことですし…」
「始めに聞いておきたい」
透は剣の柄に手をかけたままで、娑伽羅の言を遮って問い掛けた。
「これは
聖と冴月がそれぞれの目線で透の表情を追う。
一見、無表情に見える透の顔には、捨てきれない希望にすがるような苦悩がわずかに垣間見えた。
そう、事ここに至ってもまだ、透は真竜族と戦いたくなかったのだ。もちろん、なるべくなら剣を引いて欲しい、このままここを通して欲しい、そう思い願うのは何も透ばかりではなかったのだけれど。
「もちろんですよ。玄武…我らは真竜王の忠実なる僕。王の意思なく戦うことなど有り得ません。竜族最強という栄誉を賜りし我らが戦うとき…それはいつでも飛竜様のため」
「…………そうか」
だが、そんな微かに残された彼らの希望は、娑伽羅のにこやかな笑顔にいともたやすく打ち破られた。そして残念なことに、彼のその言葉にも態度にも、訂正の余地など欠片もなさそうであったのだ。
「……なら、仕方がない」
透は一言凍った声でそう呟くと、迷いもなくすらりと剣を抜いた。
「透………!」
冴月の瞳に映る透の端正な顔には、一片の感情も人がましい表情も浮かんではいない。まるで人の形をした氷の塊。けれど冴月らには解った。仲間たちだけが知っていた。
透の心の奥底で、抑えきれぬ様々な感情の嵐が吹き荒れていることを。
見るものを寒からしめる透の気配。心を殺して戦いへ赴く彼の心情を察して、沈痛な表情を浮かべ心を痛める冴月。そんな彼女の間近で、剣の鞘走る鋭い音が立て続けに鳴り響いた。
「…………っっ」
ハッと我に返った冴月が、彼らに遅れて剣を抜き構える。
広大な宮殿に人の気配はごくわずか。
戦いの最中とも思えぬ静まり返ったその場所で、四聖獣対四竜王の戦いが今まさに始まろうとしていた。
「剣を交える前に言っておきましょう。我らの背後に伸びる四つの通路…これはこの戦いのために私がセットした舞台です」
各々剣を抜いて対峙する四聖獣と竜王。その中でただ一人、剣も取らずに悠然と構えていた娑伽羅が、自身の背後に伸びる通路を指して静かに言を継いだ。
「………舞台だと?」
「そうです。この奥にこそ、あなた方の目指す羅刹王が居るのです。ですが、通り抜けるためには我ら四人を倒さなければなりません。そして、特殊な結界内にあるこの通路へ入れるのは二人だけ…しかも、一度入れば出口からしか出られません。お分かりですね?」
「オーケー。なかなか立派な舞台だ。気に入ったぜ」
娑加羅の説明に聖はにやりと笑って、隣に立つ大輔の腕を鷲掴みにする。
「つまり味方二人で入っちまえば、おめぇらは後を追ってこれねえって訳だ」
「そんなふざけた真似を私達が許すと…本気で思っているなら実行してみてもよろしくてよ?」
聖が鷲掴みにした大輔の腕に力を込めや否や、一瞬前まで十メートルも離れて対峙していた摩那斯が彼のすぐ目の前に現れてそう挑発した。
「うひょわおえ!!!!」
眩いばかりの黄金の髪、一寸の隙もない細く優美な立ち姿。人間界ならハリウッドで活躍していておかしくない美貌の摩那斯に、変な声を上げて驚いた聖は一瞬見惚れてしまった。だが、すぐに我に返って取り繕うと、
「よぉーし、決めたぜ、美人の姉ちゃん。俺の相手はあんたにしてもらう!」
と町で女をナンパするみたいな気軽さで、彼女を戦いの相手として指名した。
「光栄ですわ。私の名は摩那斯…八大竜王唯一の女にして、神霊界最速の剣『雷光』の使い手。神剣しろがねの主、風の霊獣白虎殿、お相手つかまつる!!」
「おお!!存分に相手してもらうぜ!姉ちゃん!!」
言うが早いかまんまと挑発に乗せられた聖が、摩那斯と共に左端の通路へ消える。
「単細胞だねえ……」
「なんせゾウリムシから間を省いて人間に進化しちゃった男だから」
そんな様子を唖然として見ていた和脩吉と大輔が、思いがけず意気投合していた。
よくよく見てみればこの二人、何かと共通点が見受けられる。低めの身長といい、顔つきや性格といい、扱う武器といい。全体の雰囲気が『兄弟』とまではいかないものの、又従兄くらいにはよく似ていた。
「どっちにせよ、戦わなきゃなんない訳だ。だったら…」
「やるなら相手してやんぜ、朱雀」
悪戯そうな緑の目を細くして、和脩吉は大輔と目線を交わし合った。
「透、そういう訳だから、先行ってるぜ」
「ああ…気の合う友達が出来て良かったな。気を付けて行ってこい」
「へへっ、んじゃ、行ってきまーす!」
場違いなほど明るい声でそう言うと、大輔も和脩吉と共に通路の中へ消えていった。
そしてシンと静まり返る通路の入口には、透と冴月、娑加羅と難陀の二組の姿だけが残った。
「さあて…俺っちの相手はどっちがしてくれんのかな…」
山伏然とした容貌を持つ難陀が、愉し気な顔で透と冴月を交互に見やる。と、その時、それまでずっと無口で、娑加羅の顔ばかりを見詰めていた冴月が、透に向かって口を開いた。
「お願いがあるの…透、私を娑加羅と…」
「冴月。解ってるだろう?奴とお前では…」
「解ってる。けど、私はどうしても、彼に聞かなきゃならないことがあるの」
冴月が透の忠告を無視して、己の我を通そうとする。それは現世においても、過去生においても、稀有なことであった。
「それに……たぶん、大丈夫だと思うの。だから」
「……………」
『玄武』らの仲間になってから以後、『青龍』は身勝手な行動を取ったことなどなかった。いつでも玄武の指示には忠実であろうと努め、自身のことよりもまず、三人との結束をこそ大切にしていたのである。
天界人である玄武ら三人に対する、青龍の遠慮ももちろんあった。神の使命を負って降臨した彼らと違って、彼(彼女)は神霊界に住まう単なる『ヒト』でしかなかったから。そのうえ、捨てたとはいえ自分と同じ血族を、敵中に持つ立場でもある。
「解ったよ…冴月」
「ありがとう」
透はそんな冴月の──青龍の想いを、昔からすべて承知していた。だからこそ、彼女の初めての我儘を、止めることなどできなかった。
「決まったみてぇだな…俺っちの相手が四聖獣の頭とは願ってもねえ。そもそもこんな小さな女の子をいたぶるなんざ俺の主義に反するからな。やっぱ、戦うなら一番強え奴が一番ってなもんさ!!」
「まだ名を聞いていなかったな」
難陀は178cmと長身の透ですら、見上げるほどの大男である。逞しい肩に乗せた似合いの大剣が、彼の闘気を代弁するかのように、ぎらりと鋭い銀光を反射していた。
「俺っちの名は難陀だ」
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