第11話

 王城を望む都には不吉な暗雲がたちこめ、人々の胸を不安と恐怖が支配していた。


 魔術王子メーガナーダの敗北。そして討伐隊の事実上の壊滅。白虎門の封印は修復され、羅刹に反逆した戦士たちは、四聖獣と共にこの都を目指している。

 この事実はあっという間に、羅刹に屈する人々の耳に蔓延した。城下に住む人々は予見する。ついに羅刹の支配する天下が、終わりを告げる日が来たのだと。そうして彼等は狂喜のあげく、来たるべき未来を確実にするため、自らも行動を開始したのである。


 メーガナーダの敗北を伝える報が届いた翌日から、城を抜け出し地下へ潜伏する者、密かに反乱軍へ加わる者、戦いを恐れ夜陰に乗じて城下を脱出する者。そんな人々が後を絶たなくなったのである。


 王都に残った羅刹軍は民衆を鎮静化させるため、兵力のほとんどを割いて城下へ出動させたが、次々と勃発する暴動や脱走者のあまりの多さに、正直手を付けかねている状態だ。その上さらに、軍内部から暴動に加わる者まで続出し、軍の規律は千々に乱れた。


 ここに来て羅刹軍の弱体化は、火を見るより明らかとなったのである。


「ふあ~~」

 ざわめきの治まり止まぬ城下町とは裏腹に、王城内は水を打ったように静まり返っていた。

 それもそのはず。現在、城内を守っているのは、羅刹近衛兵が10名余りと、王城の守護者たる真竜の戦士がわずか数名。全部合わせても20名に足りないという少なさであるのだ。

「静かなものですね。考えごとをするには、いい機会です」

 テラスから眼下に広がる森を嬉しそうに眺めていた娑加羅サーガラ娑加羅が、欠伸しながらのんきな声で呟いた。彼は飛竜を護る8人の『竜王』──八大竜王と呼ばれる神殿騎士の1人である。

 真竜族最高の神霊力と、技と心を持つ8人の戦士。飛竜に次ぐとまで言われる彼らの力には、その昔の青竜や紫龍ですら敵わなかった。

 しかし最強を誇った彼らも、長い戦乱の末に3人の仲間を失い、現在では娑加羅を含む5人の竜王だけが、常に飛竜の側にあってその玉体を護っている。

摩那斯マナスヴィン摩那斯…飛竜様はどうしておられる?」

 黄金の髪を後ろの1束だけ残して、すべて短く切り揃えた美女が、娑加羅の声に振り返った。生き残った八大竜王の1人『摩那斯』である。

「飛竜様は先程、上へ行くとおっしゃられて…」

「あんなことになっても相変わらず空に近い所がお好きなのだな…」

「おおーっ、ここにいたのか!!いや、退屈でなぁ!」

 2人が顔を見合わせて空を見上げていると、豪快な笑い声と共に山伏然とした色の黒い大男がテラスに現れた。男の名は難陀ナンダ難陀といって、やはり同じく竜王の1人である。

「……難陀、お前の守備はここではないだろう?何しに来た?}

「はっはっはっ。堅いこと言いなさんな、娑加羅。どのみち城の中で戦うのは変わらんのだろ?…だったら、どこで待ち伏せしたって同じさね」

 幅広肉厚の巨大な剣を軽々と肩に乗せながら、難陀はいかつい顔に人好きする笑顔を浮かべた。

「しようがない奴だ…まったく」

 学者のような顔を歪めて、娑加羅はため息を付いた。長い付き合いで慣れたとはいえ、相変わらず大雑把でいい加減なことの好きな男である。

和脩吉ヴァースキ和脩吉と優鉢羅ウハツラ優鉢羅はちゃんと守備位置についてるのだろうな?」

「あ、俺っち途中で和脩吉見たぜ。……昼寝してたっけが」

「……心配になってきたよ…私は」

 生真面目な娑加羅は仲間達のあまりな奔放さに、軽い頭痛がしてきたようだった。

「ま、そう心配なさんな。普段は不真面目でも、いざ戦闘になりゃ、俺っちだって真面目にやらあな。…ただ、どうも待機ってのは苦手でなぁ…」

「ああ、そう……」

 呑気さと不真面目さにおいては、仲間内で敵う者のない難陀から、面倒臭げにそう慰められても、イマイチ安心できない不幸な娑加羅であった。


 一方、王城の最上部。

 人界における西洋の城然とした尖塔の中に、一際高くそびえ立つ白い塔があり、真竜族の王飛竜はその屋根の上に立っていた。

 神霊界を流れゆく風が、山の冷気を運んで通り過ぎるこの場所は、王城が真竜の所有物であった頃から、彼の1番のお気に入りであった。

 王城を中心に広がる鬱蒼とした緑の森。青紫の空は手に掴めそうなほど近くにある。

緩やかな風と共に一望する、壮大で美しいこの光景が、彼はとても好きだった。

「………来たな」

 いつもの様に愛しげな瞳で、世界を見詰めていた飛竜の視線が、ふと、北東にそびえる山の一角に止まった。王城から徒歩で2日はかかろうかというその山の最深部には、真竜一族の聖地『竜の谷』がある。

 一族の者でも滅多に足を踏み入れることを禁じられたその谷に今、聖獣のものらしい4つの聖気が漂っていた。

「紫龍は死んだか…やはりな」

 飛竜は微笑んだ。まるで天使のように美しい笑顔。

だが、その口元や瞳の奥には、以前の彼とは明らかに異なる気配が潜んでいた。

「……相変わらず甘い奴らだ」

 彼はそう言うと声を上げて笑い始めた。最初は低く、それから徐々に甲高く。

ソコから滲みだした気配は、もはや完全に透らの知る『飛竜』でも、透の弟『龍二』でもなかった。


 聴く者の心をまで黒く染める──その名を『邪悪』という。



 2つの太陽が血の色のような夕焼けを残して、荒れ果てた地平線に消えた夜。紫龍の弔いを終えた4人は、王都をはるか下界に見下ろす山の中腹で、決戦前に過ごす最後の夜を過ごしていた。

「真竜の葬儀って静かなんだな…」

 焚火の炎を見詰めていた大輔が、ぼんやりとした口調で独語する。

「それに綺麗だよな竜珠って。…そう言えば俺、冴月の竜珠って見たことないけど」

「私の竜珠は…ある人に預けてあるの」

「ふーん。ま、こっちに持って来てたら何かと心配だもんな。でも、その預けた人って大丈夫なのか?信用できる人?」

「ええ………」

 矢継ぎ早な大輔の質問に、冴月は言葉少なにうなずいた。

 彼には黙っていたが実は、青竜の竜珠は6千年前に彼女の手から、彼女自身の意志によって、真竜の王飛竜の手に託されていたのだ。

 彼女は飛竜を信頼していたが、仲間達は…特に大輔や聖は、このことを重大な危機と感じて心配するかも知れない。そう杞憂したからこそ、冴月はあえて口を濁してその名を告げなかったのである。

「…我ら竜の民、天より神と共に降り来たる」

「……………冴月?」

「神はその御身を細かく千切り、無数の珠を産み落とさん。いつしかその珠に命宿りて、地に竜の民降臨す」

 なんとなく会話の途切れた沈黙の輪を破って、冴月が歌うような口調でそうつぶやいた。

大輔は驚きに目を丸くしながら、興味津々で彼女に話し掛ける。

「なになに?それ??」

「おとぎ話よ。竜珠の誕生や、竜族の系譜、天地の創造…そんなことを語り伝える神話みたいなものだけど…」

「へーえ。初めて聞いた。竜の民は、皆知ってんの?」

「ええ。けれど、あまりに自らを神格化し過ぎてるし…突拍子もないから、一族の者でも信じている者はいないわ」

 思いがけず感心されて恥ずかしくなったのか、冴月は白い頬をうっすらと染めて、この話を断ち切ろうとした。

だが、しかし。

「……その伝承、続きはどうなっている?」

 突然、メーガナーダとの戦いが終わってから以後、ずっと黙ったまま考え込んでいた透が、2人の会話に興味を抱いて会話へ加わってきたのである。

「え………」

 冴月は瞬間、戸惑った表情で透を見、それから同じ様な表情で彼を見ていた大輔と視線を合わせると、再び2人揃って透の顔を見つめ困惑にその細い眉を顰めてしまう。

「続きって……私も子供の頃、寝物語に聞かされたくらいで…うろ覚えでしか?」

「それで良い。聞かせてくれ」

 透は目前の炎を透かしてどこか遠くを見詰めながら、何かを深く考え込んでいるようだった。それに気付いた冴月は、心持ち緊張しつつ竜族に伝わると言う伝承を語り始めた。

「我ら竜の民……」

 先程と同じく歌うように紡がれる物語は、焚火を囲む4人の耳に不思議なほど良く染み入った。


 それは神話創世の物語である。


 我ら竜の民、天より神と共に降り来たる。

神はまず初めにその御身を細かく千切り、無数の珠を産み落とした。

いつしかその珠に命宿りて地に竜の民降臨す。

 次に神はその御力を千切った。それは8つの星になり、天を護る輝きとなった。

 そして最後に神が御身を2つに裂くと、それは我らの愛しき天地となった。


「…………っ」

 そこまで語り終えると、ふいに冴月は口を閉ざした。彼女の記憶には、ここまでしかなかったのだ。この物語にはもう少し続きがあった様な気がするが、それはどうしても今の彼女には思い出せなかった。 

「ごめんなさい。ここまでしか」

「十分だ。ありがとう」

 透はニコリともせず礼を言った。伝承について何か言うかと思いきや、そのまま再び黙り込んでしまう。自然と他の3人も押し黙り、場にはこの夜何度目かの沈黙が訪れた。

「変な伝承だな…」

 静寂を破ったのは、先刻まで珍しく無口になっていた聖だった。

「え…ええ。だから、おとぎ話だと…」

「いや、おとぎ話にしても、だ。なんで天地が出来るより先に、竜族が地に降りてるんだ?順序が逆じゃねえか」

「あ、そう言えばそうだ。俺、全然気付かなかった!」

 聖の指摘する伝承の矛盾した部分には、冴月もとっくの昔に気付いてはいた。けれど彼女はその矛盾を『所詮、おとぎ話だから』と思考停止して、これまで深く考えることはなかったのだ。

「ええ…でも、そ、それは多分、口伝で伝えられていく内に、前後を間違えて…?」

「違うな…」

「……え?」

 そんな彼女の考えを、透は静かに否定した。

「順番は間違えていない。竜族が降りた時、すでに天地は作られていたんだ」

「え?や、だって、最後に天地を作ったって…」

 興味を惹かれた大輔が会話に割り込むと、彼や仲間達に視線を輪せて透は己の考えを話し始めた。

「コレは今のところ、俺の想像にすぎないが…この伝承における天と地とはおそらく、そのまま言葉通りの意味ではないだろう」

「言葉通りの意味じゃない?」

 透の言葉に聖の眉間へ深い皺が寄せられ、それは疑問と共に冴月や大輔の顔へも広がっていく。

「冴月、お前は竜の谷へ行った時、そこにあった扉の彫刻を指してこう言ったな。コレは『地の竜』だと…」

「え……ええ。じ、じゃあ、この伝承の『天地』って、まさか?」

 指摘を受けてハッと目を瞠る冴月に、透は自分なりの解答を仲間達に示唆してみせた。

「そうかも知れんし、そうでなく単なる伝え間違いかも知れん。いずれにせよ、その答えは飛竜…いや、『龍二』に会ってみれば解るだろう」

「透。お前の気持ちは解るが、アイツが本当に龍二と決まった訳じゃ…メーガナーダの野郎が、俺達を動揺させるために出鱈目を言ったかも知れないんだ。そうだろ?」

 『龍二』の名を耳にした聖は、気遣わしげな視線で透に警告するが、彼は何も答えずにただ軽く頷いて見せただけだった。

「俺はずっと考えていた。なぜ飛竜があそこまで龍二にそっくりなのか。なぜ彼の行動は、矛盾だらけなのか」

「…………透?」

「地に人を創った時、あれほど調和を重んじた神が、なぜ飛竜のように強大な力を持つ存在創り…さらには、何故、彼に8人もの力ある守護者を付けたのか。今までどれほど考えても解らなかったが…」

「メーガナーダの言葉、竜族の伝承、そして飛竜の謎の言葉。この3つが真実を指しているなら、何もかも説明がつく」

 一気に話し終えた透は再び口を閉ざし、疑問を投げかけられた仲間達は、彼の言葉の意味することに想いを馳せた。

「天と地…8つの星?」

「神がその身を……って、まさか!?」

「透!お前…!?」

 聖らが透の言葉の意味するところを理解するのに要した時間は、ほんのわずか数秒だった。そして辿り着いた3人の答えは、どれもたったひとつの真実を指していたのである。

「すべては明日だ。明日になれば、すべて決着する…いや、してみせる!」

「…………っ」

 透の決意と意志に、聖たちは無言で答えた。

 他に生き物の気配のない世界で、時折、火の爆ぜる音だけが、彼らの鼓膜を震わせる。


 紫の夜が闇よりも深く、水底より深く彼らの心を包んでいた。


 決戦の夜が今、緩やかに開けようとしている。 



 翌早朝。まだ日も明けないうちから山を下り始めた4人を待たずに、王都では最後の決戦の火蓋がすでに切って落とされていた。

 きっかけを作ったのは先発して山を下りていた、別働隊千二百数十名の戦士達である。

 彼等は透の立てた作戦案に従い、まず前日のうち密かに城下へ潜入していた。夜の間、隠密に行動を開始するのが、彼らに与えられた役目であったのだ。

 その役目の最も重要なことが、街に残る家族や一族の女子供を脱出させること。

 闇に乗じて街をすべて空にし、王城を羅刹に気付かれぬよう包囲する。そして夜明けを待って四聖獣と合流し、それから一斉に攻撃を開始する──というのが当初の予定だった。

 だが、予定は予定のまま終わることとなった。

何故なら一族の者を避難させている最中に、一部の戦士らの行動を、羅刹の近衛兵らが発見してしまったからだ。


 かくして事態は夜明けを待たずに、大きく急展開することとなったのである。


「かかれ!!反逆者どもを皆殺しにしろッ!」

 四聖獣討伐隊の敗北によって戦力が激減したとはいえ、羅刹と羅刹に従う眷属とはまだ、攻める側よりはるかに多く存在していた。おかげで、一方的とまではいかないにせよ、反乱軍はかなりの苦戦を強いられることとなった。

「怯むな!!我らには四聖獣がついている!!今こそ自由を取り戻すのだ!!」

 夜の内に潜入した討伐隊の生き残りに加え、地下に潜伏していた叛乱組織の戦士等が蜂起すると、彼らに呼応して多くの民間人が羅刹の支配に反旗を翻した。そして彼らはその数を徐々に増やしながら、王城へ向けて津波のごとく突き進んだのである。

 数と勢いを増していく反乱軍の攻勢に対し、羅刹軍は圧倒的であった最初の勢いを失い、やがてじりじりと後退を余儀なくされた。そうして夜空に2つの赤い太陽が山の端から顔をのぞかせ始める頃、羅刹軍はついに反乱軍の城内侵入を許してしまっていたのである。

「城内に入ったぞ!!ラーヴァーナはこの奥だ!!」

「倒せ!悪魔を倒すんだ!」

「自由を取り戻せ!!かつての平和を我らの手に!!」

 反乱軍と民衆の勢いに押され、逃げ崩れる羅刹兵たち。それを追うように城内へ雪崩れ込んだ戦士達は、慌てふためく敵の醜態を見てますます勢いづいた。『勝利は目前だ』居合わせたすべての者が、そう思った。しかし──


 この時、いつの間にか目の前に居る羅刹軍兵士らの数が、当初の半数にも満たなくなっていたことに、はたして気付いた者が居たであろうか。──否、誰1人として、気付いてはいなかった。


 劣勢に追い込んだと見せかけて、巧妙な罠に誘い込まれていた、事実に。


「………門が!?」

 気配に敏い何人かの戦士が気付いた時には、もはや手遅れだった。不自然に開け拡げられていた城門が音を立てて閉じられた時、反乱軍のほぼ全軍が城壁に囲まれた庭園に封じ込められていたのである。そして、機を計ったように城壁の上へ、矢をつがった大勢の兵士らが現れた。

 その手には、燃え盛る炎。

「………油が…ッ!?」

 叛乱組織を率いていたリーダー格の男が、庭園に撒かれた液体の正体に気付くのと、数百本の火矢が放たれるのとはほぼ同時であった。

「……………ッ!!」

 空を覆い尽くす爆炎。誰もが自らの姿が炎に巻かれ、燃え尽きる姿を想像して目を瞑った。方々から上がる悲鳴、絶叫、逃げ惑う暇もなく音を立て降り注ぐ火矢の雨。その小さな炎の1つでも地上に落ちれば、そこは炎の地獄と化して人々を生きたまま焼き尽くすだろう。

「──────ッ!?」

 しかし、いつまで待ってもその瞬間は訪れず、代わりに頭上から剣戟の音と雄叫びと怒号が響き渡る。

「………っ、何が……!?」

「ははっ、火は俺の支配下にあんだぜ!?燃すも消すも俺次第ってもんだ!」

 顔を上げた反乱軍の目の前で次々と、火矢の炎は放たれた矢だけを燃やし尽くしていた。しかも木製の柄だけではなく、鉄製の矢じりをまでも。

「これは……ッ!?」

 鉄をも一瞬で溶かす業火。しかしそれは一瞬で消え失せて、1つとして地面へ届くものはなかった。

「火芸で俺に敵う者なんかいねーし!」

 自慢げな明るい声と共に、庭園に小柄な姿が舞い降りてきた。燃えるような赤毛と、ルビーのような瞳。まるで炎そのものを体現した姿に、危機を救われた戦士達は各々安堵の息を吐いた。

「朱雀殿……!!」

「よう、危機一髪だったな!ヴリトラさん!」

 見覚えのある姿に先発隊を指揮していた男『ヴリトラ』が歓びの声を上げた。

 そこに、城壁上の敵を一掃した四聖獣らが次々に降りてくると、周囲から割れんばかりの大歓声が上がり、そしてそれは波紋の如く庭園に集う全ての者へと広がっていった。

「四聖獣だ!!四聖獣が来てくれたぞ!!」

「もう大丈夫だ!!皆、勝利は近いぞ!」

 リーダーを補助する役目に居る者達が、周囲に檄を飛ばして気勢を上げる。つい一瞬前、絶望に閉ざされかけていた反乱軍は、頼もしい4人の聖獣の出現によって息を吹き返した。

「玄武殿……申し訳ない!」

「無事で何よりです」

 先発隊のリーダーを任されていたヴリトラは、作戦の失敗と勢い任せの暴走を制御しきれなかった失態を詫びるが、透は彼と彼らの無事を喜ぶだけで責めるようなことはしなかった。

「ここから先は俺達に任せて、貴方は彼らを率いて街へ戻ってください。そして、出来るだけ遠くへ。出来ればこの地を離れてください」

「な、何故ですか!?我らもご一緒致します!決して足手纏いには……!」

 本来、ヴリトラら率いる反乱軍と四聖獣とは、共闘し城内奥深くへ攻め入る予定であった。それなのに、この突然の方針転換にヴリトラが戸惑い憤っていると、透は有無を言わせぬ口調で手短に状況を説明した。

「羅刹の別動隊が逃げた街の人達を追っている。俺達はこのまま羅刹王の居室を目指しますが、貴方たちは彼らを助けて城下を脱して下さい」

「………ッッ!!」

 つまり反乱軍は二重の罠に嵌められていたのである。その事実と緊急事態を耳にしてヴリトラは、まだ何か言いたげだった口を閉じ、代わりに透の言に従う指示を周囲に発し始めた。

「全軍、後退!!城を脱して羅刹別働隊を背後より強襲!!その後、女子供を保護しつつ国外へ一時脱出する!」

 ヴリトラの指示を数人の幹部が復唱し、十数人の伝令が全体へと広げていく。ここへ来るまでに数千人に達していた反乱軍は、巨大な蛇のように身体をうねらせ移動を開始した。四聖獣の手で切り開かれた門扉から、死んだように人気の失せた城下の街へと。

「どうかご武運を。我らも我らの成すべきことをいたしましょう!」

「ああ、頼む」

「また会おうぜ!」

 聖の声にヴリトラが4本の手で剣を掲げる。言葉無き別れに聖もまた、愛剣「しろがね」を天空めがけて高く掲げた。

「さて………」

 次々と城門をくぐり去っていく反乱軍を見送ると、4人は同時に振り返って王宮の入口へ向き直る。

「そろそろ行くとしようぜ」

「お待ちかねみたいだし、ね」

「ああ……そうだな」

「……………」

 聖と大輔は不敵な笑顔を、透は氷の如き無表情で、そして、冴月は心持緊張した顔付で、それぞれに広大で壮麗な王宮の入口へ視線を注いでいた。

 光の差し込まぬそこには未だ夜の闇が蟠っている。しかし、4人には解っていた。何も見えない、誰の姿も、気配もしないその闇の中に、確かに迫りくる驚異の存在があることに。

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